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第三話 代償となる者

 グシュタール王弟タングリストとの話は、また時間を改めて行うこととなった。

 まともな食事もしていないだろう、とアルベルトの体調を優先してくれた結果だ。食事ができるまでの間に、騎士ゾネイアに滞在用の部屋へと案内される。扉を開けると見えた赤い毛色に、アルベルトは真っ直ぐ駆け寄った。


(虎ちゃーん!)


 完全に飼い主、もしくは保護者気分である。

 目隠しを外してから見た虎は、予想通り成獣の大きさをしていた。子どもの身長であるアルベルトと比べると、体高が同じくらいある。手足など、肉球の一つ一つがアルベルトの握り拳よりも大きかった。

 駆け寄ったアルベルトに、虎の方も喉を鳴らしながら顔を舐めてくる。


(うひょ〜!かわいい〜!!一緒にリストニアに帰ろうね〜!)


 たとえ本来の主人がいようと、隷属の魔道具を使用して相手を服従させる者など論外である。むしろグシュタールを蝕む奴隷制度を何とかしなければと、決意を強くしたくらいだ。

「船の中にいた者たちが、首輪のことを隷属の魔道具だと言っていました。……この子も奴隷なのでしょうか」

 アルベルトから少し遅れて部屋に入ってきたゾネイアに、虎の傷の様子を確認しながら問いかける。すると屈強な女騎士は、苦い顔をしてから溜め息をついた。

「あぁ。そいつの所有者は王でな。お前を攫ったように、王の命令に従いあちこちで狩りをしている。赤い獣の荷が特別な意味を持つのは、そのせいだ」

「……命令に逆らったら?」

「魔道具の仕掛けが作動する。お前が見た傷は、おそらくそれによるものだろうな」

「魔導師が珍しい国なのに、魔道具は普及しているのですね」

「グシュタールとて、交易はそれなりにある。国内では生産できない魔道具、中でも隷属の魔道具は馬鹿共によく売れるのさ」

 前世の世界における電子機器のようなものかと考える。あれらも作るには専門の知識が必要だが、使うだけなら誰でもできる便利な道具だった。

「隷属の魔道具を製作している国が、別にあるということですか……」

「大っぴらに使用しているのはグシュタールくらいだろうが、奴隷なんてものは裏社会に行けばいくらでも取引されている。まさか、グシュタール以外の国は清廉潔白だ、などとは思っちゃいないだろう?」

「……えぇ。それに、こうした問題が一朝一夕には解決できないことも」

 光があれば闇がある。社会の暗部を全て無くすのは、不可能だ。

「でも、あなたの御主君はそれに立ち向かおうとしている。違いますか?」

「違わない。あの方は、最高の主だ。もしお前があの方を裏切ったら、生まれてきたことを後悔するほどの苦痛の中で殺してやる」

「裏切るつもりは毛頭ありませんが、肝に銘じておきます」

 殺気を込めた女騎士の探るような眼差しは、アルベルトにも覚えがあるものだ。騎士団や魔導師隊の者たちが、魔物に向ける敵意、それとよく似ている。信用されていない、ということなのだろう。

 鋭い視線を受けても変わらないアルベルトの表情に、ゾネイアが鼻を鳴らしながら片眉を引き上げた。

「本来の姿は十八だと言っていたな」

「そうですね。にわかには信じ難いかもしれませんが」

「いや……、信じよう。お前の目は、戦いを知る者の目だ」

「……わかるんですか?」

「アタシの殺気を受けて腰を抜かさなかった貴族は、お前と殿下だけだ」

「……ちなみに、グシュタール王は?」

「ひっくり返ったぞ、あの腑抜けめ」

 ハッハッハッ!と豪快な笑い声が部屋に響いた。

 一頻り笑ったゾネイアの表情が、幾分柔らかなものになる。

「よろしく頼む、アルベルト殿」

「こちらこそ、ゾネイア殿」

 差し出された硬い手を、アルベルトも握り返した。

「剣の使い手か。好ましく思うぞ。今度手合わせをしよう」

「ぜひ、と言いたいところですが。この身体では、剣を持つこともままなりません。元の年齢に戻ってからにしましょう」

「なんだ、残念」

 肩をすくめたゾネイアが、「部屋の物は好きに使え」と背を向けた。

「食事の時間に迎えに来る。風呂とトイレは奥だ。今はまだ部屋からは出るな」

「わかりました」

 音もなく扉が閉められる。言葉遣いや態度とは裏腹に、彼女の所作は静かで丁寧だった。

 遠ざかる足音に、アルベルトが「ふぅ」と息をつく。


(色々ありすぎて疲れが一気に来た感じがする。子どもの身体だから、体力もないんだよね……)


 本音を言えば、今すぐベッドに潜り込んでしまいたい。用意された部屋のベッドは、皺一つなく整えられている。横になれば、すぐに眠りは訪れるだろう。


(でも、まだ駄目。安全な衣食住は確保できたけど、知らなきゃならないことが多すぎる。明日からどうするかも含めて、タングリストさんと話をしないと)


 原作小説に、グシュタールは登場していない。つまり完全に未知の領域だ。現に、魔導師が珍しい国であることも知らなかった。

 

(どんどん原作から逸脱してる気がする……。でも、この国の現状を無視して一人だけ安全に帰るなんて、できないよ)


 アルベルトを監禁していた男たちは、随分と手慣れた様子だった。タングリストが船にやってきた時も、他の船の荷を献上しようとしていた。その荷が、人間でないという保証はどこにもない。


(疲れてる場合じゃない。頑張らないと!)


 気合を入れて、何か身体を動かせる用事はないかと部屋を見回す。

 喉を鳴らして寄り添う赤い獣の毛が、汚れていることに気が付いた。

「……よし、君をお風呂に入れよう。包帯も新しいものに替えなくては」

 声に出すと、大きな虎は「えっ?」というような顔をした。静かに離れていく身体を「こら」と捕まえる。それからアルベルトは、悩むように首を傾けた。

「名前がないと不便だな」

 首輪の持ち主が付けているかもしれないが、それも知ったことではない。隷属の魔道具を使用した時点で、アルベルトの中では完全に失格の烙印を押されている。


(実はちょっと浮かんでた名前があったり)


 アルベルトの前世の記憶。『この忠誠は永久に』の物語の中に、赤い髪を持つ人物が一人、存在している。

 呪の末裔の章に登場する、カルナヴァス、という名の男だ。

 父は呪の末裔、母は魔導師という特殊な出自を持ち、呪術と魔法、両方を使うことができる。「血のように赤い髪を持ち、闇のように暗い瞳を持つ」と表現されており、登場シーンの挿絵には褐色の肌にトライバル柄の刺青を入れた異国風の美丈夫が描かれていた。


(最初は敵として登場するんだけど、最終的には味方になってくれる。底抜けに明るい性格をしてて、読者から『ワイルドな見た目で中身が子犬なのは癖が強い』って言われてたんだよね)


 そのカルナヴァスという登場人物の髪色と、目の前の赤い虎の毛色が実によく似ているのだ。


(カルナヴァスが虎になれる設定はなかったし、そもそも『このとわ』の世界に獣人は存在していない。つまり万が一にも、この虎が実はカルナヴァスでした、ってオチはない。だから、安心してつけちゃおう)


「……カル。これから君を『カル』と呼ぼう」

 前世で大切にしていた物語。その登場人物からつけた名前だ。

 目を見て伝えると、虎は何度か瞬きをした後、さらに大きく喉を鳴らして擦り寄ってきた。

「もう理解したのか?やっぱり賢いな」

 でもお風呂には入るよ、と告げると再び逃げようとしたので、アルベルトは笑いながら虎を捕まえた。




「……その獣、随分とフワフワになったな」

「浴室で洗わせていただきました」

 食事だ、とゾネイアに呼ばれてやってきたのは、晩餐会などに使用される食堂ではなく、窓のないプライベートな雰囲気を持つ小さな一室だった。テーブルの上には、シチューとパンが乗った皿が一つずつ、三人分置かれている。床には、ボールいっぱいに盛られた茹で肉が置かれていた。

「何が主食かわからんのでな。とりあえず羊肉を茹でてみた。……空腹だったらしい」

 タングリストの説明と同時に、肉に飛び付いた虎がガツガツと食べ始める。

「船の中では、私と半分に分けたパンやチーズしか口にできていませんでしたから」

「それで君も少しやつれていたのか。まずは食べなさい。話は口を動かしながらでもできる」

「ありがとうございます」

 タングリストが着席するのを待ってから、アルベルトも椅子に腰を下ろす。ゾネイアも着席し、三人での食事が始まった。

「薄々気付いてはいるだろうが、この屋敷には我々を入れても数人しかいない。行き届かぬ点も多々あろうが、我慢してくれ」

 膨らんだ指で品よくスプーンを使いながら、タングリストが言う。

「その分の費用を、連れて来られた人々の救出に充てているからでしょうか?」

「半分正解で、半分ハズレだ。信用できる者だけを残したら、こうなってしまってね。世間では、湯水のように金を使い奴隷を侍らせている愚鈍な王弟として知られているので、よろしく」

 まずは我が国の説明からしよう、とスプーンを置いたタングリストが口元をナフキンで拭った。


 グシュタールは、王家による絶対君主制の国だ。

 近隣諸国には『奴隷制度が現存する独裁国家』として認識されており、情報統制により内部事情が発信されることはあまりない。

「貴族も存在しているが、長い粛正の歴史の中で甘い汁を吸う者しか生き残っていなくてな。文化的な側面も現在では、ほぼ消失。王家も謀殺に次ぐ謀殺で、生き残っているのは私と兄上だけだ」

「……それは国として存続が可能なのですか?」

 食事を終えたアルベルトが、食後の紅茶の給仕を買って出る。「良い香りだ」と目元を細めたタングリストが、カップを受け取った。

「国という大きな括りで捉えるなら、とうに破綻していると言える。だがグシュタールを一つの犯罪集団とした場合、君にはどう見える?」

「……外部からの荷を運ぶルートが確立されており、そのための人員も確保できています。国民の生活を考えないのであれば、組織としてはそれなりに機能しているかと」

「さもありなん。グシュタールは、もはや国ではない。悪党に支配された、『元』国だ」

 自嘲するタングリストの声には、苦痛が混ざっているように感じられた。

「貧富の差は限界まで広がり、兄上を中心とした一部の特権階級だけが富を独占している」

「……その富はどこから来ているのですか?失礼ながら、あなたの話を聞く限りでは、税で補おうにもこの国にまともな産業があるようには思えませんが」

 アルベルトは自身と、それからゾネイアの分のカップに紅茶を注ぐと、再び元の席に腰を下ろした。

 横になっていた虎が、アルベルトの隣にやってくる。頭を撫でてやると、うっとりと目を閉じそのまま眠ってしまった。

 問いかけに、タングリストが苦々しく口元を歪める。

「奴隷の横流しだ。……攫った人間を国外へと輸出している。国家ぐるみとなれば、出所を隠すのも容易い。秘密裏に奴隷を手に入れたい者には、うってつけの販路と言える」

 つまり、人間のロンダリングというわけだ。

「……申し上げてもよろしいですか?」

「どうぞ」

「最悪ですね」

「同感だよ」

 フ、と嗤う王弟の苦労を思い、アルベルトは口にはしないが同情を寄せた。

「だが、それが成立しているのが現実でね。焼け石に水とわかっていても、船が来るたびに幾人かを救い出してはいるが……」

 救えなかった者が十人から九人に減ったところで何も変わらない、と視線をテーブルへと落とした。

「一緒に攫われた弟を助けてくれ、と言われたことがある。どれだけ探しても、結局見つけられなかった。……責められたよ。一人助けたくらいで善人ぶるな、とね」

 その言葉に、アルベルトは声に滲む苦悩の正体を理解した。

 それは彼自身、過去に何度も経験してきた痛みだった。


 救うために足掻いて。

 それでも間に合わず、失う。


「どうかしたのかね?」

 空気の違いに気付いたのか、タングリストが顔を上げた。

 答えるべきか迷ったが、素直に口にする。

「……以前、似た言葉を言われたことを思い出していました。魔物の討伐が間に合わず、父親を喪った子どもでした」

 テーブルを挟んだ向かいの男と、その側にいた騎士の目が驚きに見開かれた。

「言われた君は、……どうしたんだ?」

 問われて、微かな自嘲を浮かべる。

「夜になると部屋から抜け出して、鍛錬場で明け方まで剣を振るようになりました。ついには側近に見つかって、叱られた挙句ベッドに放り込まれましたが」

 自傷と鍛錬は違います、とヴォルフガングに腕を掴まれ自室へと戻された。彼があそこまで強引な行動をしたのは、後にも先にもあの時だけだ。

 答えたアルベルトに、タングリストも「そうか」と小さく笑った。

「情けない話だが、私はしばらく酒浸りになったよ。ゾネイアが屋敷中の酒を隠してくれなければ、あっという間に内臓をやられて死んでいただろうな」

 男の視線を受けた騎士が、胸に手を当てて無言で礼をした。

「……お互い、良い側近に恵まれましたね」

「そうだな。君の側近にも会ってみたいものだ」

「えぇ、ぜひ」

 少し温くなった紅茶を口にする。

 音もなくソーサーにカップを置いてから、「ところで」とアルベルトは話をグシュタールに戻した。

「幾つか聞きたいことがあるのですが」

「私にわかる範囲ならば、答えよう」

「ありがとうございます。グシュタール王は強大な力を持つという話ですが、それは魔導師として、でしょうか?」

 タングリストは執務室で、魔導師がいないため王には逆らえない、という意味に取れる発言をしていた。

 人を力で押さえつけようとするのなら、必ず反発が起きる。それを解決するには、さらなる力が必要となるはずだ。

 災厄レベルであれば別だが、国を一つ掌握するなど、可能なのだろうか。

 質問に、タングリストが腕を組んで天井を見上げた。

「私は詳しくないので、こういう言い方が正しいのかはわからないが……。

兄上は、ある日突然魔法が使えるようになった。魔道具を操る魔法だ」

「魔道具を操る魔法?」

 言葉の意味を理解しかねて問い返すと、視線がアルベルトへと戻された。

「……例えば、本来の隷属の魔道具は所有者から一定の距離離れると、自動的に拘束魔法なるものが発動するだけだが……。兄上はそれを、好きなように変えられる。そこの赤い獣の首輪も、兄上によって隷属のための様々な仕掛けを施されているはずだ」

 そんな魔法など、聞いたことがない。魔道具の仕組み自体を変えてしまうなど、魔力量の多いアルベルトでも、まず不可能だ。

「……そんな魔法が、あるのですか?」

「その辺りも私にはわからない。だが、わからないからこそ、その力を有り難がって媚びへつらう者が半分、怯えて従う者が半分いる。何しろ我が国は、近隣諸国の中で最も多くの魔道具を消費しているのでな」

 アルベルトは、最初に虎の首輪に触れた時に感じた奇妙な感覚を思い出した。構築方法も何も考えずに無理やり組み合わせたような、複雑と言うよりは煩雑に構成された何かを。あれを無理に解除するとなると拘束されている側が怪我をする可能性が高いため、リュシアンかサイネケンどちらかに会うまではと諦めていたのだが。


(ファンケンラートにもない魔法なのだとしたら、二人で一緒に見てもらった方がいいのかも)

 

 アルベルトは研究者でも探究者でもない。さすがにそこまでは専門外だ。

 いったいどのような力が干渉しているというのだろうか。

「この国では魔法が珍しいと仰っていましたね。……では、グシュタール王に、その力を教えたのは誰なのでしょうか」

 生まれつきの能力があったとしても、使用法がわからなければ宝の持ち腐れだ。人は鳥のように本能で空を飛ぶわけではない。

「さて。その辺りも私にはわからない。……ただ、兄上が力を使い始めた頃から、私の身体はこのように膨らんでいってな。皆は私が怠惰だからだと笑うが、そうでないことくらいはわかる」

 タングリストが腕を持ち上げた。はち切れそうな袖から、膨らんだ手が出ている。

「耐えられぬ痛みがあるわけではない。けれど自分の身体が水に沈むように、少しずつ重く朽ちていくのを感じている」

 ふう、と。やや苦しそうに息を吐く。

「おそらく、そう長くは生きられまい。……せめて原因がわかれば」

「……っ」

 思わず立ち上がったアルベルトが、側へと駆け寄りその手に触れた。

「アルベルト?」

「無断で触れたこと、お詫びします。ですが、どうしても確認したいことが」


(いつもの身体なら、もっと早く気付けたのに)


 片膝をつき、両手でタングリストの手のひらを包みこむ。

 

(女神様、力をお貸しください……)


 この身体でやれることが元の年齢に比べると一割にも満たないとしても、祈るように目を閉じ、慎重に探っていく。


(すごく細いけど、透明な水みたいな流れを感じる。きっとこの人の魔力だ。でも、それを堰き止めて、汚してる何かがある。……カルの首輪に感じた、あの違和感と同じ)


 今のアルベルトでは、そこまでしかわからない。

 だが答えには、辿り着くことができていた。


(本来魔導師のいない国で、不思議な力を使う王。魔法とは違うそれを、私は知っている)


「……殿下の中に、殿下のものではない力を感じます。おそらくそれが、身体を蝕んでいるのです」

「なんだと……?それは、いったい」


「——呪いと、我々が呼ぶものです」


 アルベルトの言葉に、部屋にいた二人が息を飲んだのがわかった。






 呪いとは、瘴気から派生した、魔法とは違う方向性を持つ力だ。

 魔物との親和性が高く、バジリスクの石化のように先天性の能力として身につけているものもいる。

 古の術師カミラは瘴気から生まれた陰の気を取り込み、魔力を必要としない新たな術を構築した。だが陰の気の反動がカミラを蝕み、やがてその身は異形へと変貌していった。

 呪の末裔たちの祖となる、カミラの黒樹の成り立ちだ。


「呪術の始まり自体に危険な思想があったわけではないと思っています。ですが、瘴気を取り込める魔物とは違い、人がその力を使おうとするなら代償が必要となります。魔法の使用に、魔力を消費するように」

 呪いの使用には、陰の気が必要となる。人が持たざる力を利用している以上、どこかに反動が出てしまう。

 無理な使用を続けると、魔力切れという形で身体に限界が来るのが魔法だ。では、呪いの場合はどうなるのか。


(呪の末裔は、それを回避する手段の一つとして黒紋と呼ばれる模様を身体に刻んでいる。ファンケンラートの王城に現れた呪の末裔は、さらに召喚に人型の道具を使っていた。あれが、代償を肩代わりしていたのなら……)


「グシュタール王が使う不思議な力が呪いに起因しているのなら、その場合、代償を支払っているのは、……殿下、あなただということになります」

 握っていた手を離し立ち上がると、一礼をしてから席へと戻った。

「お二人の関係もわからぬままお伝えしましたこと、謝罪申し上げます」

「……いや、構わない。逆に今まで私が疎まれながらも、それなりに振る舞えていた理由に気付けた。身代わりの機嫌を取っていたというわけか」

「私も詳しいわけではありませんが。術を継続させるのなら形代よりも人、その中でも血の繋がりがある方が『代償』としては効率が良いとは考えます」 

「なるほど……」

 タングリストが、深く長い息をついた。

「——つまり、殿下のお身体を治したければ陛下を殺せと?」

 鋭い視線がアルベルトに突き刺さった。ゾネイアの瞳が、暗く輝いている。

 まるで闇の中に一筋の光を見たかのように。今すぐにでも席を立ち、王の元へと向かいそうな気配を漂わせている。

 だがアルベルトは、逸る気持ちを抑えているだろう彼女に、首を横に振った。

「流れ込んでしまった力は、グシュタール王の死だけでは消えません。代償は、やがて殿下の命を奪うでしょう」

「…っ、そんな!ならどうすれば良いんだ!解決策がなければ意味がない!」

「落ち着け、ゾネイア。アルベルトは事実を述べただけだ」

「しかし殿下……!!」

「……方法は、あるのです」

 ぽつりと場に落ちた静かなその言葉に、ゾネイアが驚きと喜びの表情を浮かべた。

 アルベルトは、小さくなった己の手を見下ろす。なぜこんな時に、と唇を噛み締める。

「元の身体に戻れば、解呪の魔法が使えます。あれならば……」

「……解呪の、魔法……?」

「アルベルト殿、それは信じてよいのか?」

「私には、お二人に嘘をつく理由がありません。ただ、問題はいつ元の身体に戻れるのか……、ゾネイア殿?」

 がたりと音を立て、ゾネイアが椅子から立ち上がる。そのまま大股でアルベルトの前まで来ると、鍛え抜かれた両腕でアルベルトを抱きしめた。


(ちょっ!く、苦しいー!)


「感謝するッ……!!光が見えた!!」

 声を震わせて、アルベルトを締め付け続ける。

 十八歳の身体ならともかく、子どもの体格にはかなりきつい。

 しかし気持ちがわかるだけに無碍にはできず。

 結局、気が済むまでぎゅうぎゅうと抱かれ続けるはめとなった。

次回第四話は7月15日17時更新です。

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