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大魔導師サイネケンと若返りの魔法⑥

 施設は、裕福な商人から寄付された元邸宅を、内装のみ軽く整えて使用している。

 正面にアーチ型の門があり、周囲は高い煉瓦の壁に囲まれていた。新しいとは言えないが、丁寧に造られたとわかる建物には清潔感があり、庭や木々の手入れもよく行き届いている。

 門から入った荷馬車が、玄関脇にある馬車寄せの前で歩みを止めた。


「こんにちはー!お城からの荷を届けに来ましたー!」  

 演技ではなく元からなのだろう、若い騎士の明るい声。

 しばらくすると玄関が開き、中から白髪混じりの壮年の男性が出てきた。

「これはこれは、いつもありがとうございます」

 笑みを浮かべ、礼を口にする。背はやや低めで、ふっくらとしている。事前に聞いていた特徴と見た目が合致している、ここの施設長だ。

「こちら納品書です、ご確認ください。荷物は、いつもの別棟の倉庫でいいですか?」

「いえ、そちらは秋の雨で雨漏りがありまして。修理をしておりますので、あちらに見える庭を迂回いただいて、突き当たりにある小屋にお願いします」

「わかりました!」

 元気よく答えた若い騎士が、運びやすいよう木箱を荷台から下ろしていく。

 一つ一つ納品書と照らし合わせながら確認していた施設長が、ふとアルベルトの存在に気付き「おや?」という顔をした。

「弟です。今日は母が不在なので、自分が面倒を見てるんです。こっちにおいで」

 呼ばれて駆け寄り、隠れるように若い騎士の背後へと回る。がっしりとした身体が、緊張で硬くなるのがわかった。

「と、とても内気な子ですので、お構いなく」

「そうでしたか。おいくつですか?」

「八歳です。さぁ、軽い物を運んでもらおうかな」

 若い騎士から、枕が一つ入った袋を手渡される。アルベルトが運べるようにと用意された荷物だ。

「今の時間、子どもたちは授業中ですか?」

「えぇ、午後の授業です。その後は掃除をして、女神様へのお祈りを。それから皆で夕食の支度をします」

 若い騎士の問いかけに、施設長が答える。一日の流れも、資料の通りだった。施設の子どもたちは六日間授業を受けて、一日を休息日としている。届出があれば、外出もできる仕組みだ。

「子どもたちの邪魔はしませんから、後で色々見学してもいいですか?お城へ戻ったら、様子を報告しないといけなくて」

 さりげなく、若い騎士が申し入れる。事前にアルベルトが「視察をしたいので、上手く頼んでくれ」と伝えておいたものだ。

「もちろん、かまいませんよ。修理中の別棟は屋根を外しており危険ですので立ち入り禁止となっておりますが、そこ以外でしたらご自由にご覧ください」

「ありがとうございます。ではあとはお任せください。荷を運んで、見学をしてから帰ります」

「よろしくお願いします。何人か、手伝いの職員を用意しましょう」

 笑顔で頭を下げた施設長が、建物内へと入っていく。待っていると、若い男女が一人ずつやってきた。

「お待たせしました。場所の案内も兼ねて、僕と彼女がお手伝いします」

 四人で荷物を持ち、小さな畑が並ぶ庭の建物沿いを歩いていく。季節的に、畑には何もなく藁が被せられていた。

 昼間ではあるが、建物の影になっている部分の土は、踏むとザクザクと凍った水分の音がする。しばらく歩くと、庭の隅にある小さな小屋が見えてきた。

「作業用の小屋なのですが、別棟の修理が終わるまでは倉庫にしています」

 扉を開けると十畳ほどの室内に、荷馬車に積んだ物と似たような大きさの箱が積まれているのが見えた。

「お城の方々には、いつも充分なご支援をいただいています。よろしければ、侯爵様へ感謝をお伝えください」

「は、はい。わかりました」

 女性の言葉に、若い騎士の視線がアルベルトへと向けられる。まさか職員の二人も、今まさに直接伝わっているとは夢にも思っていないだろう。

 手にした荷を下ろし、再び玄関前まで戻る。

 往復を繰り返し、ようやく全ての荷を小屋へ運び込むことができた。


(結構時間かかったな。さっき鐘が鳴ったから、子どもたちの授業も終わったのかもしれない)


 アルベルトの前では、若い騎士が職員に見学についての話をしている。二人とも施設長から聞いていたらしく、快く受けてくれた。

 聞くところによると、やはり先ほどの鐘で授業が終了し、今から掃除の時間に入るらしい。彼らとの交流も可能とのことで、見てもらってよいと言われた。

「ですが別棟は屋根を修理中のため、施設長から立ち入り禁止と言われています。すみませんが、そちらには行かないようにお願いします」

「わかりました。ありがとうございます」

「では我々も掃除がありますので、これで」

 それぞれ別の場所に向かうらしい二人を見送ってから、若い騎士がアルベルトへと向き直った。

「さて、どちらからご覧になられますか?」

「まずは、子どもたちの方を」

「かしこまりました」

「あと、この先は敬語なしで」

「……、うぐっ……かしこま、……わかったよ」

 酷な指示だが、仕方がない。

 若い騎士の後について、アルベルトも建物の中へと入っていった。




「こんにちは!荷物をありがとうございました!」

 中に入ると、掃除道具を手にした子どもたちが声をかけてきた。玄関の先は広いホールになっており、左右の廊下から奥へと進めるようになっている。

「こんにちは。お城の人に君たちが元気な様子を伝えたいから、少し見て回らせてもらうよ」

「はーい!」

 揃って声を上げた子どもたちが、掃除へと戻っていく。元気に跳ねる様子を眺めながら、アルベルトは心の中で安堵の息をついていた。

 この施設にいるのは、六年前のスタンピードで身寄りをなくしてしまった子どもたちだ。あの大災害の爪痕は、今も決して癒えてはいない。だがそれでもこうして、彼らは笑顔を見せてくれる。

 この先彼らを守り、そして同じ境遇の子どもを作らないようにできるのなら。

 腕の一本や二本、喜んで捧げるだろう、と。

 そう思った。


 広間を抜け、各教室を見て回る。さすがにプライベートな場所は遠慮したが、中庭が運動場になっているとのことで、そちらも見学をした。

 箒を使って落ち葉を集めている子どもたちがいる。綺麗な葉は栞にしようと、楽しそうに話をしている。

 その中に、輪の中では一番年上だろう茶金の髪色の少年がいた。どうやら下の子たちに向かって何か説教をしている。耳を澄ませると「サボるな」と聞こえてきた。


(おぉ、真面目タイプの美少年がいる)


 だが子どもたちは残念ながらあまり聞く気がないらしく、アルベルトたちの姿を見つけると「お客さんだ!」と声を上げて手を振ってきた。

 振り返そうとしたアルベルトの手に、ふわりと風が触れる。

 それから、急な突風。

「うわー!綺麗な髪!」

「侯爵様みたいな金色!」

「お目々も綺麗!」

 外れたフードを慌てて被り直したものの、しっかりと見られていたらしい。だが幸い子どもたちだけであったため、手を振り返し若い騎士と共にその場からそそくさと立ち去った。

「……弟くん」

「気をつけます……」

 しっかり目深に被った上で、襟の部分を中からギュッと押さえる。

 その後は慎重に見て回り、一通りの見学を終えることができた。


「あとはどこを?」

 畑のある庭まで戻る頃には掃除と礼拝の時間も終わり、子どもたちは食堂へと移動していた。調理担当の職員もいるそうだが、自立のために料理もカリキュラムに取り入れているらしい。

 冬の陽は短い。空を見上げると、夕暮れが近づきつつあった。

「最後に立ち入り禁止の別棟を見ておきたい。場合によっては、今期の予備費を屋根の修理に回せるかもしれないし」

 その言葉に、若い騎士の気配が僅かに鋭いものへと変化した。

「……二手に分かれて、私に気を引くようにって言おうとしてます?」

「敬語。でも正解だ。迷子になった振りをして別棟に行くから、君は反対側で適当に探すふりをしていてくれ」

「ありえません。一緒に行きます」

「すぐに戻る。迷惑はかけない」

「迷惑とかそういう問題ではないと、お分かりでしょう?とにかく、駄目です」


(これは一人で行くのは無理そう。職務上、そりゃそうか)


 しかも言い分は、圧倒的に騎士が正しい。となれば、折れるべきはアルベルトの方だ。

「……わかった。だができれば波風を立てたくはない。手短にすませよう」

「かしこまりました」

「……敬語」

「もう今更ですよ。人のいる前では切り替えます」

 先導するように、若い騎士が歩いていく。

 その後を、アルベルトも小走りで追いかけた。




 別棟は、敷地の一番奥にあった。木造の、二階建ての建物だ。中に人はいなかった。一階に一部屋、二階に一部屋の四角い作りをしている。商人の邸宅だった時代に建てられたのだろう。住み込みの庭師の家、といった印象があった。 

 周辺には、工具や器材、木板や砂利などが置かれている。

 見上げると、施設長に聞いた通り、屋根の一部が修理中になっていた。


(雨漏りって、あそこか。施設からの申請はなかったと思うから、修繕費は予算の範囲内だったのかな?あとで確認しておこう)


 見上げていた視線を戻し、周囲を見回す。ふと足元に目をやると、ブーツの先に何かが付着しているのが見えた。

 屈んで、それを摘み上げる。


(……なんだろう?赤い……動物の毛?)


 コシがあり、一本一本がしっかりしている。あまりフワフワではないタイプの動物毛だ。頭の中にあるリストニアの図鑑を開いてみるが、該当する生き物は出てこない。


(瘴気を含んでいるようには見えないけど……)


 近辺から目撃証言は上がってきてはいないが、もしも魔物であるのなら一大事である。城に戻って調べようと、手にした毛をズボンのポケットに入れた。


「ここは立ち入り禁止のはずですよ?」


 突然背後から聞こえた声に、アルベルトの心臓が跳ねる。

 若い騎士と同時に振り返ると、数メートル先に先ほど運動場で見た、茶金の髪色の少年が眉を顰めて立っていた。

 いつものアルベルトなら、常時展開している魔力による探知で接近を察知できたのだが、今の姿ではそれもままならない。

「あ、あぁ!ごめんよ!一通り見学して戻ろうとしたら、迷ってしまって!」

 若い騎士が、ややわざとらしく見える言い訳をする。

「……そこまで広い施設ではないと思うんですが」

「あっちこっちしてたからね。玄関に戻りたいんだけど、どっちに行けばいいかな?」

「……こちらです」

 怪しみつつも、案内はしてくれるらしい。ここで時間稼ぎをしても仕方ないので、大人しく付いていくことにする。

 ほぼ来た道を引き返していると、少年の方から話しかけてきた。

「お二人は、この辺に住んでいるんですか?」

「城下という意味では、そうかな。ここからは、かなり離れた地区だけど」

「リーサロという町へ行かれたことはありますか?」

「商人が多い町だね。何回か行ったことがあるよ」

 若い騎士の返答に、先導して庭を歩いていた少年が足を止めて振り返った。

「良い町ですか?」

「うーん、質問の意図によるかな」

「来週から、そこへ行くんです。リーサロに住む商家の夫婦が僕を跡取りとして引き取ってくれるそうで」

「……それは、君にとって嬉しい話?」

「ええ。僕の希望は商人ですから」

「なら、おめでとう、だ。リーサロは子どもには賑やかすぎる場所だけど、商売人にとっては魅力的なところだからね」

「よかったです。ありがとうございます」

 やけに淡々とした、冷めた話し方をする少年だ。整った顔立ちに、表情の変化もあまりないため、その印象が余計に際立つ。

「君はいくつ?」

「十ニです。家族は六年前、村を襲った災厄に殺されてしまいました」

「……、そ、そうか」

「気にしないでください。ここにいるのは、同じ境遇の子たちばかりですから」

 再び少年が歩き始める。

 その表情はやはり変わりなく、怒りや悲しみも感じられなかった。

 

 庭を抜け、馬車寄せまで戻ってくる。

 空は太陽の残火のように赤く、山脈がある方角から藍色へと沈んでいく。巣へと戻る鳥たちが、高く飛んでいた。

 今夜もきっと、冷え込むことだろう。

「案内ありがとう。助かったよ」

 風が吹き、若い騎士が身をすくめた。

 逞しい腕に、アルベルトの身体が掬い上げられる。軽々と荷台に乗せられ、騎士の分のローブもかけられた。

「急に寒くなってきたなぁ。君も中に入ってくれ。我々も失礼するよ」

「はい。では気をつけて。お城の方々にも荷物のお礼を伝えてください。……視察も兼ねていらしたんでしょう?」

 少年の不意を突くような問いかけに、嘘が得意ではないらしい若い騎士が、明らかにギクリとした様子で身体を強張らせた。

 それを見た少年が、緩く首を横に振る。

「職員には言いませんから安心してください。歩き方が訓練された兵士のようでしたので、つい。お連れの方は目のお色から察するに、侯爵様のご家系の方ですか?」

「あー……、その」

「わかりました、聞きません。どのみち僕も来週にはいないですし。……それに、最終的には商人となってリストニアから出ることが僕の目標ですから」

 少年の視線が騎士から施設、そして空へと向けられた。

「この地に生まれたというだけで、家族を奪われ命の危険に晒される。こんな理不尽なことが、許されていいはずがない。——だから、僕はリストニアを捨てるんです」

 視察に来られたお二人には悪いですが、と告げて背を向けて施設へと戻っていく。

 ……その背を。

 アルベルトは何も言えずに、ただ騎士と共に黙って見つめていた。


次回『大魔導師サイネケンと若返りの魔法⑦』は6月13日17時更新です。

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