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第十四話 ただいまとおかえり

 船内は、想像以上に広い作りをしていた。

 元々大型の帆船ではあったが、内部に通じる扉を開けると、城が丸々一つ入っているのではないかと錯覚するほどの空間が広がっていた。 

 内装は煌びやかながらも上品な調度品で設えられており、部屋から廊下に至るまで魔法灯によって隅々まで照らされていて、どこも太陽の下のように明るい。

 サイネケンの話によると、空間に作用する術がかけられているとのことなのだが。かの大魔導師は「術の構成が解けませぬ……っ」と床にめり込む勢いで悔しがっていた。どうやら解析して使えるようになりたかったらしい。

 ちなみに、アルベルトがエルフ王グウィンから消滅魔法を授かっていた件については「閣下ならば当然でしょう」と、むしろ誇らしそうだった。基準がよくわからないお爺ちゃんである。


 また、船が出航するまでの間に、アルベルトがいなくなった後の話なども聞かされていた。


 予想通り、慌てふためく執事長から話を聞いた大隊長がサイネケンの部屋にある写し鏡の魔道具を使いリュシアンとグウィンに連絡を取り、そこからアレクシアへと報せが伝わっていた。

 一報を受けたアレクシアは、すぐさま全ての予定を取り止めた。そして第二王子レナードを通して第一王子クリストフへと報告。時を同じくしてヴォルフガングが同魂の魔法により、アルベルトがステルビア領内の運河を通り海へと出たことを突き止めた。そのままステルビアへ向かおうとする剣聖を、「居場所がわかる者が単独行動すれば、見つかるものも見つからなくなる」とその場にいた全員で押し留め、船の用意についての話し合いを進めた。

 当初、船はクリストフの提案により王家が用意する予定であった。ステルビア領の運河が利用されているとなれば、王家も無関係ではいられない。ましてや姿を消したのは、リストニア領主、アルベルト・リストニアなのである。

 だが船の準備に動こうとしたところで手を挙げたのが、グウィンだった。

 『風弓』と呼ばれる、エルフのみが作り出せる船の手配を約束してくれた。とは言え、さすがにエルフ総出の大魔法らしく、存在の固定を続けるためにも船の用意しかできないとのことではあったが。

 そうしてここまで準備をしてから、彼らは行動を三つに分けた。

 クリストフはアルベルトが他国で事件に巻き込まれている可能性を考え、父である王を説得して外交代理の権限を与える旨をサイネケンに託した。その後ステルビアへの調査団を編成。滞在先をリストニアとし、アレクシアとレナードを連れて王都を発った。このメンバーには、連絡要員としてリュシアンも同行することとなった。

 ヴォルフガングとサイネケンは、アレクシアの護衛として同行していた騎士たちをそのまま残し、クリストフたちよりも先に王都を出てステルビア領へと向かった。この時点で、アルベルトが姿を消して丸一日が経っていた。王都からステルビアまでは馬を使って七日かかる距離だが、二人は四日で辿り着いた。

 リストニアにいた騎士団や魔導師は、防衛のための人員を残し騎士団と魔導師大隊の合同班を編成。こちらは大隊長が連絡係を兼任し、ステルビアへと出発した。本来なら、リストニアの兵はステルビアへの入領は許されていない。そこでリストニア領との境界ギリギリで一度隊を留め、王家から直接ステルビアに『リストニア兵による運河の使用許可』の勅命が下るまで待機。副団長曰く、ヴォルフガングとサイネケンも合流したこの待機時間が地獄のようだった、とのこと。「竜骨山脈からの寒風よりも冷たい気配が、お二人からずっと漂ってまして……。いや、もちろん我々も閣下を心配しておりましたよ?ですが正直、閣下を探しに行く前に凍死を覚悟しましたね」と言われ、原因となった者として謝るしかなかった。

 待機から二日経ち、ようやくステルビアの運河が使えるようになった一団は、エルフたちが創り上げた船に乗り込み、ヴォルフガングの指示のもとグシュタールへ向けて出航した。

 その後は、アルベルトも知る通りだ。「あと少し遅かったら、閣下をお一人でアレと戦わせていたところでした」と肩をすくめたのは大隊長だ。ある意味ではベストなタイミングだったのかもしれない。

 アルベルトは船内に用意されていた一際豪華な部屋で、そうしたこれまでの話を写し鏡の魔道具の通信先にいるリュシアンに伝えていた。

 陸地に着いたら、そのまま移動となる。船内の数時間が、リストニア城に戻るまでの最後の休息だ。

 机の上に小さく映し出されている友人が、「ほえ〜」と驚きの声を上げた。


〈なんていうか……言葉が出てこないよ。何で攫われた人間が国一つ救って帰還してるの……〉


「あの国を救ったのは、私じゃない。タングリスト殿だよ」

 自身の無事はレヴィアタン討伐後にアレクシアたちへ知らせていたため、通信相手はリュシアン一人である。アルベルトたちがグシュタールで諸々の後処理をしている間にリストニアに到着したらしく、「前回滞在した部屋で寛がせてもらっているよ」とのことだった。


〈……いや、……うん。君はそういう奴だった〉


 小さく溜息をついたリュシアンが、わざとらしく眼鏡を掛け直して「それで」と話を変えた。


〈赤い獣の首輪についてだったね。実際に触って解析しないとわからないけど、一番可能性が高いのは『別の術者がいる』だと思う〉


 ホログラム状のリュシアンが、椅子に座るアルベルトの膝の上にいる虎を見た。

 前グシュタール王の死後、闘技場横の塔に監禁されていた者たちを含む、全ての奴隷たちに使用されていた隷属の魔道具が崩れ落ちて消滅した。だがその中で唯一、赤い獣と呼ばれていたカルの首輪だけが残されていたのである。

 王が虎を使うようになったのは随分前からだと、タングリストが言っていたことを思い出す。また、牢に入れられていた兵士は、『赤い獣は呪術使いのオーズが連れてきた』とも言っていた。

 リュシアンの予想通り、この虎の魔道具だけ、何か別の作用があるのかもしれない。

 

〈君を子どもにしたり大人にしたりっていう力もすごいけど……。転移魔法、だっけ?そんな神話でしか聞いたことのない魔法を使える動物がいたら、僕なら絶対に手元に置いておくね。その辺も、外れない首輪と関係しているのかも〉


「サイネケンも同じことを言っていた。ただ魔道具の解析は君の方が詳しいから、実際に見せた方が良いと」


〈大魔導師様から評価されてるの、めちゃくちゃプレッシャーなんだけど……〉


「それだけ君が優秀だということだ。期待している」


〈もっと褒めて親友〜〉


「君は私にとってかけがえのない親友であり、最高の研究者兼技師だよ」


〈よし、今の台詞を家族に自慢しよう。一言一句書き写して、額縁に入れて飾ると言い出すに賭けるね〉


 リュシアンの冗談に、アルベルトも声を上げて笑う。

 その後、少しだけたわいもない話をしてから、通信を終えた。虎は途中から寝てしまったようだ。起こさないように抱き上げて用意した寝床に移そうかと考えていると、扉の向こうからノックの音が聞こえた。

 入室の許可を出しながら、虎を抱き立ち上がる。「失礼いたします」と入ってきたのは、ヴォルフガングだった。

「まもなくファンケンラート最西部に着岸します。今からですと、陽が落ちるまでには山の麓で野営の準備もできるかと」

 行きは五日船に揺られた。あれほど長く感じた行程が、あっという間であることに驚きを隠せない。

「本当に速いな……」


(これ、飛行機くらいの速度は出てるんじゃ……)


 しかもなんと、自動運転らしい。正確には、リストニアでエルフたちが操縦してくれているらしいのだが。操舵室で面舵に向かって話しかければ、その通り動かしてくれるのだという。

 それを聞いた時アルベルトは、操舵室に行って「面舵いっぱい!」と叫びたい気持ちを抑えなければならなかった。人生で一度は口にしてみたい言葉だったからだ。しかし立場上それは難しく、断念せざるを得なかった。

「山を越えた先に馬を手配しております。そこからリストニア城までは、二日ほどになるかと」

「わかった、ありがとう。リュシアンの話では、彼らは昨日の夜にリストニアに着いたそうだ。アレクシアが領主代行として、王子たちをもてなしてくれている」

 毛布を敷いたカウチに虎を乗せてから、ヴォルフガングへと振り返る。黒き騎士は寝息を立てる虎を一度見てから、視線をアルベルトへと戻した。

「……ステルビアの件ですね」

「まだ疑惑の段階だが……。もし黒なら、私は怒りを抑えられる自信がないな」


(原作小説で、子どもたちの誘拐犯として登場した名前のないモブの子爵。裏で糸を引いていたのがステルビア家だったとしたら、貴族が手足として使われていたのも納得できる……)


「何にせよ、ここで考えていても解決にはならない。すまないが、そこにある掛け布を取ってくれないか。寝ているカルに着せてやりたい」

「……かしこまりました」

 ほんの少し間が空いたことに、アルベルトは苦笑した。隠そうとはしているが、どうにもヴォルフガングはアルベルトを攫った虎のことが許せずにいるらしい。隷属の魔道具の話を聞き事情を理解していたとしても、感情はまた別なのだろう。さらに言えば、必要以上にアルベルトにべったりな点についても、何か思うところがあるらしかった。


(相手は動物なんだけど……。最近のヴォルフガング様って、子どもの頃みたいに拗ねやすいんだよなぁ)


 受け取った掛け布をカルに乗せて、笑みと共にヴォルフガングに向けて両腕を広げた。

「——……ルフ、おいで」

 驚きに目を見開く騎士に、「ほら」ともう一度声をかけると、ぎこちなくやってくる。目の前に立つ鍛えられた身体を、アルベルトは包むように抱きしめた。

「君に大事なことを言ってなかった」

「……だ、大事なこと……ですか?」

 普段あれだけ簡単に人を抱き上げたりなんだりしておいて、アルベルトから抱きしめると戸惑いを見せるだなんて。


(本当、可愛いな……この人)


「……ただいま、ルフ」

 囁くと、少しだけ身を震わせたヴォルフガングがアルベルトの背に回した腕の力を強めたのがわかった。

「おかえりなさいませ、アルベルト様」

「うん。……それから、君もおかえり」

「……ただいま、戻りました」

 離れていたのは、たった一ヶ月弱。

 ぬくもりを感じながら、ふと思った。

 原作のアルベルトも、同じように彼を想っていたのだろうか、と。

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