アレクシアのお願いごと②
アレクシアのお願いごと②
今日の装いは、いつもの踝まで隠れるドレスではなく乗馬用の軽装です。膝丈のブーツに、膝丈のスカート。めくると下着でもペチコートでもなく、ふくらはぎ辺りまでのタイトなズボンがブーツにインされています。
今日はわたくしも、馬に乗る必要があるのです。
ですから髪もアップにして、シンプルなバレッタだけつけております。こちらもお兄様が買ってくださった、お品。とってもセンスがよろしいの。正直、見習いたいくらい。
執務室に入りますと、すでに書類の山ができておりました。お兄様が仰るには、これでもかなり減ったのだとか。とは言えリストニアはお兄様が治める地ですから、最終的にはお兄様の承認が必要となります。完全な分担作業とはいかないようです。
「おはようございます、お兄様」
「おはよう、アレクシア。その服、とてもよく似合っているよ。ちょうどよかった。リュシアンから君宛の手紙を預かっている。部屋に届けてあるから、あとで読むといい」
挨拶から、女性を褒める言葉へ流れ、用件で締める。今朝も鮮やかな紳士っぷりです。
「まぁ、リュシアンお兄様から?とっても嬉しい!楽しみです」
お兄様のご友人の、リュシアン・ウィーバー様。『このとわ』では、魔法オタクとして有名なお方。ソシャゲ版ですと、ルートが解禁されるとアイテム作成をしてくれますので、お助けキャラとして人気がございました。
残念ながらお仕事の関係で王都にある中央魔導院へと戻られてしまいましたが、わたくしにもお手紙をくださるようになりまして。王都でのお兄様に関する噂話をご提供くださるので、わたくしだけでなくメイドたちからも大人気。わたくしが「リュシアンお兄様からの手紙を読み上げますわよ」と声をかけると、謎のネットワークにより城中のメイドが集まってしまうほどです。
最近一番熱かったのは、ファンケンラート王国第一王子であらせられる、クリストフ殿下が城下で視察をされた際に、金に近い髪を持つ者を見かけては切なそうな顔をされていた、というお話。キャー!素敵ー!とひとしきり盛り上がった後、片恋が決定している殿下の想いに、皆でしんみりいたしました。
そんなリュシアンお兄様からの新しい手紙ですから、わたくしの後ろでいつも影のように控えている侍女も心なしかソワソワしています。リュシアン先生の新作を拝むようなものですものね、よぉく、わかりますわ。
ちなみに、まったくの余談なのですが。彼女、おそらく武闘派です。この間、訓練場で副団長と素手で戦っているのを見かけましたから。「どうした?動きが鈍いではないか!」とか、どこかの覇王みたいな口調で副団長を殴っていて、「そっちが素ですのね…」と思ったものでした。
聞いたところによりますと、なんと副団長の奥様なのだそうです。男爵家の出の方としか知らなかったわ。今度護身術でも習ってみようかしら。
「今日は風もなく、穏やかな気候だそうだ。この書類を片付けたら、出立しよう」
わたくしの思い違いでなければ、何だかお兄様も少し楽しそうです。
腐死の魔導師を退けてからも、ずっと仕事ばかりしてらっしゃいましたから。調査とは言え息抜きになれば、と思います。
……ところで。
昨日は、あれからどうなったのかしら。
そもそも、お兄様とヴォルフガングって、……どこまでの関係なの?ごめんなさいね、お兄様。アレクシアの中身は結構な大人なので、色々考えてしまうのです。
キスくらいは…してるわよね?いいえ、待って。あのお兄様よ?してると思う?では、ヴォルフガングが無理矢理…?この間の告白の時だって、大魔導師様が止めなければ……。
わからない。さすがに聞けないわ。あぁ、でも知りたい。
やっぱり、この調査についていくことにして正解でした。
今日はお兄様にとって、ヴォルフガングに想いを伝えられてから、初めての遠出の日。開放的な外の空気を吸えば、なにか進展があるかもしれませんもの。
絶対に、この機を逃してなるものですか……!
「待たせたね、アレクシア」
ペンを置いたお兄様が立ち上がります。窓からの朝日を浴びて、なんて素敵なのでしょう。
それにしてもお兄様って、毎日ご自身のお顔をご覧になられて、びっくりしたりはされないのかしら。わたくしなんて、今でも朝起きたら「誰この美少女!?」なんて驚いておりますのに。
なんて思っていましたら、お兄様がエスコートの手を差し出してくださいました。
わたくしは、よろこんで自分の手を重ねます。
わたくしよりも大きくて硬くて。
傷だらけの。
世界一、美しい手に。
リストニア城は領地のちょうど真ん中に位置しておりますので、東西南北何処に向かうにも半日とかからず到着いたします。
新幹線があればなぁ、と思うこともございますが、魔法が存在するこの世界でそれを望むのは贅沢というものでしょう。
わたくしを乗せた馬車は、整備された街道を北へと進んでおります。周囲には、リストニアが誇る騎士団の精鋭たち。とっても誇らしげな顔で、先頭を行くお兄様を見つめています。人数は五十名ほどでしょうか。
わたくしは殿方ではないのでわからないのですけれど、お兄様の強さというのは鍛え抜かれた騎士の方々から見てもすごいものなのかしら。いえ、すごいのでしょうけれど。ソシャゲ版でも散々強いと言われていましたし。王城で戦う姿も見ておりましたし。なにより、あの、世界七大災厄と恐れられる災厄の一つである腐死の魔導師を撤退させたのですから、それはもうお強いのでしょう。
ただ非戦闘員のわたくしから見るのと、騎士の方の目から見るのとでは、やはり違うと思いますから。その辺りを詳しく聞いてみたいのです。
……そうだわ。
武闘派で副団長の奥様な侍女がいるじゃない。お兄様が同席される時は彼女は別の馬車だけれど、今日はわたくしだけですから一緒に乗っているのです。広い馬車なので、二人だと、ちょっぴり寂しい。
わたくしは早速、彼女に声をかけました。
「閣下の強さについて、ですか?」
「えぇ。お兄様がとてもお強いことは知っているのだけれど、具体的に想像できなくて。戦う技術があるあなたから見たら、お兄様はどのような感じなのかしら」
わたくしからの問いに、侍女は「そうですね」と少し考えてから、口を開きました。
「私では、おそらく閣下を自分の間合いに入れることさえできないかと」
「……ま、間合い…?」
「はい。攻撃する前に無力化させられてしまいます。これでも、素手の格闘では夫と互角なのですが」
あなた、リストニア騎士団副団長とステゴロで互角なの?あ、ステゴロとか言ってしまいましたわ。
「確かに剣術だけ見れば団長の方が上ですし、魔法の技術ではサイネケン様の方が上でしょう。しかし、お立場に関係なく御三方が戦うことがあれば、勝つのは間違いなく閣下でございます」
「…っ!?そ、そうなの?」
きっぱりと断言する侍女の言葉は、思わず腰を浮かせてしまうほど、わたくしを驚かせました。
「騎士は魔導師に弱く、魔導師は騎士に弱いというのが定説ですが。……であるなら、魔導騎士であらせられる閣下には、弱点がほぼないということです。正直申し上げますと、個人的に一番戦いたくないお方です。離れたら魔法で撃たれますし、近付けば剣で斬られます。遠距離、近距離、防御。全てお一人で可能なのですから、私では戦い方すら思い浮かびません」
そんな風に言われて、わたくしは改めてソシャゲ版の『アルベルト・リストニア』のスペックを思い出してみました。
ゲームでは時折戦闘イベントもあり、レベル上げという概念がございました。原作小説のストーリーに合わせた展開だったと記憶しております。ただゲーム自体はあくまで膨大なシナリオとルートを楽しむノベルゲーでしたので、『アルベルト・リストニア』の基礎スペックと、とある課金アイテムでのゴリ押しも可能だったはず。
つまり、初期値でエンディング近くの戦闘イベントもこなせるだけの能力がそもそもあるということ。
加えて『わたくしのお兄様』は、鍛錬を怠らず、常に戦いを続けています。ゲーム的に言えば、レベルを上げ続けているということで。
「……ふ、副団長なら、お兄様を自分の間合いに入れることは可能かしら」
「無理ですね」
秒で否定されました。
「人類でそれができるのは、私が見てきた限りでは団長とサイネケン様くらいかと」
そ、そんなに強いのね、お兄様……。
わたくしったら、まだまだ知らないことが多いわ。
剣術は無理だとしても、魔法なら少しはお兄様に近づけるかしら。が、がんばるのよ、アレクシア…!
「それにしても、姫様。なぜ急にそのような疑問を?」
気合いを入れるわたくしに、侍女が首をかしげます。お兄様を支えるために強くなるのだ、と答えたら、優しく微笑みながら「姫様が戦わずにいてくださるのが、閣下の一番の望みですよ」と言われてしまいました。
それは、まぁ、お兄様の性格を考えるとそうなるのでしょうけれど。
やっぱり護身術くらいは習っておこう、と馬車の窓から見える牧歌的な光景を眺めながら決意を新たにいたします。
遠くの方に、竜骨山脈と大森林が見えました。
……そういえば、と。
ふと、前世の廃課金時代の記憶が浮かびました。
わたくしことアレクシア・リストニアには、一度ルートに入ると不可避で死亡するという恐ろしいシナリオがございました。そしてそれは、アルベルト・リストニアが唯一闇堕ちしてしまうストーリーで。実装された時は、一部のバッドエンド好き、もしくはメーリーバッドエンド好きの方以外から猛烈な批判があり、後日公式が『これはアルベルト・リストニアの生き方をシミュレーションした際に生まれた一つの可能性の話というだけである』と異例の発表をするほどでした。
ストーリーは短くシンプルで、エンディングのみ二つに分かれます。
幼い妹アレクシアを失ったアルベルトは、魔物を生み出す原因となる瘴気そのものを強く憎むようになり、怒りのままに大森林を焼き払ってしまいます。すると、そこから噴き出した瘴気がアルベルトを飲み込み、彼は大災厄『腐死のアルベルト』として覚醒してしまうのです。この時点でアルベルトの中には人であった頃の記憶は、ほぼ無くなり、他の腐死者たちと同じように人類への侵略を開始。ヴォルフガング以外の主要キャラクターを皆殺しにしてしまいます。
主要キャラクターが死に、世界が崩壊すればエンディング条件達成。
瘴気にまみれ黒く染まったリストニア城で、アルベルトは唯一傍に残ったヴォルフガングに問いかけます。
『今の私は、お前さえ信じることができない。私のために全てを投げ出せるか?』と。
言葉もなくヴォルフガングが頷くと、プレイヤーの前には二つの選択肢が現れます。
・ならば、ここで死んでみせよ。
・ならば、ここで私を殺せ。
上を選ぶと、跪いたヴォルフガングが「この忠誠は、永久に」とタイトル回収をして、宝剣で自らの首を刎ねて死亡。それを見たアルベルトは、最期の一欠片の人間性さえ喪い、美しい顔から肉が腐り落ち、完全なる腐死の災厄となります。
下を選ぶと、ヴォルフガングはアルベルトを強く抱きしめ「愛しております」と告げた上で、寄り添った二人の身体の、アルベルトの背中から自身の背中までを剣で突き刺し共に死亡。二人の死により、瘴気は消滅いたしますが、世界はすでに滅亡していて何もなくなるというエンド。
——……いや、おっっっもっ!!
重すぎる!!!思い出すだけで涙が出そう!
なんでそんなストーリー考えちゃうの!?その前のアップデートは、バレンタイン企画の『ドキドキ♡アルベルトのチョコレート大作戦♡』なんていう、いかにもなタイトルのイベントでしたのに!
前情報なくプレイしたファンの気持ちわかります!?
わたくしがハッピーエンド至上主義になりましたの、ほぼこれのせいですからね!!??
わたくしのお兄様がこのルートにならなくてよかったと、本当に、本当に心からそう思います。
途中何度か休憩を挟んで、わたくしたちは無事大森林近くの村へとやってきました。
なぜこんな危険な場所に村が?と思われるかもしれませんが、ここは大森林の監視も兼ねた特別な村なのです。
住人の半分が現役の騎士団と魔導師隊で構成され、残りの半分は代々この地から離れずに住んでいる人たちです。大森林から離れた村や町への移住を勧めても、「命をかけてくださる騎士団や魔導師の方々を置いてはいけない」と残ってくれたのだと、以前お兄様が教えてくださいました。また、領地が大森林に接している以上、この村が無くなれば別の集落が『大森林に最も近い場所』になる。ならばここに人員を割いて監視したほうが良い、とも。
高い囲いがされた村に馬車が入ると、先触れを受けていた住民たちが厚着をして並んで待っているのが見えました。
お兄様が馬車の扉を開けて、わたくしをエスコートしてくださいます。太陽は高く風も穏やかでしたが、それでも温められていた馬車に比べると刺すような冷たさがありました。
わたくしの後ろの馬車に乗ってらっしゃいましたサイネケン様が、「年寄りにはこたえるのう」と言いながらお兄様にくっついて暖をとっています。あれ多分くっつきたいだけですわね。よろしくてよ。わたくしは老紳士×美青年の組み合わせも大好物なのです。
「お待ちしておりました、閣下、姫様」
村の代表である初老の男性が、お兄様とわたくしへ頭を下げます。お兄様が男性に声をかけ、住民たちを労うと、皆嬉しそうな顔をいたしました。並んだ人たちの中には、わたくしよりも小さな子どもがいます。防寒着を重ねてフクフクとしていて、とっても可愛らしい。ここで生まれた子でしょうか。辺境の地に芽吹く、騎士と村娘のロマンスを感じてしまいます。ふと見ると、お兄様も防寒で膨らんでいる子どもたちを見て「可愛い」とでも言いたそうな顔をしてらっしゃいました。
お兄様ったら。
どうか、気付いて。そんなお兄様を、同じように「可愛い」とでも言いたそうな顔で、ヴォルフガングがずっと見つめているのよ?オウッフッ。さっそく心臓を持ってかれそうになりましたわ。わたくしの後ろで侍女も「クヒィッ」と呻いています。昨日まで「姫様を危険な場所へは…」なんて言ってましたけど、来て良かったでしょう?
わたくしたち、かぶりつきで鑑賞いたしましょうね。フフッ!




