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第六話 晩餐会②

(……はあぁぁぁ!!??子どもに何してんの、コイツ!!)


 動揺で跳ねた身体を、後ろから抱えるようにタングリストよって止められる。少し前のめりになったアルベルトの目に、最後尾に立つ少年が映った。

 その顔に、見覚えがある。

 リストニア城下の養育施設にいた、あの少年だ。養子として商人の夫婦に引き取られる予定だと話してくれた。


(どうして……こんなところに……)


 攫われたから、だろう。アルベルトと同じく。

 だが、だとすれば誰が手引きをしたのか。疑問と疑念が湧いて出た。

 原作小説において、子どもたちを誘拐していたのは、名前の設定すらされていない子爵だった。一読者であった時は、巻末のオマケ小説だからだろうと気にも留めていなかったが。仮に子爵が主犯格でなかったのだとしたら、

雑なモブ扱いにも説明がつく。

 つまり似たような犯行を重ねている者がリストニアを含め、ファンケンラートに点在しているということだ。

 ……そして集められた子どもたちは、グシュタールへと船で送られている。


(カルの毛を見つけたのは、あの養育施設だった。ひょっとして、カルの存在を知っていた?最初から施設ぐるみの犯行だったということ?養子先の夫婦はちゃんと実在していた。彼らもグル?)


 共犯者でないのなら、今頃騒ぎになっているはずだ。だが過去に似たような事例があったとしても、大きな事件でなければアルベルトの耳には入らない。その辺りは、駐屯兵の仕事だ。

 まさかリストニアの城下に、という思いがある。だが、「信じたくない」と目を背けたところで何も解決しない。

 この問題は、リストニアに戻り次第調べる必要がある。 

 けれども、まずは目の前の子どもたちを何とかしなければ。


(見たところ、怪我をしたり衰弱したりしてる子はいないけど……。グシュタール王は『そういう意味で』この子たちを見てるんだよね。……元の身体だったら、あいつのアレを氷漬けにしてやれたのに)


 性癖は自由。妄想も自由。

 だが望まぬ第三者と子どもを巻き込むのは御法度というのが、心の中にいる腐女子の決まりごとだった。

「……最後尾の少年を知っています。養育施設にいましたが、迎え先が見つかったと聞いていました」

 タングリストの耳元に顔を寄せ小さく告げると、アルベルトを支えていた身体が僅かに硬直した。

「……これはこれは、兄上。美しい少年ばかりで眼福であります。今回の荷ですか?」

 それでも本音を出さず、王が好みそうな問いかけをしている。

 俯いている少年たちは華美ではないが、清潔な服を着ていた。ただし丈はあまり合っていない。真新しい服は用意できても、個々を気遣うつもりはないということだろう。

「あぁ。今回は全て『ファンケンラート産』だ」

「おや、何か意味があってのことで?」

「貴様如きに話してもわからんだろうよ」

「確かに。優秀な兄上の深きお考えを、私がわかるはずもありませんな」

 タングリストの返答は、グシュタール王を満足させるものであったようだ。

 機嫌良く頷いた王は「余興を見せてやろう」と、懐から宝石付きの小さな杖を取り出した。

 得意げに、力ある言葉を唱える。

「凍れ」

 キン、と鋭い音がして、先程王が皿に投げた骨が凍りついた。


(氷結魔法!?……使えるの!?)


「兄上、それは……!」

 同じ疑問を抱いたらしいタングリストが、目を丸くして問いかける。場にいた者たちも、皆驚いた顔をしていた。

 ますます得意げな顔をした王が、杖先を少年たちへと向ける。


(——待っ……!)


 思考よりも先に、身体が動いた。

「凍れ」

 杖から魔法が放たれる。驚き、恐怖に身を竦める、あの少年に向かって。そこに無理やり割って入る。少年を抱え込むように、胸に抱き背を丸める。

 防御壁は張れない。代わりに無いよりはマシ程度の肉体強化で衝撃に備えた。

 骨付き肉を凍らせた時と同じ、甲高い音。凍った肩から氷が剥がれ落ち、床に白く転がった。


(ま、間に合った……。しょっぱい威力で助かった……)


 十八の身体なら全くの無傷で済んだのだろうが、今の防御力でも肩に軽い凍傷を負う程度で済んだ。威力がなかったおかげだ。

「……あ……」

 庇われたことに気付いた少年がアルベルトを見て、王を睨みつける。衝動的に立ちあがろうとした細い身体を押さえ込み、アルベルトは耳元で囁いた。

「必ず助ける。逆らわずに、皆で無事でいることだけを考えてくれ」

 その声に、少年がアルベルトを見る。この距離では、ヴェール越しでも顔がわかる。「……君、あの時の」と、少年が目を見開いた。

 頼む、と念を押してから少年を離し、立ち上がる。

 一連の行動を見ていた王が笑いながら席を立ち、アルベルトの腕を掴むと自分の元へと引き寄せた。

「タングリスト!コレを私に返せ!今宵の伽に使う!」

「……っ、……私のお手つきですが?」

 一瞬、ギョッとした顔をしたものの、タングリストはすぐに媚びるような笑みを浮かべた。

「かまわん。コレの見た目と度胸の前では、些細なことだ」

「……断っても連れて行くおつもりでしょう。ですが、どうせなら明日の夜にしませんか?」

「何故だ?」

「明日には目も治ります。その方が楽しめるかと。あの美しい目を失くすのは、私もいささか惜しいもので」

「……ふむ」

 提案に、王が空いていた手を顎に添えた。

「肩の傷の手当てもしておきましょう。最初から傷があると、嬲り甲斐が減るというものです」

「そう言って、私に返す前に楽しむつもりか?」

「まさか。兄上にお返しするなら、それなりに『修理して』返したい、それだけです。お疑いなら、明日存分にお確かめください」

 何も考えていなさそうな卑屈な笑みで懇願する姿を見て、王はしばらく悩んでいたが「まぁ、いいだろう」とアルベルトの腕を離した。

「だが明日の夜までには、連れてこい」

「お約束します。……おい、こっちに来い」

 タングリストの言葉に従い彼の近くまで戻ると、ゾネイアがアルベルトの身体を抱え上げた。

「凍った肩の治療をした方が良いでしょう。腕が壊死したら、元も子もありません」

 そこまで酷いわけではないため、退室の理由を作っているにすぎない。同時にタングリストが「そう言えば」と今思い出したかのように、王が持つ杖を見た。

「氷の魔法も使えるとは。さすが兄上、まさにグシュタールの王に相応しい方ですな。あなたの弟であることが、何より誇らしい」

「ふん、当然だな。だが、こんなもので満足はせん。そのために今回の荷を用意したのだ。最後尾のモノは少々惜しいが、まぁ、仕方がない。それなりに魔力というやつがあるようなのでな」


(……どういうこと?彼らをファンケンラートから連れてきた理由が、魔力にあるみたいな言い方)


「兄上、この愚かな弟にもわかるよう、ご説明いただけませぬか?」

「すぐにわかる」

 タングリストの問いには答えず、王は側にいた痩せた男へと視線だけを向けた。

「興が削がれた。この遊びはもういい。奴隷どもを牢に戻せ。代わりに……そうだな、スーダナから仕入れた罪人をニ、三人闘技場へ運んでおけ」

「陛下、戦わせて遊ぶのですか?」

 席にいた一人が、媚を混ぜた笑みを浮かべた。

「新しい魔道具で捕らえた狼がいてな。しばらく飯を与えておらぬ。何分で喰われるか、賭けようではないか」


(こいつ……ッ、本当にクズだな……!)


 アルベルトが思うと同時に、抱き上げていたゾネイアの腕にも力が入った。微かに震えている。恐怖ではなく、怒りで。

「弟よ、見て行かぬか?罪人と獣、どちらが生き残るのか」

「おぉ、恐ろしい。私は血が苦手でして……気絶してしまいます」

「なんと不甲斐ない。恥ずかしい奴だ」

 王が笑い、周囲にも「笑え」と指を振る。広間に満ちた嘲笑に気圧されたように下がったタングリストが、「そ、それでは失礼します」と頭を下げ、ゾネイアを伴い王に背中を向けた。

 足早に立ち去る三人に、嗤い声が浴びせられる。

 だがタングリストはすでに、怯えた顔をしていなかった。





「怪我は大丈夫か?」

「軽傷です。今の身体でも数日あれば治ります」

「……そうか」

 馬車まで戻り、中へ入る。

 あの状態で怪しまれずに虎を連れてくることは、さすがにできなかった。だが虎の方も状況が理解できているのか、付いて来ようとする様子はなかった。

「少年たちについてだが、……兄上はまだ手を出していないようだ。出していれば、身体中至る所にアザができる。あの人の伽は、『そのような』ものだ。気休めにもならない情報だろうが」

「いえ、……ありがとうございます」

 外ではゾネイアが「アタシが御者をやろう」と王宮付きの御者を下ろしていた。

 馬車が静かに進み始める。

 アルベルトは、自身が少なからずショックを受けていることに気が付いた。

 それはあの広間での出来事全てに対する印象と、何より……。


(あそこまで私欲と加害に満ちた人間に出会ったことがない。人に対する憎悪を持つ腐死の者たちや、瘴気で暴走した魔物たちとは全然違う……、自分が特権階級だと信じて疑わない傲慢な考え)


 反吐が出る、とはこんな時のために使う言葉なのだろう。あの王に対してと、それを前に何もできなかった自身に対して。

 あれをどこから崩せばいいのか。少なくとも、あの男は王宮を掌握していた。いったい何人が奴隷として囚われているのか、それさえもわからなかった。

「アルベルト、君が疑問に思っているだろう点について、わかる範囲で答えていこう」

 対面に座ったタングリストが、膝に手を置き目線を足元へと下げる。

「まず、あの場にいた者たちは、兄上の現在の側近……太鼓持ちだ。主に奴隷を『仕入れる』役目を担っている。君を攫ったのは、赤い獣の同行を許されたあの中の誰かだな。正確には、そいつが抱える組織、だが」

「子どもだけではなく、大人や動物もいるような口ぶりでしたね」

「グシュタールでの価値が高いのが美しい子どもと言うだけで、売る場所によっては成人した男や女が好まれる場合もある」

「近隣の国は何も言わないのですか?」

 アルベルトの問いに、タングリストが自嘲気味に笑った。

「兼ね合いだな。もっと北か南に行けば別だが、この辺りはどこもグシュタールと同程度の小さな国ばかり。むしろ、罪人が送られてくることさえある。……隷属の魔道具を付けて逃げられないようにして、闘技場で殺し合わせ賭けの対象にしているのだ」

 あまりにも非人道的で、残酷な遊戯だ。

「……あの杖は?」

「わからない……私も初めて見た」

 あれも魔道具だろうか、と考える。もちろん魔道具なら、ああしたパフォーマンスも可能だ。だがそれは、アルベルトの前世の世界で言うところの、ドライヤーから風が出たり、ライターから火が出たりするようなもので、それを使う者が自慢することではない。

「あの時、『興が削がれたから、もういい』と言っていました。氷結魔法はあくまでついでで、何か別の力を見せようとしていたのかもしれません」

「たしかに……。こんなものではない、とも言っていたな」


(グシュタール王が使う力。あれを独学で身につけたとは、とても思えない。……協力者がいる?もっと近くで調べることができればいいんだけど)


 暗い街並みが見える窓へと顔を向ける。


 ——小さな馬車の中が、突然大きく揺れた。


「殿下!襲撃です!馬の縄を切られました!」

 外からゾネイアが叫ぶ声がする。赤い光が見えた。

 火矢だ。

「どうやら明日の夜まで待てなかったらしい。我が兄ながら、素晴らしい行動力と性欲だ」

「出ましょう。このまま留まれば、丸焼きになります」

 それに、と、傾いて斜めになった扉に手をかけながら、アルベルトはタングリストへと振り返った。

「ここで戦うのは悪手です。私を置いてお逃げください」

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