表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/65

第九話 王宮①

 王宮へは、問題なく辿り着くことができた。

 陽が昇ってから見たグシュタールの王都は、よく言えば歴史ある古い街並み。オブラートに包まないのであれば、寂れた廃墟のような街だった。

 かつてはそれなりに栄えていたのか、集合住宅が並び、屋根の高い建物が多い。おかげで誰にも気付かれることなく移動できたのだが、道中何度も穴が空いている屋根を目にした。

 住民を見かけても、話し声は聞こえない。店らしい店もなく、時折露店が出ていたが、まともな客層が利用しているようには見えなかった。

 王宮の尖塔の上から、街を眺める。 

 街を抜けた先に、海が広がっていた。


(そういえば……海を見るのは前世以来だ……)


 そんなことも忘れてしまっていた。『このとわ』の内容や、前世の世界の技術などは憶えているというのに、自身についてのことだけが、掬った砂がこぼれ落ちるように少なくなっていく。


(全て思い出せなくなったら、今こうして考えて感じている『私』はどうなるのかな……)


 何も思い出せないのに、心の中に別の自分がいる感覚になるのか。それとも、何もかも消えてしまうのか。

 それが本来あるべき、正しい『アルベルト』なのだろうか。


(私なりの、みんなへの想いも……)


 浮かんだ思考にハッとして、それを打ち消した。今はそんな感傷めいた想いに耽っている場合ではない。

 尖塔の屋根から、王宮内部へと降りられる場所を探す。

 風魔法を使い、誰もいない建物の影に音もなく降り立った。自由に飛んだり浮いたりはできないが、足元に風を起こして落下の衝撃を和らげたり、高い場所へ跳び上がることくらいは可能だ。余談ではあるが、サイネケンは飛ぶことも浮くこともできる。恐るべき、百二十歳である。

 グシュタールの王宮は、リストニア城と比べると人の気配が少なく、活気も感じられなかった。

 建物の壁に沿って慎重に庭を抜け、開いている窓から中へと入る。

 兵装した者たちをちらほらと見かけるが、やる気があるかは疑問だ。彼らは物陰に身を潜めただけのアルベルトの気配に、全く気付く様子がなかった。

 国力の低下は著しく、この先の繁栄など到底あるはずもなく。

 グシュタール王とて、まだ『老いた』と言えるような年齢ではないはずだが。まさか無策で目の前の利益だけを追求するほどの、浅はかな暗君だとでも言うのだろうか。


(……そんなはずない。そこまで愚かな王なら、タングリストさんは、きっともっと上手く立ち回れた)


 廊下の奥から兵士が二人、だらけきった足取りで歩いてくる。アルベルトは、何のために設置されているのかわからない、やたらと官能的な少年像の台座の後ろに隠れた。

 悪趣味なオブジェが多すぎて隠れ放題になっているのは、何とも皮肉な話である。

 二人は声量を落とすことなく、会話しながらやってくる。

「結局、陛下の杖に罅が入った原因は、わかってないのか?」

「さぁなぁ。朝早くにオーズを呼べって叫びまくってたのは見たけど」

「オーズ?……あぁ、あの胡散臭ぇ爺。で、見つかったのか?」

「知らねぇ。ダスターにでも聞けよ。あいつ、陛下の腰巾着と仲良いだろ」

「面倒くせぇから、いいわ。別に興味もねぇし」

「違いねぇ」

 笑いながら去っていく。アルベルトは台座の影から兵士の顔を記憶し、再び奥へと歩みを進めた。

 人目につかない場所でサボっている兵士を探す。

 それは簡単に、そしてすぐに見つかった。

 窓の外に、建物に背を預ける形で座り込み煙草の葉を噛んでいる兵士がいる。やはりやる気はなさそうだ。


(この幻影魔法の使い方は犯罪感増し増しだから、タングリストさんには伝えてないけど……)


 手のひらを自らに向け、先程見かけた兵士の顔をイメージする。他に人の気配がないことを確認してから、窓から顔を出した。

「よぉ、ダスターを見なかったか?」

 声は変えなくても問題ない。気付かれたとしても、喉の不調などを言い訳にすればごまかしは効く。幸いサボっていた兵士は、何の疑いもなく「お前か。驚かすなよ」と肩の力を抜いた。

「ダスターなら、牢にぶち込まれたぜ。運が良ければ助かるだろうが……、そいつは陛下の気分次第だな」

 サボりの兵士が、物騒な話を事もなげに言う。アルベルトは一呼吸置いてから、声のトーンを変えずに問いかけた。

「そうか。オーズが見つかったのか賭けててな。やつなら知ってるかと思ったんだが」

「あぁ、あのジジイなら、全身腐ったみてぇな酷い姿で見つかったよ。すぐ陛下が殺しちまったけど」

「……殺した?杖の件で探してたんじゃないのか?」

「それが、どうやら罅が入ったのもアイツのせいだったらしくてよ。俺もその場にいたんだが、……何つってたかな……、『代償がこっちに返ってきたから杖を身代わりに差し出せ』とか何とか」

「代償……」 

「よくわかんねぇが、陛下の杖を奪おうとして、そのまま殺されちまった。ダスターは、とばっちりだな。ジジイを連れてきたのが、アイツなんだ。まぁ、囚人奴隷はまだいるから、すぐに獣の餌にされるこたぁねぇさ」

 ペッ、と。サボりの兵士が噛んでいた煙草を足元に吐き出した。泡立った茶色い草が、乾いた土に染みを作る。

「そうか。なら、賭けは俺の勝ちだ。聞かせてくれた礼に、今度一杯奢ってやる」

「マジかよ、悪ぃな。そうだ、ダスターをからかいに行くんなら、コイツを一つやろうか?牢の見張りと話をつけやすいだろうぜ」

 兵士から、乾燥させただけの煙草の葉を詰めた小さな袋を手渡される。

 アルベルトは礼を言ってから、他の無駄話に付き合わされる前にそこから離れた。

 





 話の中で、肝心の牢の場所を聞くことはできなかった。

 もう一度、高い場所から王宮の構造を確認した方が良いのかもしれない。そう考え、近くの窓から外に出ると、死角を探して屋根へと上がる。


(闘技場があるって言ってた。そこで囚人を闘わせているのなら、近くに牢があるかもしれない)


 屋根の上を移動しながら探していく。晩餐会の時に王は、食後の余興として闘技場での闘いを見ようとしていた。となると、彼らが徒歩で移動できる距離にあるはずだ。

 鍛錬場のような場所を見つけ、アルベルトは足を止めた。そういえば、この城は兵士が訓練する声さえ聞こえてこない。リストニア城では、鍛錬場に行けば必ずどこかの隊が訓練しているのだが。たとえ帯剣していたとしても、グシュタールの兵士たちの歩き方や態度を見る限りでは、有事に役に立てるとは思えなかった。

 鍛錬場に見えた場所は、大きくはなかった。高い壁に囲まれ、内側は真ん中にある平らな土の広場を除き、すり鉢状に段になっている。そしてそのすぐ隣に、古びた四角い塔があった。窓はなく、外壁は苔に覆われている。出入り口は、アルベルトの位置からでは確認できない。隣接する建物と塔の一部が繋がっているように見えた。

 おそらくあれが、闘技場と牢だ。

 闘技場前には、見張りが二人立っていた。

 屋根から降り、見つからないよう塔を外側から探る。やはり窓はない。完全な箱だ。

 次に、煉瓦でできた闘技場の外壁を見上げる。風魔法と組み合わせ、何度か足場を経由して壁を越える。

 段は、椅子のようになっていた。観客席らしく、どこに座っても中央の広場が見えるようになっていた。見張りがいた門近くの高い場所に、一際豪華な席がある。土で固められた広場には、まだ新しい血の跡が散らばっていた。


(本当に……最悪な場所だ……)


 魔物と対峙する時とはまるで違う、人の悪意を感じて、アルベルトは足を止めていた。なぜこんな意味のない残酷さを楽しめるのか、理解できない。

 けれどもそれを好む者がいることは、心に留めておかなければならないのだろう。

 だがそれにしても、非道さとは対照的に随分と杜撰な警備体制の城だ。アルベルトがいくら魔法を使えたとしても、リストニアならここまで簡単には侵入できない。


(……あれ?でもカルは私の部屋近くまで入ってきてたよね……)


 子虎であったとしても、犬くらいのサイズだった赤い虎を思い出す。


(新年だからって、警備を最小限にしすぎた?……それはない。ヴォルフガング様とお爺ちゃんが、二人かがりで考えてくれてたし)


 そもそも、あの虎についても謎が多い。確かに賢く、人語を理解していると言われても納得できるが。はたして、どこまで理解できているのか。


(カルが喋れたら良いんだけど。この世界、竜とかも喋らないからなぁ……)


 扱いから考えるに、自らの意思でグシュタール王に使役されていたわけではないことは確かだ。しかし、グシュタールには『虎』を知る者はいない。


(気は進まないけど、カルのことも含めて、ダスターって人から無理やりにでも聞き出すしかないか……)


 やる気のない兵士たちの話では、ダスターという者はグシュタール王の腰巾着と親しい間柄らしい。この腰巾着が、昨日少年たちを連れて来たり、伽の部屋に呼ばれていたあの痩せた男のことであるなら、確かに情報は持っていそうだ。

 塔の近くまで来ると、観客用の席が途切れて通路になっているのが見えた。奥には扉があり、兵士が一人退屈そうに立っている。アルベルトは幻影魔法を使い再び顔を変え、「よぉ」と気だるげに兵士に声をかけた。

「おぅ。何だその服、えらく上等じゃねえか」

「……ちょっとした伝手でな。それより、中、いいか?ダスターを連れて来いって言われてよ」

「ダスター?まぁ、いいが。連れ出すなら確認がいる。申請の書類は?」

「堅ぇこと言うなって。これで見逃せよ」

 ポケットに入れていた煙草の袋を差し出す。中を見た兵士が、「おっ」と目を輝かせた。

「仕方ねぇなぁ。ダスターなら、一番手前の牢にいる。付いてきな」

 警備自体、ただそこに人がいるだけの、名ばかりのものだ。

 鍵の束を鳴らしながら、兵士が扉を開ける。

 ひどく錆びた音がして、中から湿り気を帯びた冷たい空気が流れてきた。


次回第十話は7月21日17時更新です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ