第五話 舞踏会
王都の夜は、星空の下で華やかに息づいていた。
リストニア侯爵家のタウンハウスから出発した馬車は石畳を踏みしめ、王城へと向かう。 馬車内には、アルベルトとアレクシアが同乗していた。今夜のヴォルフガングは護衛として、騎馬の隊列の先頭にいる。
アルベルトは馬車の小窓から家々の灯りを眺めた。
(原作ではワイバーン討伐の授与式の後は、中央魔導院の紹介とリュシアン・ウィーバーの活躍が一冊丸々描かれていた。ソシャゲの方は逆に王子たちのイベントの方が山程追加されてたって聞いたけど)
オンラインゲームの醍醐味は、アップデートが繰り返されることで生み出されるボリュームにあると言える。同じ場所が舞台でも、『ルート違い』として話を作り直してしまえる。長くたくさん新鮮な気持ちで楽しみたいファンにとっては、嬉しい仕様ではあるだろう。
(カミラペタルの件で関わったから……ゲームに存在したルートに入ろうとしているのかもしれない。そうなったら、原作しか知らない私はお手上げだ。アルベルトらしい道を選んでなんとかベターなシナリオに持っていくしかない)
人の命がかかっているかもしれないと思うと、胸に重い責任がのしかかる。 王家の争いなど、侯爵家としての立場から見ても関与すべきではない。
だが、だからと言って見過ごすことなどできなかった。
(今はあれこれ悩んでも仕方がない。とりあえずクリストフ殿下と話ができたらいいんだけど…)
アルベルトは視線を馬車内に戻すと、前に座っているアレクシアに優しく声をかけた。
「緊張していないかい、アレクシア」
「とてもドキドキしていますわ。でも、お兄様がいてくださるから大丈夫ですの」
アレクシアの声は柔らかく、兄への慕情が自然と滲んでいた。
馬車が王城正門に到着する。紋章を見た周囲の貴族や侍従たちの間に、さざめきが広がった。
まず降り立ったのはアルベルト。深紫のマントを軽く翻し、優雅に手を差し伸べてアレクシアをエスコートする。 金の髪と薄紫の瞳が灯りに照らされ、絵画から抜け出た美神のようだった。 続いてアレクシアが現れると、その愛らしさに皆が微笑み合った。
「あれが……若くしてリストニア領を治める現当主、アルベルト・リストニア候。あの美麗な見た目からは想像もつかない程の武勇を誇ると聞く。なんでも凶暴なワイバーンを一人で押さえ込んだとか」
「妹君も、まだ十一歳とは思えぬ美しさだ。聡明で、貴族院で習う座学は既に全て納めたと聞くぞ。さぞ釣書の山ができていることだろう」
「側に控えているのは、かの剣聖か。神話の英雄もかくや、という佇まいだな」
称賛と憧れ、羨望の囁きが、夜風に混じって流れた。 アルベルトはそんな視線を穏やかに受け止め、軽く笑みを返した。 もちろん内心では
(聞こえてますよ〜!分かります!冗談みたいに美形&優秀なトリオで、なんかもう笑えてきますよね!なんで私はここにいるのかな!?そっちの鑑賞側に回っていいですか!?)
と、バタバタしていた。
「それでは侯爵閣下、我々は一度失礼いたします」
ヴォルフガングがいつもの位置、アルベルトの背後に控えたのを見届けて、隊の次席が馬車と隊を率いて来た道を引き返していく。
王家の舞踏会では、私兵の待機は厳禁だ。貴族による良からぬたくらみが、かつてあったのだろう。
基本的には余程の事情がない限り、帯刀も禁じられている。なお、ヴォルフガングは王国唯一の剣聖であるので、その『余程の事情』に該当していた。
城内の大広間は、華やかな光と音楽に満ちていた。 リストニア家は、王族の一つ前に広間へ入る栄誉を与えられていた。侯爵とは言え地方貴族である点を踏まえると、破格の待遇である。 シャンデリアの光が、色とりどりのドレスや礼服を照らし、貴族たちの笑い声が響く。
アルベルト達が広間に入ると、すぐに数人の、同じ侯爵位を持つ高位貴族が近づいてきた。
「お会いできて光栄です。ワイバーン討伐の武勇、誠に畏れ入ります」
「侯の地で、また新しい鉱脈が見つかったとか。ぜひお話をお聞かせ願えませんか?」
中には、自分の娘を連れてきて紹介する者もいた。
「こちらは私の娘、エレノアです。侯爵閣下と同じ年頃で……」
アルベルトは穏やかな笑みを崩さず、全てに丁寧に応対した。
やがて招待された者たちが、広間の中央へと集まり始めた。
爵位の順に上座から下座へと流れ、一斉にこうべを垂れる。
演奏家による、音楽が止まる。
近衛兵のラッパが、高らかに響き渡った。
国王と王妃、二人の王子が近衛を伴い入場してくる。
壇上の玉座に王が腰を下ろし、貴族たちに顔を上げるように促す。
アルベルトは視線をゆっくりと上げ、壇上を見つめた。
第一王子クリストフの青い瞳が、鋭くこちらを捉える。
……信頼は、されていないようだ。
(とにかく今は、レナード殿下を守ることを考えよう)
大広間の音楽が、ゆっくりと流れ始める。 舞踏会の夜は、まだ始まったばかりだった。




