第七話 傷だらけで悪かったな
本文中に子ども(見た目)への暴力行為が含まれます。
それは何とも煌びやかで、ヒラヒラとしており、何より肌が透けて見えるほどに薄い生地だった。
(悪趣味……)
キラキラしているのは別にいい。ヒラヒラしているのも、気にはならない。だが透けているのは無理だ。下着さえつけていない状態で。
(自発的に着る分にはお好きに、って感じだけど、無理やりコレは無しでしょ)
巻いた布をゴテゴテとしたブローチでいくつか止めただけの、服と呼ぶにも疑問が残る何か。
当然、被っていたヴェールも取られている。
(これならいっそ全裸で良くない?いや、良くないけど!)
何もかも見えている自身の身体から諦めて目を逸らし、室内を見回す。
ここは、王宮の一室だ。アルベルトの服を剥ぎ取り着替えさせた——不必要にあちこち触られて不快だった——者の話によると、複数ある王の伽用の部屋らしい。複数ある時点で最悪な印象だが、ベッドサイドにある小さなチェストを調べると中から妙な液体や、今まで目にしたこともない形の道具が出てきて、アルベルトは素で「うわぁ……」と呟いてしまっていた。
再び王宮へと連れて来られたのは、数時間前のことだ。
襲撃を受け燃え始めた馬車からタングリストと共に脱出したアルベルトが見たのは、周囲を取り囲む野盗の集団だった。
こちらの戦力をどう考えているのかは知らないが、剣を構えるゾネイアを突破できる技量の持ち主がいるとは到底思えない。彼女は「すぐに片付けます」と殺気を纏っていたが、タングリストが言うようにグシュタール王の差し金であるのなら、撃退するのは得策ではなかった。
(タングリストさんはゾネイアさんと逃げて、見捨てられた私は捕まって王宮へ連れ戻されたことになってる。こうしておけば、今後私が王宮から逃げたとしても、二人との繋がりを疑われることはない)
あとは当面の危機をどう乗り切るか、だが。
(色々腹が立ちすぎて考えが追いついてなかったけど、もしかして今かなり貞操の危機なのでは……)
いつもの身体なら切り抜ける方法はいくらでも思いつくが、魔法もろくに使えない上に腕力も普通の子ども並み。引き出しに入っている、明らかにいかがわしい道具の数々がアルベルトの中に焦りを生じさせる。
(王が来る前に部屋から出る?……駄目だ。すぐに見つかる。逃げ切れるとは思えない)
室内には天蓋付きのベッドとチェストくらいしかない。大きな窓はあるが、下を覗くとかなりの高さがあった。天井との距離から見て、四階以上はあるだろう。子どもが逃げられる造りではない。
(ハッ……!そう言えば、こういうシチュエーションって謎の媚薬が登場するのがお約束なのでは……。やだやだ〜!助けてヴォルフガング様!お爺ちゃ〜ん!)
考えれば考えるほど詰んでいる気がしてくる。タングリストには、必ず屋敷へ戻ると伝えているが、約束を果たすための第一歩のハードルがあまりにも高すぎた。
どうする!?と頭を悩ませるアルベルトの前で、無情にも扉が開いていく。光沢のある派手な色の夜着を着て、いかにもな香炉を手にしたグシュタール王が、ニヤついた顔で入ってきた。
(腐死の魔導師よりも、生理的に無理)
無駄な抵抗かもしれないが、極力呼吸の回数を減らす。香炉の穴から、薄く煙が立ち上っていた。
「金貨の山のような黄金の髪。紫水晶の如き濡れた瞳。貴様が初物でないことだけが、残念だ。タングリストめ」
チェストの上に香炉を置いた王が、のそりとベッドに上がってくる。反射的に下がったアルベルトの腕を掴むとひっくり返し、シーツの上に押し倒した。
「今日の闘技場は、なかなか良い余興でな。久方ぶりに滾っておる。この熱、貴様で発散させてもらうとしよう」
(無理無理無理無理〜!!!!)
心の中と外、そして腐女子隊たち全ての意見が一致する。
思考が少しずつ鈍くなっていくのを感じる。あの香のせいだとはわかっていても、両手を押さえ付けられていて口元を覆うこともできない。
(口の中に入ってきたもの、全部噛みちぎってやる!)
王の手が、ただの布を服のように見せていたブローチを外していく。
だがアルベルトの白い肌に浮かぶ数々の傷跡を見て、白けたような顔をした。
「思ったより、汚い身体だな」
(悪かったな!今まで何回も死にかけてきたんだから、傷くらい残って当然だっつの!!)
「この身体なら、タングリストに与えたままでも良かったか。——……ん?」
王の視線が、ふと扉の方へと向けられた。同時に、扉が破られ赤い影が飛び込んでくる。
(カル……!?)
「なんだ?何をしている。さっさと次の獲物を探しに——、……!?」
唸りとともに虎が王に向かって前脚を振り下ろす。だがその爪は王に届くことなく防御壁に似た壁に阻まれ、その身ごと弾き飛ばされた。
巻き込まれた香炉が壁に当たり、割れて落ちる。
「……チッ、薄汚い獣め。しばらく大人しくしていたかと思えば……。もう、貴様はいらん」
王の言葉に呼応するように、虎の首輪が黒く輝いた。
「ガァゥッ!」
立ち上がろうとしていた虎の首元から、真っ赤な血が噴き出す。
「やめろ!」
シーツの上で暴れるアルベルトにも、王が苛立ちの目を向ける。ゴッ、と鈍い音がして、視界が揺らぐ。指輪をつけた王の拳が、アルベルトの顔を、腹を、殴りつけた。
「見た目しか取り柄のないガキが」
立ち上がり、床に伏している虎へと王が歩みを進める。アルベルトは、シーツを巻き込みながら床へ転がり落ちると、荒い息を吐く虎の上に覆い被さった。
「……ッ……!」
背中を何度も蹴りつけられる。だが一言も発さずに耐えていると、やがて飽きたのか、王は「誰ぞ」と声を張り上げ人を呼んだ。
晩餐会で王の側に控えていた痩せた男が、息を切らしてやってくる。王は「遅い」と男に舌打ちをしてから、アルベルトを冷たく見下ろした。
「このゴミを処分しろ。獣も一緒にだ」
「か、かしこまりました」
卑屈な笑みを浮かべた男が、頭を下げた。
「具合が良ければ首輪をつけて、特別に手元で飼ってやっても良かったが……」
「陛下の寵愛を拒むとは、余程育ちが悪いのでございましょう」
「所詮はタングリストが好む程度の荷だった、ということか」
痩せた男の媚びは、王の機嫌をわずかに上向きにしたようだった。
ふん、と鼻を鳴らした王が唇を斜め上に引き上げる。
「アレさえ手に入れば、この程度の奴隷など何の価値もない。いくらでも用意できる石ころだ」
「陛下、その件で。ちょうどオーズから知らせがございました。第三船着場近くに、ゲートを作ることができたとのことです」
男の言葉に、王の目が輝いた。
「そうか……!ではいよいよであるな」
「おめでとうございます」
「うむ。早急に準備を済ませねば」
アルベルトの頭上で、会話が交わされる。もうここには用はないとばかりに一転して機嫌良く立ち去っていく王へ、痩せた男が深く、床につきそうなほど深く頭を下げた。
足音が消えて、しばらくしてからようやく男が頭を上げる。
だがその顔には、先ほどまでの王に対して見せていた卑屈な笑みはない。代わりに「面倒くせえなぁ」と吐き捨てて、部屋の隅で割れて燻っていた香炉を足で踏み潰し煙を消した。
「ガキはともかく、こんなデカい獣、どうやって運べってんだよ。……まぁ、ガキは殺す前に楽しませてもらうとするか」
乱暴に髪を掴まれ、顔を上げさせられる。
「……っ……」
「あ〜あ、あちこち切れてんじゃねぇか。綺麗な顔なのにもったいねぇ」
べろり、と男の舌が目元の傷を舐めた。ナメクジのような質感に、アルベルトが顔を顰める。
男はさらに唇まで舌を伸ばそうとして、だがそこで何かに気付き慌てて後ろへと下がった。
「い、生きてやがるのか、コイツ……!」
首から血を滴らせながら、虎がゆっくりと起き上がった。
頭をアルベルトの腹部に差し込み、鼻に引っ掛けるようにして持ち上げ、ふらつきながらも窓へと向かう。
「カル!動くな!動いたら傷が……!」
一歩一歩進むたびに、虎の首に空いた穴から血が流れ落ちる。痩せた男は右往左往しながらも、「応援呼んだら、俺が役立たず扱いで処刑されちまう」と、声を上げるのを躊躇っている様子だった。
窓を押し開けた虎が、その身を外へと押し出した。
宙に放り出されるアルベルトの下敷きになるように、先に落ちていく。生身でこの高さから落ちるなど、自殺行為だ。
(駄目ッ!!)
咄嗟に手を伸ばす。
「風よ……ッ!」
無いよりはマシ程度の、魔法制御力。それでも今この瞬間発動できなければ、意味がない。
木々の枝をへし折りながら共に落ちる。
強い風が舞い上がる。
ほんの一瞬。
それが二つの身体を押し戻し、落下の衝撃を和らげた。
「カルッ……!」
すぐさま身を起こし、虎の頭を抱き上げる。落ちてきた窓は、木々に阻まれ地面からは見えない。窓からも、何も見えていないだろう。
虎は目を開けていたが、ぐったりとしていた。荒かった息が少しずつ細くなっていく。
(早くここから離れて手当をしないと。でも、どうやって)
血が止まらない。腕にかかる重みが増した。
「カル……、カル……!」
声をかけると虎がアルベルトを見た。鼻先が、アルベルトの傷ついた唇に触れる。
不意に、視界が揺らいだ。
腕の中の虎が、どんどん小さくなっていく。一方で、アルベルトの視線は高くなっていった。
「身体が……」
十八歳の自分の手がある。腕がある。脚がある。
腕の中には、幼獣となった虎がいた。
「どうして……」
(……考えるのは後だ!今は早くこの子をタングリストさんのところへ!)
身体に巻き付いていたシーツをずれないように結び、虎を抱えて走り出す。
灯りのないグシュタール王都の街を、裸足のままひたすらに駆け抜けた。
次回第八話は7月19日17時更新です。




