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大魔導師サイネケンと若返りの魔法⑤

 GPS機能の提案は、迂闊だった。

 自室のベッドの上でアルベルトは枕に顔を埋めながら、「あー」とも「うー」とも言えない声で呻いていた。


 肉体年齢が子どもになってから、一日経った、翌朝のことである。


 部屋には誰もいないのに、恥ずかしさで顔を上げることができない。それもこれも全て自分が招いたことだとわかっている分、余計に羞恥が煽られていた。


(同魂の魔法を使って、位置を特定できるように頼んだのは私だけどさぁ!で、で、でも、条件付けが、あれとか!聞いてないんですけどー!?)


 昨日の夕食の後、アルベルトは日中確認していた同魂の魔法による位置の把握の条件付けをしてもらう約束をしていた。ヴォルフガングによるとそれは時間もかからず手順も単純とのことであったため、湯浴みを済ませて自室で待っていたわけである。

 夜半になり、「遅くなりました」と部屋を訪れたヴォルフガングは、騎士服のままだった。領主の側近と騎士団長の兼任は、書類業務を副団長に振ったところで楽にこなせるものではない。かと言ってどちらかに絞るのも実力を考えると難しい。申し訳なさを募らせつつ、激務の騎士を部屋に招き入れたアルベルトは「さて」と条件付けのやり方を聞いた。

 そして返ってきた言葉が、

「閣下の心の臓の上から、私が術を送ります。詠唱が必要ですので、服の上からにはなりますが、口が触れる無礼をお許しください」

 だった。

 更に言うなら、あくまで同魂の魔法の一部であるため、重ねがけにはならず、若返りの魔法の効果中のアルベルトでも危険はないとのことだった。

 が、問題はそこではなかった。

 湯浴みをした後のアルベルトは、夜着だった。しかも子どもの頃のものなので、襟口に二、三個ボタンが付いただけの膝丈の貫頭衣のような服だ。

 後悔しても遅かった。言われた後で上着を羽織るのも失礼な気がして、結局促されるままに椅子に腰を下ろした。

 失礼いたします、とヴォルフガングがその前に膝をついた辺りまでは覚えている。


(あとはもう、目を閉じて顔の骨が砕ける勢いで口を押さえて『早く終われー!』って念じてた記憶しかありませんッ!気付いたらベッドに寝かされてました!押さえすぎて酸欠ですね!手間かけさせて、ごめんなさい!)


 ヴォルフガングは最初から最後まで頼まれた仕事を真面目にしていただけだというのに、こちらは一人で勝手に恥ずかしがった挙句酸欠になるなど、かなりいたたまれない。


(恥ずかしかったのは、もうこの際忘れるとして……。とりあえずこれで私に何かあった時は見つけてもらいやすくなった、ってことでいいんだよね)


 できれば何も起きない方がよいのだが、原作のアルベルトの波乱万丈ぶりを見る限りその可能性は低いと言える。となると、この世界のアルベルトにできるのは、予め最善策を用意しておくことだけだ。たとえ、そのための知恵を借りようとサイネケンを訪ね、結果子どもの姿になるという別のハプニングを抱える羽目になったとしても。

 パシッと両頬を叩き、気持ちを切り替え、埋もれていたシーツから抜け出した。


(今日は午後から、養育施設への荷の運搬がある。原作のオマケ小説『大魔導師サイネケンと若返りの魔法』の舞台は王都だったから、同じ出来事が起きるとは限らないけど。確認は無駄にはならないもんね)


 サイズの合う服の中に、庭仕事用の物があったはずだ。フードは被って行くにしろ、それならば顔さえ隠せば城下でも浮かずに行動できるだろう。

 午前の内に書類を片付けて、準備をしよう。

 夜着を脱ぎながら、アルベルトはクローゼットへと向かった。 



 『この忠誠は、永遠に』の原作小説の巻末オマケとして書かれた『大魔導師サイネケンと若返りの魔法』。その中で養育施設は、身寄りのない未成年のための機関として登場していた。

 子どもたちの事情は様々だが、魔物により保護者を喪った者たちも多く、運営費は行政の予算で賄われている。この辺りはリストニアも同じだった。

 ただリストニアでは、施設の中にいる間は基本的な座学の他、希望に応じた教育を受けることができるようになっていた。卒業した時に、ひとり立ちできるようにと考えてのことだ。もちろん養子縁組の制度を取り入れた上でのことなのだが、毎年一人は養子の申し込みを断り騎士団への入団を希望する者がいる。アルベルトが当主となってからも、何人かが騎士団入りを果たしていると聞いていた。

 原作では、その養子制度の隙をついた事件として、物語が描かれていた。


 小説での展開は、こうだ。

 王都の養育施設で、ある時期から養子の申込みが増えるようになった。身元も確かであるため、施設の者たちも疑うことなく双方の合意の元、手続きを済ませ子どもたちを送り出していた。

 一方で、この時たまたま王都に来ていたアルベルトは、師であるサイネケンを一人で訪ね若返りの魔法に巻き込まれて子どもの姿になってしまう。原作のサイネケンは、アルベルトの師のままであることから「ちょうど良い。魔物について施設の子どもに尋ねたいことがある」と強引にアルベルトを連れ出したことで、手違いによりアルベルトが養子として引き渡される事態が発生。後を追ったサイネケンは無事にアルベルトを見つけることができたが、そこで里親として引き渡された子どもたちが一カ所に集められ奴隷として売られる寸前だと知らされる。二人は協力し子どもたちの居場所を突き止め、元凶だったとある子爵とその子飼いの盗賊団を捕らえて事件を解決した。

 

(その時の原作のお爺ちゃんの、アルベルトへの態度がなんて言うか……昨日のお爺ちゃんと似てて……。読者の間でサイネケン×アルベルト旋風が巻き起こったんだよね。ということは、つまり……言及はされてなかったけど、原作のお爺ちゃんも精神が肉体に引っ張られてたってことなのかな。原作の方はわかるけど、こっちは中身が私だからお爺ちゃんに申し訳ない……)


 六年この世界でアルベルトとして生きてきて実感しているのは、『原作と同じ点』と『原作と違う点』が混在しているということだ。故に、「この事件が起きたら次はこうくるから、そのための対策をする」ということが難しく、「この事件が起きたら、こう対処する」と後手に回る対応でなんとか凌いでいるのが現状だった。

 とは言え、何も知らないよりは遥かに有利である点は違いないのだが。

 

(この世界自体が、原作やソシャゲ、アニメ全てのルートや設定を内包した世界だったりする?ソシャゲは分岐とルートの多さが売りだったみたいだし、もしそうだとしたら私の選択が原作から外れた道を進んでるということ?)


 それは恐ろしい話だ、とシャツを着ながら考える。アルベルトの前世の腐女子はプレイしていないが、ゲーム版『このとわ』には少なくない数のバッドエンドが存在するとは聞いていた。

 そこに向かっていないという保証は、……どこにもない。


(……駄目だ、この考えは思考を曇らせる。私は、できることをやっていこう)


 鏡の前に立ち、着替えた姿を確認する。

 十歳前の頃は、まだ前世の記憶は戻っていなかった。けれども、その頃の自分もきちんと『自分』だという認識がある。単に記憶が重なっているだけではない。別の人生を生きた自分と、十二歳までのアルベルト・リストニアは、紛れもなく同一人物なのだ。

「……アルベルト。ここにいる私が『私』なら、『原作』の君はどこにいるんだ……」

 鏡に問いかけても答えがあるはずもなく。

 アルベルトは部屋を出て、執務室へと向かった。






 車輪が回る音と共に、整備された道を荷馬車が進んでいく。

 幌のついた荷台には、リネンや衣類、保存食が入った木箱が積まれている。その隙間に挟まる形でアルベルトは腰を下ろしていた。

 上は飾り気のないシャツ、下は仕立ては良いが地味な色のズボン。同じ色のショートブーツ。その上に防寒用の焦茶色のフード付きの厚手のローブを羽織っている。

 御者台には、体格の良いあの若い騎士が手綱を持って座っていた。服装はアルベルトと似たようなもので、自前なのか着古された感がある。短く刈られた栗色の髪の上には、ちょこんとベレー帽が乗っていた。

「フフフフーン♪フフフフーン♪」

 謎の鼻歌が聞こえてくる。何の歌かと聞いたら自作だと返ってきた。

 頼んだ側が思うことではないが、一応この領地で一番偉い者を一人で護衛しなければならないという状況で自作の歌を口ずさめるのは、素直に凄いと感じる。やれと言われても無理だ。

 だが必要以上に身構えられていない分、気が楽になったのも事実だった。

 木でできた四角い荷台から少し身を乗り出し、御者台へと声をかける。

「非番を交代したと聞いた。すまなかった。予定を潰したりはしていないか?」

「お気遣いありがとうございます!それは全く問題ないんですが、先輩方に『羨ましいから代われ』とボコボコにされました!」

「……羨ましい?」

「…………あー……その、ほら、閣下は団長みたいに威圧感垂れ流してたりとか、副団長みたいに怒りん坊だったりしなくて優しいですから」

「そうかな……。私は自分を優しい人間だと思ったことはないが」

「なんでだよ!」

 ビシッと、胸元に突っ込みが入れられる。前世以来の軽いノリに目を丸くしていると、無意識だったのだろう若い騎士が自分の行動に気付き、さすがにワタワタと慌て始めた。

「も、申し訳ございません!」

 手綱を握っているせいで目を合わせることもできないというのが、若い騎士の慌てぶりに拍車をかけている。とりあえず落ち着かせようと、横から騎士の腕を宥めるように軽く叩いた。

「気にしないでくれ。ここには私と君しかいない。それに私も今の君くらいの態度の方が気が楽だ」

「……大天使……」

「えっ?」

「いえ、……閣下がお優しい方だと思ってるのは、本当ですよ。自分はそれを、よく知ってるんです」

 若い騎士の、髪と同じ栗色の目が、遠くを見つめる。

「騎士団に入って、閣下の隣で同じ景色を見るのが目標の一つでした。さらに今こうして馬車を相乗りしているなんて、三年前の自分に言っても信じないでしょうね」

 若い騎士の表情は穏やかで、その声音は柔らかかった。

 副団長と大隊長のお墨付きなだけあり、心根が真っ直ぐな青年のようだ。

「今日はよろしく頼む、ロイド」

「かしこまりました。全力で閣下をお守りいたします」

「いざという時は、私を適当に担いで逃げてくれると助かる」

「だーかーら、そういうの無理ですって!」

 やだー!と大げさに拒否されて、思わず笑ってしまう。

 荷馬車は、さほど大きな揺れもなくゴトゴトと進んで行った。

 目的地は、中央通りから離れた静かな場所に建っている。

 リストニアの城を中心に周囲をぐるりと高い石壁に囲まれた城下は、この地にとってまさに最後の砦となる場所だ。有事の際には、中央の通りには戦線が敷かれ戦場となる。だからこそ、今から向かう施設や教育機関といった場所は、通りから離れた区画に建てられることが多かった。

「それにしても今日は風が強いですね。閣下、冷えますので中にお戻りください」

「あぁ。すまないが、そうさせてもらおう」

 竜骨山脈からやってくる冬の風は、雪雲を停滞させない代わりに、時折今日のように絶え間なく強く吹く日がある。フードが外れないよう被り直し、アルベルトは荷台の奥へと戻った。

 魔力を制御する力が弱まっているため身体に防御のための力をまとうことができず、十八歳のアルベルトなら問題ない外気温も今の身体にはひどく冷たく感じられる。


(でもこの寒さ、それだけじゃなくて。……なんていうか、隣がスースーする感じなんだよね。ずっと傍にいた温かい何かが、急になくなったような——……)


 ぽん、と条件に当てはまる人物の顔が浮かぶ。

 アルベルトの頬に、熱が集まった。


(な、なに考えてんだ、自分!馬鹿!ちゃんと真面目にやれ!)


 ブンブンと頭を振って、浮かんだ人物を無理やり思考から追い出す。

 ローブに潜り込むように蹲ると、懐から折り畳まれた紙を取り出し広げた。

 それは今から行く施設に関する報告書の写しで、近年の収支や施設従事者の増減、業者の出入りについての記載がされている。子どもたちの数は、現在二十人。年齢は様々で、下は七歳から、上は施設を出る歳の十五歳まで。見る限りでは、おかしなところはない。ただ、書類上の数字などは、いくらでも誤魔化しがきく。だからこそ前世ではクリーンである証明のために、企業や団体には監査という形で第三者視点での確認が必要とされた。この場合の監査人は、アルベルトたちだ。向こうは知らずにいるので完全な抜き打ちにはなるが、不審な点さえなければ知らないままでいられる。

 杞憂であれば、それが一番良い。できれば、疑いたくはない。ただもし原作と似たような出来事が起きるのであれば、それは目の届く城下で起きた子ども絡みの事件ということになるわけで。


(……原作とは違う展開になりますように)


 祈るように、目を閉じる。

 車輪の回る音だけが、荷馬車の中に響いていた。

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