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大魔導師サイネケンと若返りの魔法③

 今度はきちんとテーブルに紅茶も用意し、主要な面々と話し合いをしてそれぞれの役割分担を決めた。


 騎士団で対応できないレベルの魔物が出現した場合、経験値の高さを優先しサイネケンが指揮を取ること。

 アルベルトの執務は従来通りとするが、体力面を考えて深夜までの作業は禁止。下手に体力を削ると、元に戻るまでの期間が伸びてしまうかもしれないためだ。領主判断を必要とするものは、重要度順にレベルを分けて日をずらして対応する。

 食事は当面は部屋食。こちらはアレクシアの侍女が給仕を担当する。忙しい時期は籠りきりのことも多いため、気にする者はいないだろう。風呂や着替えが一人でできる年齢で、幸いだった。

 また、シーズン的に公式行事の予定はないが、もし発生した場合はアレクシアが出席することとした。


「こんなところか」

「……ですかねぇ。リストニアの者ならまだしも、閣下が子どものお姿になられたなど、外部の者に知られるわけにはいきません」

 薄めの頭を摩りながら言う執政官の言葉に、アルベルトも頷いた。

「特にステルビア家にはな。何を言われるか、想像もしたくない。城下にも何人か間者が紛れ込んでいるはずだ」

「まったく、忌々しい一族め。あれを放置しているのは王家の怠惰だと言わざるを得ませんな」

「ステルビアを支持する地盤は、それなりに存在する。一臣下の領地のために王家を割るような決断は、陛下もなさらないだろう」

「……お兄様、あれに味方する貴族がいるんですの?」

「楽に甘い汁を吸いたがる者は、どこにでもいるものだよ」

 アレクシアが「うげ…」とでも言いたげな顔をしている。

 アルベルトは、美少女成分で構成されている妹の変顔を見なかったことにして、「ところで」と話を切り替えた。

「そろそろ城の備品を養育施設へ送る時期だと思うんだが。せっかくこの姿になったことだし、私が届けに行くとしよう。誰か一人騎士を貸してくれないか?」

 提案したのは、定期的に城から城下にある養育施設へと渡される品々の運搬についてだ。備蓄品や未使用のリネンなどの中から充分使用可能なものを寄付という形で運営費とは別に定期で届けている。金銭にしないのは、不正防止のためだ。リストニアに生きる者の善性を信じたいとは思っているが、やはりそうはいかないのが社会というものである。

「閣下自らが?なぜ?」

 執政官が目を丸くする。

「前から行きたいと思っていたんだ。今なら子供たちと年齢が近いことだし、話もしやすいだろう?」

 本音を言えば、原作でのストーリー展開が気になるが故の提案なのだが。言えるはずもないので、それなりの理由をつける。機会があれば訪ねたいと考えていたのは本当だ。ただ様々な状況の子どもたちがいる中での公式訪問となると、受け入れ側の負担も大きくなるだろうと控えていた。

「閣下の瞳はリストニア家の象徴。今のお姿を人目に晒すこと自体、私は反対ですな。先に申し上げますが、サイネケン殿に姿を変える魔法を使用いただくのも賛成致しかねます。今の閣下に別の魔法の重ねがけなど、どんな副作用が出るかわかりませんから」

 だがそんなアルベルトに、執政官の意見は厳しい。そして、それも理解できる内容ではあった。

「荷を運んで様子を見るだけだ。フードを被って姿が見えないようにする。それならどうだ?」

「…………」

「この姿だからこそできることを、やっておきたい。……駄目だろうか?」

「…………」

 むぅ、と口をつぐんだまま執政官が腕を組む。

 その姿に懐かしい思い出が重なり、思わず笑みを浮かべた。

「君と話していると、父に頼み事をしていた子どもの頃を思い出すよ」

「……その言い方は、実にずるいですな」

 執政官が、長い溜息をついた。皿の上にある焼き菓子を手に取り、モフモフと口に入れ紅茶で流し込む。それからもう一度溜息をついて、アルベルトを見た。

「団長は、連れて行かぬおつもりで?」

 問いかけに反応しかけたヴォルフガングを目で制して、「あぁ」と頷く。

「彼を荷運びなどに連れて行けば、それだけで人だかりができる。信頼はおけるが、あまり顔が知られていない若い騎士が理想かな」

 そうだ、と。アルベルトは名案を思いついた。ナッツ入りのクッキーだけを食べていた副団長に声をかける。

「ロイドを借りてもいいか?」

「あいつを?いや、まぁ、あいつの素直で真面目な点は私や魔導師大隊長も認めてはいますがね」

「さっき扉の向こうで似たような話をしたよ。二人の信頼があるのなら、充分だ」


(あわよくば大隊長との話も聞けちゃうし……!一石二鳥なのでは!?)


「……私はかまいませんが。団長は説得しておいてくださいよ」

 言われて、斜め後ろに控えていたヴォルフガングを改めて見やる。余談ではあるが、副団長が座ってクッキーを食べているにも関わらず団長である彼が立ったままでいるのは本人の希望によるものだ。

「ヴォルフガング、すまないがロイドを貸してほしい」

「そっちじゃないです、閣下」

「えっ?」

「……閣下の護衛を、団長以外に任せることについての説得です。私は怖くて無理ですからね」

「あ、あぁ……」

 そういう意味か、と少し戸惑う。

 側近ではあるが、ヴォルフガングは四六時中アルベルトの側にいるわけではない。書類仕事の大半は副団長が担ってはいるものの、彼には騎士団長としての責務もある。それに何日も留守にする用件でもない。一日のうちの、たった数時間。それも城下に行くだけだ。

「ヴォルフガング」

「……承服致しかねます」

 呼びかけただけなのに、断られてしまった。

 だがアルベルトとしても、引くわけにはいかない。

「君がいると目立つんだ」

「私もフードを被ります」

「護衛には荷馬車の御者だけでなく、職員とのやりとりもしてもらう。現実的な案とは言えない」

「…………」

 困ったな、と側に立つ騎士を見上げる。命令するのは簡単だが、先程の素直な嫉妬の後であまり強い言葉は使いたくない。

 どうしたものかと考え、ふと、左手首で控えめに主張している印が目に入った。

「……同魂の魔法を使って、私の位置を特定できる術は無いだろうか?」

 現在、同魂の魔法によりヴォルフガングの魂はアルベルトが抱えているような状態だ。考えれば考えるほどトンデモ理論な魔法だが、実際に作用しているので『こういうもの』だと飲み込んでしまった方が理解が早い。そしてこの術を、感覚的なものを含めて最も上手く扱えるのは、術者であるヴォルフガングだ。

 問いかけると、ヴォルフガングはしばらく何事かを考えた上で「そうですね」と口を開いた。

「閣下の位置を、というよりも、閣下にお預かりいただいている私自身の痕跡を辿れば可能かと。条件付けが必要ですが」


(……あるんだ、GPS機能。便利だな、同魂の魔法。私もある程度範囲が絞られてたら、相手の魔力を辿って似たようなことができるけど、無制限での探査はさすがに無理。ていうか、お爺ちゃんが『何それ!聞きたい!』って顔してる。話が脱線するから後で聞いてね)


「では、それを試してみよう。少し様子を見て戻ってくるだけだ。万が一、私がリストニア城下から出るようなら、非常事態だからすぐに来てくれ」

「……承知致しました」

 一礼した騎士が、忠実なる護衛に戻り控え直す。一件落着だと視線をテーブルに戻すと、副団長が「おぉ」と感嘆しながら拍手をしていた。

「さて、他に確認しておくことは?アレクシア、何かあるかい?」

 おかわりの紅茶にソイミルクを入れていたアレクシアが、「そうですね……」と細い指を顎先に添えて考える。

「お兄様の護衛をされるロイドという方は、どんな騎士ですの?」


(そういえばアレクシアちゃんには、あの騎士の名前は伝えてなかったっけ……)


 お母さん呼びや振られた話のインパクトが強すぎて、肝心の名前を伝えていなかったことを思い出す。

 かと言って、三年越しのデートで振られたあの騎士だとここで紹介するのは、あまりにも当人に申し訳ない。

「……以前間違えて私を『母さん』と呼んだ、うっかり者の騎士の話をしただろう?彼だよ」

 その紹介もどうかとは思うが、振られたよりはマシであるはずだ。

 伝えると、アレクシアは数秒考えた後、「あっ、…え?あぁっ!」と淑女らしからぬ大きな声を上げた。

「魔導師大隊長をサイラスさん呼びされてた騎士の方……!」


(っ!?何それ、逆に知らないんですけど!?)


「そ、そうなのか……?」

 思わず、副団長に確かめてしまう。部下についての情報は、団長であるヴォルフガングよりも彼に聞いた方が早い。

「大隊長は面倒見がいい上に押しに弱い男ですからね。どうせロイドが押し切ったんでしょう。あいつ、空気読みませんから」


(押せ押せワンコと受け入れ系年上〜!好き〜!!この萌えの感覚、久しぶりだ〜!ずっと領地経営と討伐の毎日だったもんね……!)


 リストニアから魔物の脅威が去った暁には、是非ともこの二人を眺める壁となりたいものだ。


(女神様、もしこの先『私』がアルベルトの中から消えてしまう日が来るのなら、その時は私をこの世界の風にでも変えてください。……そしたら、皆を見守れるから)


「……所属や立場を超えて関係を築けるのは、良いことだ」

「私は部下が粗相しないか胃が痛いんですがね」

 副団長が自身のお腹を押さえる。

 それに苦笑しながら、「後でロイドをこちらに寄越してくれ」と頼み、その場は解散となった。

 まずは、デスクワークを片付けなければならない。






 山積みにされた書類と格闘していたら、いつの間にか陽が沈んでいたようだ。

 夕食時の少し前。副団長が一人の若い騎士を連れて執務室へとやってくる。部屋にはアルベルト一人で、ちょうど資料を本棚に片付けていたところだった。


「おや、団長は?」

「サイネケンと共に報告会に出ているよ」

「あぁ、それで扉の前の大隊長が、真面目に護衛してたんですね」

 報告会とは、毎日朝と晩に行われる魔物についての情報や調査の集約のことだ。会の内容は議事録に纏められて、アルベルトへと伝えられる。積み重なると膨大な量となるそれらは、一件の見落としもないよう全て保管されていた。

 資料を片付け終えたアルベルトが、二人の騎士へと向き直る。顔は若いが、がっしりとした体格の騎士が立っていた。

「うわー!こんな綺麗な顔した子ども、初めて見ました!さすが閣下!自分一人で護衛するの怖すぎるんですけど!」

「お前のその一貫した態度、逆にあっぱれだよ。申し訳ありません、閣下」

 言いながら、副団長が若い騎士の頭を後ろから軽く叩く。

「気にしないでくれ。……ロイド、腐死人から受けた傷は、良くなったか?」

 かなり元気そうに見えるが、アルベルトの記憶では左肩を負傷していたはずだ。先日の大森林の遠出の際にもいたので、問題はないのだろうが。問いかけると、途端に真面目な顔になった若い騎士が、胸に手を当て深く頭を下げた。

「剣を振るう手に、些かの鈍りもなく。何なりとお命じください」


(この人、基本面白騎士なんだけど、ちゃんと真面目でかっこいいんだよね)


「副団長から聞いているとは思うが、君には明日の荷運びと私の護衛を頼みたい」

「ハッ、かしこまりました。運搬業者に扮しての任務と聞いております。閣下も同じ装いの認識でよろしいですか?」

「あぁ。私は念のため『とても内気な君の弟』を演じて顔が出ないようにしていく。運搬後はできれば、施設内を見て回りたい」

「お任せください。私の図々しい性格を存分に活かしてみせます」

「自覚あるなら遠慮しろ」

 再び副団長が、スパンと若い騎士を叩く。


(やっぱり面白騎士だ、この人……)


 いわゆる、ムードメーカーなのだろう。不真面目だと捉える者もいるかもしれないが、こういうタイプは戦場ではありがたい存在だ。加えて、腐死の魔導師戦を乗り越えてもそうした一面が変わっていないということは、胆力も相当なものだと考えられる。

 なお、施設への荷の受け渡しは、本来はまだ少し先の予定となっていたが、執事長と相談し急遽明日とした。あまりずらすと、途中でアルベルトの身体が戻る可能性もある。街中でそんなことになれば、リストニア侯爵が人前で半裸、もしくは全裸、という悲惨すぎる事態になりかねない。それだけは絶対に嫌だ、と執事長に頼み込み予定を繰り上げてもらった次第である。ちなみに今日は間に合っていないが、明日以降は、どこで戻ってもいいように城内でも長めのローブを着用するつもりでいた。


(丈が合ってない服にローブとか、それはもはや裸マントなんだけど。着てないよりはマシだし……)


 できれば、夜寝ている時に戻っていてほしいとは思っている。切に。


「運搬は午後からと伺っております。予定に変更はございませんか?」

「あぁ。それと城下にいる間は、私のことは『アル』とでも呼んでくれ」

「無理です。嫌です。怖すぎます。呼ばない方向でお願いします」

 怒涛の勢いで拒否されてしまった。

「いや、しかし」

「……閣下、私からもお願いします」

「ふ、副団長まで……」

 上司を呼び捨てにするというのは確かに抵抗があるかもしれないが、そこまで嫌がることだろうか。


(……普通に嫌だな。ごめんなさい、ロイドさん)


「わかった。では呼ばないように」

 立場を入れ替えて考えると、騎士二人の意見が正しく見えた。

 ありがとうございます、と二人に揃って頭を下げられ、何とも言えない気まずい空気が流れる。

 危うくパワハラをしてしまうところだったと、アルベルトは心の中で深く反省をした。

次回『大魔導師サイネケンと若返りの魔法④』は6月10日17時更新です。

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