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アレクシアのお願いごと③

 大森林に最も近い村は、それだけ危険も大きいですが、その分優遇されていることも多くあります。わかりやすいもので言えば、物資の優先や税の待遇など。

 以前そのことについて、ステルビア家に難癖をつけられたこともございました。一部の民を贔屓するのは云々、と。


 え?領地が違うんですけど?


 そんな当たり前の理屈は、あのクソ一族には通用いたしません。お兄様は本当に上手くあしらってらっしゃって、尊敬してしまいます。わたくしなど、「レナード様と結婚したら、あれと遠縁になるの?」と、婚約自体を一瞬取りやめにしたくなったほどですのに。

 先日は、あの家の娘のせいで散々な目に遭いましたわ。と言いますか、腐死の魔導師の出現自体がステルビア家のせいでしたわ。ぶん殴ってやりたい。

 エルフ王グウィン様のおかげで今のところは大人しくしておりますが、きっとまた色々仕掛けてくるでしょうね。何しろソシャゲ版ではあらゆるルートに出てきてキャラクターたちの邪魔をするので、「真夏の深夜に枕元に出てくる蚊よりウザい」と言われておりました。

 ……話を戻しまして。

 この村の優遇制については、リストニアの者ならば皆納得していることです。

 なぜなら。

 もし再びスタンピードが発生した時には、この村が最初の防衛の地となるのですから。



 村からは、馬車ではなく馬での移動になります。わたくしはお兄様と相乗りになりました。お兄様が後ろで、わたくしが前。

 あのアルベルト・リストニアと一緒に馬に乗るだなんて……!前世のわたくしが知ったら、口から飛び出した心臓が地平線まで飛んで行くんじゃないかしら。

 いつもヴォルフガングが傍にいるので伝わりにくいのですが、こうして支えられていると、互いのコート越しでも男性の体格をしてらっしゃるのがわかります。ヴォルフガングやサイネケンほどではないにせよ背も高くて、実用的な筋肉がしっかりついています。ゴツゴツとかムキムキではないですが、とてもしなやかで均整が取れていて、肉体美!という感じでしょうか。逆にこんなにしっかり男性なお兄様を、軽々と抱き上げてしまえるヴォルフガングは何なの?という印象。筋肉って、すごいのね。チカラこそパワー。

 わたくしを背後から抱えるようにしてくださるお兄様が、「寒くないか?」とか「アレクシア、ほら、あそこに狐がいる」なんて話しかけてくださいます。

 繰り返してよろしいですか?


 あの!

 アルベルト・リストニアに!

 今、わたくし密着して囁かれてますの!!

 前世のわたくし!徳を積んでくれてありがとうー!!


「大森林の近くにも、動物がいますのね」

「冬の間だけは、見かけることができるそうだ」

「あちらには、白い鳥がいますわ。丸くてとっても愛らしい」

「シロナガエだね。尾に一本長い白羽があるのが特徴だ」

 シマエナガに似た名前の鳥は、尻尾以外はシマエナガのような丸い見た目をしていました。

 お兄様は何でもご存じなので、わたくしもつい色々聞いてしまいます。

「お兄様、あの赤いお花は?冬なのに、たくさん咲いておりますわ」

「あれは竜骨椿。髪油の材料だと言えば、馴染み深いかな」

「よく使っていますわ。ではあちらの黄色い縞々の実は?」

「タカウリ。リスに似た見た目をしているだろう?小動物を狙う鷹を擬態で騙して実を食べさせて、種を遠くに運ばせるんだ」

「まぁ、賢い」

 わたくしとお兄様とのやりとりを、周りの騎士たちがとてもほっこりした様子で眺めています。わたくしも、楽しそうなお兄様を見られてとっても嬉しい。

 馬の歩みが、少しだけ遅くなりました。お兄様もこの時間に幸せを感じてくださっているのだと思うと、胸が温かく満たされます。

「お兄様って、本当に何でもご存じですのね」

「私の大切な姫は、貴族院の座学を既に修めた才女では?」

「分厚い参考書には、冬のリストニアについての記載などございませんでしたもの」

 知識と学問は、似て非なるものと言えます。もちろん、どちらも大切ですけれども。

 お兄様はたくさんの御本を収集されていて、書庫の方にはわたくしにも読めない文字で書かれた古い書物がたくさん並んでいます。そこで学んだ内容を領民たちへと知識として還元したことにより、先日の腐死の魔導師の被害が最小限に抑えられたのだと副団長が言っていました。

 わたくしもソシャゲ版の内容の範囲でなら、災厄についてはある程度存じております。


 腐死の蝶。

 腐死の竜。

 腐死の魔導師。

 腐死の騎士。

 腐死の魔女。

 腐死の王。

 腐死なる者。


 ただ、知っていたのは名前だけ。世界七大災厄と呼ばれるそれらについて、ソシャゲ版ではあくまで世界観に深みを出す飾りとして設定されていただけ。詳細まで語られたりはしませんでした。

 今回、腐死の竜と腐死の魔導師についての詳細をお兄様が小さな子にも理解できるよう昔語りにしてくださっていたことで、初めてわたくしも特徴を知ることができたのです。他の災厄についても徐々に情報が集まっているそうですので、いずれ皆に知らせてくださることでしょう。

 ですが、さすがのお兄様も『腐死なる者』については、何一つ調べることができていないご様子でした。文献を探されているようですが、見つかることはないだろうと思っております。


 ——なぜなら。

 『腐死なる者』は、アレクシア死亡ルートのアルベルト・リストニアなのですから。


 ……思い出したら、また悲しくなってまいりました。

 手綱を握るお兄様の手を上からキュッと握ります。わたくしが寒さを感じているとでも思ったのか、お兄様の腕がわたくしのお腹に回され、後ろへとそっと引き寄せられました。

 お兄様。

 大好きなお兄様。

 このアレクシアが、あんな結末には絶対にさせませんからね。





 大森林が、目の前に見えてまいりました。

 その名に相応しく、この世界の木々とは大きさも色もまるで違う、ある種異様な光景が広がっております。

 大森林は、まず生えている木の一つ一つが、わたくしが知る森の木の十倍ほどもあります。そしてその色は、深い藍色をしていて、遠目からはほとんど黒に見えます。

 さらに周辺の空気は歪み、澱んでいて、黒い靄のようなものまで立ち込めています。

 正直に申し上げて、近くに行くのも嫌です。

 お兄様はこの中に入り、さらに途中までなら行かれたことがあるそう。ですがそれ以上は「……おそらく、今の私の力では戻っては来られないだろうね」とのことでした。

 お兄様でさえ戻れないと自覚されている大森林。わたくしは既に恐ろしいのに、お兄様は一帯を眺めて、

「確かに今年は瘴気が少ないようだ」

と仰られました。


 ……これで、少ないんですの?


「なるほど、これがかの大森林。リストニアの方々は、代々これを鎮めてこられたと」

 馬に乗ったサイネケン様が、隣に並びます。

「……いつかは謎を解き明かし、この瘴気を晴らせればと思ってはいるのだが」

「残念ながら……今の閣下のお力では、それはまだ叶いますまい」

「だろうな、自分の無力さが身に染みる」

「なに、一人で無理なら二人、三人と増やせば良いだけのことです。ちょうどよく、閣下の左右には剣聖と大魔導師がおりますぞ」

 その言葉に、お兄様が笑ったのが背中越しに伝わりました。

「あなたは昔から、私のやる気を引き出すのが上手いな」

「事実を申し上げたまで。それに、道のりは遠い方が道中を楽しめます」

 そのやりとりには、とても自然な主従の関係がございました。

 大魔導師サイネケン。おそらくこの世界でも屈指の力を持つ魔導師です。

 そんな二人とやりとりを見ながら、わたくしは。

 

 この人、戦闘パートの超課金アイテムではなかったの!?


 と驚いておりました。

 前にもお伝えいたしましたが、ソシャゲ版『このとわ』に時折あった戦闘パート。ゲームの性質上、それはアルベルト・リストニアの基本スペックと、とある課金アイテムでゴリ押しすることが可能でした。

 その課金アイテムというのが、主人公アルベルトの師として登場する大魔導師サイネケンなのです。

 強キャラ感満載で登場して本当にずっと強キャラでしたので、出番は少なかったのですが人気がございました。噂によると原作小説の方では、若返りの魔法を使ったサイネケンが爆イケオジになるという話があったそうで。サイネケン×アルベルトが一気に増えるきっかけになったのだとか。爆イケオジのメロさで、性格は老獪なままなのでしょう?そんなの絶対見ないと損なやつではないですか。今度、若返りの魔法を使えるのか聞いてみましょう。

 ともあれ、ソシャゲ版ではそのような感じでしたので、キャラクターというよりもアイテム枠として捉える方が多かったように感じます。

 ルートも、わたくしが知る限りでは存在してはおりませんでした。

 そもそも腐死の魔導師との戦いの後、リストニアに残ると仰った時、わたくしを含めて皆驚いていましたしね。この世界でもソシャゲ版の世界でも、大魔導師サイネケンは魔物討伐以外では中央魔導院の塔から出ない偏屈な老人として有名でしたから。

 それが今では、『黄金侯爵の片翼』なんて二つ名で呼ばれております。なんでも叙事詩に語られる神魔大戦において、女神エルシオラの傍にいた魔導祖シュテルンタークになぞらえているのだとか。なお、女神エルシオラの傍にはもう一人彼女を守る神がいて、それが荒神ユグバースだと言われています。

 ファンタジー好きといたしましては、とってもワクワクいたしますわ。剣と魔法の世界に生まれておいて何を今更と思われるかもしれませんが。


「中に入られるのでしたら、妹君はお預かりいたしましょうか?」

「いや、下手に入ると逆に刺激する可能性がある。今回は外側から確認だけするとしよう」

「そうですな。それがよろしいでしょう」

 馬がゆっくりと進み始めました。 

 目の前に見えるとは言っても、大森林までの距離は、まだ数百メートルほどあります。それなのに、一歩近づくごとに重い何かがのしかかってきます。

 思わずお兄様の腕にしがみつくと、馬の歩みがぴたりと止まりました。

「サイネケン、やはり頼めるか?」

「御意。……さぁ姫君、こちらへ」

 なんてこと。ここまで来て、皆の足を引っ張ってしまうだなんて。

 わかっているのに、身体の震えが止まりません。悔しくて涙が出そうです。

 お兄様からわたくしを受け取ったサイネケン様は、それ以上進むことなく、周囲の防御壁を張ります。近くにはわたくしの侍女と、騎士たち。

 お兄様は、ヴォルフガングと残りの騎士を連れて大森林のすぐ近くまで向かっています。

「お兄様は、何故あんなにも心がお強いのかしら……」

 溢れそうな涙を必死で我慢しながら、わたくしはポツリと呟きました。

 確かにわたくしは十一歳の少女ですが、前世の記憶もございます。なにより、わたくしの周囲には腐死の魔導師戦をも乗り越えた精鋭たちがいるのです。何を恐れることがあるのかと、頭ではわかっているのに。

「……姫君。人は守るものがある方が強い、という話はご存知ですかな?」

 サイネケン様からの問いに、ギュッと手を握り締めます。

「えぇ、知っているわ……。わたくしだって、お兄様を守りたい……」

「では、骨は一度折れた後の方が強い、という話は?」

「……?」

 話の前後が繋がらなくて、後ろで支えてくださるサイネケン様を見上げました。

 白くて長いお髭を持つお顔が、わたくしをじっと見つめています。

「人は、心が折れた時に二つの道を選べます。一つは、そのまま地に倒れ、二度と立ち上がることなく生きていく道。……もう一つは、折れた心を自らの手で立ち上げ、再び前へ進む道です。その手すら、潰れ、形がなくなっていたとしても。何度でも立ち上がり、進み続ける」

「——……」

「それは言葉では言い尽くせぬ苦痛でありましょう。閣下が歩まれてきた道には、救えなかった者たちの死が幾重にもなっておられる。この老いた魔導師でさえ耐えられずに塔に逃げ、耳を塞いだほどの絶望を、あのお方は繰り返し繰り返し、その身に受けて来られました」

 サイネケン様に促されるように、わたくしの視線がお兄様へと戻りました。

「あの方の強さは、その身を刻んだ絶望の数。閣下も、この爺も、姫君に同じ強さを得て欲しいとは思いませぬよ」

 ポロリ、と。わたくしの頬に一粒だけ涙が溢れ落ちました。

「……サイネケン様。わたくし、お兄様に幸せになってほしいの。笑っていてほしいの。愛の中で、穏やかに生きてほしいの」

「えぇ、お気持ちよくわかります」

「……いつか、あの恐ろしい森がなくなって。皆が幸せに暮らせる日が、やってくるかしら」

「ご心配召されるな。閣下とその両翼が、必ずや姫君の願いを叶えてみせましょう」

 そう仰って微笑まれる、年齢を感じさせるお顔。前世の設定でもこの世界の噂でも、サイネケン様は偏屈な方として有名ですけれど。わたくしには、優しい好々爺にしか見えません。

 これもお兄様のお人柄によるものなのでしょう。

 涙を拭いたわたくしが「ありがとう」とお伝えすると、サイネケン様は「閣下と姫君は、よく似てらっしゃる」とより深く微笑まれました。

「そうかしら?わたくしはお父様似らしいのだけれど」

「心根の話です。…ですが、あぁ、確かに城にあった先代の姿絵に似ておいでですな。特に丸みを帯びた目が」

「お兄様の目は、お母様そっくりですものね」

 アレクシア・リストニアとしては、両親の思い出は多くはございません。

 お二人が腐死の竜と相討ちになり亡くなられたのは、今から六年前。わたくしが五つの時でした。もちろん当時のわたくしは前世など知らない、ただの女の子。ですから、その時の記憶自体も鮮明とは言えません。

 ただ、覚えているものもございます。

「……歌を」

「歌?」

「えぇ。お父様とお母様が亡くなられた後、わたくしは眠れなくなってしまっていたらしくて。毎晩お兄様が枕元で歌ってくださっていたことを、ふと思い出したの。お母様が、小さかったわたくしに歌ってくださっていたという女神様の祈歌」

 子どもながらに喪失を知った当時のわたくしは、眠ってしまったらお兄様までいなくなってしまうと思い込んでしまったのでしょう。眠りを拒み、それにより食欲も消え、口にものを入れても吐き出すようになっていたと聞きます。

 そんなわたくしに、お兄様は毎晩、子守唄を聴かせてくださいました。

 お兄様だって、当時は今のわたくしと変わらないくらいのご年齢で。その上侯爵を継がざるを得なかったばかりで、計り知れない精神的な負担を抱えていらっしゃいましたでしょうに。


 旋律を口ずさむと、あの夜の日々が、わたくしが眠るまで歌いながら手を握り続けてくれていたお兄様の温もりが、蘇るかのようでした。


「……美しい詩ですな」

「お兄様は、もっとお上手なのよ?」

「お聞かせいただけるか、今度頼んでみることにいたしましょう」

 サイネケン様の声には、断られる前提の冗談の響きがありました。

「自分も聞きたいです」

 不意に、近くから声が上がります。声の主である若い騎士が、すぐ隣の別の騎士に「空気読め」とべしっと頭を叩かれていました。

 あなた、知ってますわよ。お兄様のことを間違って「母さん」と呼んだり、幼馴染との三年越しの初デートで振られた騎士でしょう?少し前にお兄様が、「気まずいことを言ってしまって」と話してくださいましたもの。

 その後、失恋の傷は癒えたのかしら。

「ていうかお前、腐死人にやられた怪我が完全に治るまで待機扱いじゃなかったか?」

 振られた騎士の頭を叩いた方は、どうやら先輩に当たるようです。

「サイラスさんからオッケーもらいました」

「サイラス……?あぁ、魔導師大隊長のことか。名前で呼んでるのか。失礼な奴だな」

「いいんです。それも本人からオッケーもらってます。あの人、結構押しに弱いんで」

「コミュ力お化けすぎるだろ。何をどうやったら、あの人から名前呼びのオッケーもらえるんだよ」

 ——待って。

 今わたくしの腐敗したセンサーに、何かが引っかかりましたわ。

 魔導師大隊長って、あの方よね。あの、いつも髭を剃り忘れて無精髭になってる、飄々とした感じのイケオジ。


 なに?

 どういうこと?

 もっと聞かせてくださらない?

 

 そんなわたくしの願いも虚しく、別の騎士の方から「無駄口を叩かず、姫様の護衛をしろ」と二人揃って叱られて静かになってしまいました。

 無駄口叩きまくってくれてよろしいのに…!!

 気になる…!!

 お兄様なら、何かご存知じゃないかしら!

 今度聞いてみましょう…!


 サイネケン様の言葉と振られた騎士の方の新情報のおかげで、身体の震えもすっかり治りました。そこを同列にするのは自分でもどうかと思いましたけれど、本当のことなので仕方がありません。

 視線を少し遠くへ向けると、ちょうどお兄様達が大森林の前に到着してらっしゃるのが見えました。

 今から調査に移るのでしょう。三、四人の組に分かれた騎士達が、馬首を森に向けたままゆっくりと広がっていきます。

 調査は目視と魔力探査によって行われます。とは言え、瘴気に阻まれて大森林の奥までは探査はできないそうなので、浅い場所までだとお兄様は仰っていました。


 どうか、何事もなく調査が終わりますように。


 胸の前で両の手を組んで女神様に祈りを捧げます。前世の世界で、こんなに頻繁に神様に祈りを捧げたりもしませんでしたので、この気持ちはきっとアレクシアとしてのものなのでしょう。

 わたくしは、サイネケン様や皆と一緒に、遠くからお兄様たちの調査を見守りました。

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