終話 人はそれを『 』と呼ぶ
今回は、さすがに駄目かと思った。
いや、今回も、か。
心の中で開催された反省会。その会場のテーブルに突っ伏しながらアルベルトは呟いた。むろん、心の中だけの想像なので実際にはそんな会場はないしテーブルもないし、アルベルトは突っ伏してもいない。
心情的な話だ。
朝日が登りきり、全ての腐死人が消え去った後。
アルベルトはまず最初に、負傷した騎士たちの状態を確認してまわった。解呪と消滅の矢の効果か、それとも腐死の魔導師の撤退により呪いがなくなったのか。負傷者の傷からは呪いの力が消え、赤い血だけが流れていて。ようやく、安堵の息が零れた。
確認をしている間にヴォルフガングの手当ても終わっていた。「十本くらい矢がグッサグサに刺さっていた痕跡があったんですけど、もうほとんど塞がってました。なんなんですか、あの人。ちょっと怖いんですけど。どこまで人外なんですか」と治療師長に若干気味悪がられていたのは、報告を受けたアルベルトだけの秘密だ。左手首の印が、じわりと熱を持つ。
ファンケンラートの人々は、『アルベルト・リストニア侯爵による腐死の魔導師討伐』の報せに大いに沸き、喝采をあげた。
もちろんその声は、リストニア領で最も大きく。
晴れ渡る空の下、領民たちは、収穫祭と彼らの黄金を讃える祭りを心ゆくまで楽しんでいた。
「本当に晴れにするなんて……。リストニア史にこれ以上名前を刻まれたら、後世の歴史家が困りますよ、閣下」
以前、収穫祭の天気について賭けを持ちかけてきた執政官が、執務机の端に書類を積み上げながら眉尻を下げた。あまりの量に崩れかけたそれを、控えていたヴォルフガングがさりげなく支える。
「ファンケンラートの歴史書も、半分くらいは君の功績を謳う記述になるんじゃない?」
揶揄うように付け加えたのは、執務室の客用テーブルでアレクシアと一緒に菓子を摘んでいるリュシアンだ。紅茶のお代わりを注ぐメイドに礼を言って、マカロンの追加を頼んでいる。普段あまり甘いものを口にしないアルベルトとしては、それを見ているだけで充分なほどだ。
二人の軽口に苦笑で答えて、手元にある『アルベルト・リストニア侯爵閣下像設置予算』という書類に『不採択』の印を押し執政官へと戻した。
「像くらい建ててもよろしいのでは?それほどの功績ですぞ」
横からサイネケンが覗き込んでくる。
「腐死の魔導師の正体に迫り、エルフの王を呪縛から解放なされた。神代に生きたエルフと手を取り合えるなど、いやはやこのサイネケン、長生きはしてみるものですな」
「……その目の隈、また昨日も徹夜でグウィン陛下と魔法談義をしていたな?」
「…ギクリ」
「ギクリ、は擬音であって口に出して言うものはないよ、サイネケン。あなたの魔導への探究心は弟子としてよく理解してはいるが、ほどほどにしてくれ」
「…………あい、承知いたしました」
絶対、承知していない。
三人の魔導師たちはとっくに王都へ戻ったというのに、大魔導師はまだリストニアにいる。「主君を得たため」と本人は言うが、その気持ちの何割かは「エルフ王と魔法談義がしたいから」に違いない。
アルベルトは、そう思っていた。
エルフの王グウィンは、自身の存在を公のものとした。
そうして魔鉱石が眠る鉱山を、ファンケンラートとリストニア、両家の名の下に譲り受け、アルベルト・リストニアと、彼が許可する者以外の立ち入りを認めない旨の宣言を出した。これを破る者は、すなわち神代を生きたエルフ全てを敵に回すことになる、と付け加えて。
さすがのステルビア家も神代の一族を無碍にはできなかったのか、領境上から兵を引き、その後は沈黙を続けている。原作では懲りずに何度も面倒を起こしていたので、おそらく一時的なものではあろうが。彼らは鉱山で警備兵と採掘長を斬り殺した件についても「腐死の魔導師に操られた兵士が勝手にやったこと」と、しらを切り続けていた。いつか必ず、決着をつけなければならない。
なお、呪いから解放されたエルフたちは、魔鉱石を憑代としてその身を鉱山に固定することで実体化を実現させていた。短時間であるなら、リストニア領域内に限り移動も可能らしい。さすがエルフ、全員が超ハイスペックの魔導師集団と言える。
また、アルベルトの予想通り、あの魔鉱石はエルフたちが素であることも判明した。
鉱山がある場所自体が元々彼らの居城だったとのことで、長い長い年月を経て今の形になったのだろうとエルフの兵の一人が話して聞かせてくれた。
——なぜ彼らが滅びたのかは、聞いてはいない。リストニア家の者が、王と同じ瞳を持つ理由も。
そこに何か大きな秘密があるのだろうとは、感じていたが。
王が自ら口を開くまでは、聞き出すつもりはなかった。
「写し鏡の魔道具、大魔導師様に貸すんじゃなかったなぁ。全然返してくれないし、返ってきたかと思ったらなんか壊れてるし」
「早く直して儂に戻せ。氷の秘術の話を——…今日はやめておきましょう」
アルベルトの無言の圧に、しおしおと引き下がる。
リュシアンが言う写し鏡の魔道具とは、離れた場所にいる相手とお互いに顔を見ながら会話できるという画期的な魔道具である。アルベルトの前世の世界にあった、ビデオ通話みたいなものだ。
軽い気持ちで「こういうやつなんだが、作れるか?」と聞いてみたら「絶対作る。任せて」と食い気味に言われ、そして数日で試作品を持ってきた。おそるべき天才である。本人曰く、エルフの王から貰った魔鉱石があったから理論だけで済んだ、とのこと。その魔鉱石は、元はエルフの人たちじゃないのか。いいのかエルフ王。そう思いはしたが、くれるのなら良いのだろう。
懐から手鏡サイズの丸い板を取り出したリュシアンが、それをテーブルに置く。
写し鏡の魔道具自体は、それほど大きくはない。会話がつながれば自動的に、本人の三分の一ほどの大きさの立体的なホログラムのようなものが映し出される仕組みになっている。
(前世の世界のビデオ通話よりすごいんですけど。遥か昔の遠い銀河を題材にした映画で見たことあるぞ……)
リュシアンがトンと板を叩き「陛下〜、リュシアンです〜多分直りました〜」と声をかける。すると玉座に腰掛けた銀髪の男がホログラムとなって現れた。
〈なんだ、せっかく直ったのにアルベルトはまた仕事か。アレクシアよ、お前からも何か言ってやれ。今日は祭りなのだろう?」
「お兄様はお忙しい方ですもの。ですから、皆ここに集まっているのですわ。一緒にお祝いするために」
アレクシアの視線が部屋を一周する。隅の方にはメイドたちと共に副団長や魔導師大隊長、治療師長が並んで立っていた。
(……そ、そうだったのか。今日の執務室はやけに人が多いな、とか思ってた……)
そんな好意など知らずに呑気に仕事をしていた自分を叱りつけたい。
ペンを置くと、室内にいる者たちへと向き直った。
「すまないが、私にも紅茶を」
その言葉に、皆がどこかホッとしたような微笑みを浮かべる。
働きすぎも考えものだな、とアルベルトは少し反省した。
「あの時の治療師長、最終的に『ざっけんな!クソが!』て言いながらモーニングスター持って腐死人に殴りかかってましたからね」
「ちょっ!副団長、ひどい!それ言わない約束…!副団長だって、あの時『腐ったツラは見飽きた!閣下のご尊顔見せろー!』て怒鳴りながら腐死人を叩き割ってたじゃないですか!」
「おまっ!それ言うか!?」
「…まぁ、あんときゃ皆必死だったからな……」
「なにすました顔してんだ、大隊長。俺はお前が『極炎祭りじゃー!閣下は必ず勝利される!前祝いじゃー!』って謎のテンションで魔力切れで鼻血出しながら極炎撃ちまくってたの、見てたからな」
「なんでそれ今バラすの!?」
和気藹々を超えて、ワチャワチャと言い争う。似た立場の者同士だからか。職務は違えど、この三人は仲が良かった。
(大隊長、普段はニヒルな笑みのイケオジなのに、この二人の前だと結構素になるんだよね。いいよねー、友達って!)
ほっこりしながら眺めていると、視線に気付いた三人が顔を赤くして居住いを正した。
「すまない、気にしないでくれ。見ているのが楽しかっただけだ」
楽しむ部下に水を差す上司ムーブだけはすまいと微笑む。治療師長が「ほら!十代に気を遣わせる三十代になったじゃないですか!」と隣に座っていた副団長を肘で突いていた。
(良かった。またみんなと、こうして笑い合うことができて)
あの麓での戦いで。誰もそうだとは言わないが、実際彼らは限界ギリギリのところであったらしい。
あともうほんの少しだけ。剣の一振りほどの時間でも遅かったら、犠牲者が出ていた。
弓兵が弓を一斉に構えた時は、皆が覚悟していた。最後の一呼吸まで、戦うべく。
だからこそ、その弓が腐死人へと向けられ、矢が腐り落ちた肉を撃ち砕き始めた時。
だれもが唖然とし、それから彼らの主君が戦っているであろう場所を見上げたのだと。アルベルトは報告書の中で、それを知った。
〈それにしても、…そこの剣聖。ヴォルフガングと申したか。我が弓兵の矢をあれほど受けてよく無事であったな〉
どうやら向こうもティータイムらしい。酒かもしれないが。ゴブレットを手にしたホログラム状のグウィンが、立ったままのヴォルフガングに声をかけた。ヴォルフガングの口がもぐもぐと動いているのは、中にマカロンが入っているからだ。
〈エルフの矢は、一撃必殺。当たれば、ただの人間には耐えられるものではない。……人か、お前?〉
「ああ、それなら理由があります」
この時のアルベルトは、本当に特に気にすることなく。「このメンバーなら、知っておいた方が今後の討伐戦でも役に立つ」くらいの感覚で、自身の左手首を皆の前に晒した。
「ヴォルフガングが継承している、同魂の魔法です。生涯に一度しか使えない術を、彼は私に使用してくれました」
「……は?」
「……え?」
二つの疑問の声は、サイネケンとリュシアンだった。名称だけで理解できるのは、さすがである。
お、教えてくださいまし!とリュシアンに縋ったアレクシアが、なぜか耳打ちで話すリュシアンに「ふんふん、ふんふん」と真剣に耳を傾け、それから顔を真っ赤にしてアルベルトを見る。仲良し三人組やその他室内待機組は、サイネケンから同じようにして話を聞いていた。
はて?とアルベルトは思った。
(……ん?え?赤面する要素ある?いや、まぁ、究極の守護魔法と言われてるし、ヴォルフガング様の魂がアルベルトの中にありますよー、て言われたら、…うん、私も知らずに聞いたらめちゃくちゃ赤面するわ。ちゃんと魔法の効果だって、訂正しとこう)
「アレクシア、これはあくまで魔法の効果であって」
〈おめでとう、アルベルト。生涯の伴侶を得たのだな〉
柔らかな声が割って入った。
聞き捨てならない言葉と共に。
「……生涯の…伴侶?」
〈なんだ?知らないのか?お前は同魂の魔法をどのように理解している〉
「……術者の魂を守護対象となる者の魂と同化させて、肉体的な不死を得る魔法だ、と。……違うのですか?」
みんなの視線が、痛い。
痛いというか、なんとも言えない恥ずかしさを滲ませているように見える。例えるなら、新婚家庭の家に遊びにきてしまった仲良しメンバー、的な。
ヴォルフガングはまだマカロンが口に残っているらしい。モソモソしてるからね、あれ。早く飲み込んだ方がいいと思う。
〈効果としては、それで間違っていない。だが愚かな者たちが術を利用できぬよう、智の神は唯一の継承者となった一族に、発動の制約を課した〉
なにそれ知らん教えて欲しいという気持ちと、この場では絶対に聞きたくないという気持ちがせめぎ合う。
だが無情にも。
グウィンの言葉は、止まらなかった。
〈同魂の魔法は、魂を捧げても良い、共に生き、共に死にたいと『互いに』想い合う関係でなければ、発動しない。アルベルトよ、私はこの絆を表す言葉を一つしか知らぬ。……『愛』だ〉
「…………ぁ、ぃ…?」
完全に思考が固まった。
キャー!とメイドたちから感情を爆発させたような悲鳴が上がる。いつもアレクシアの側にいる侍女が「姫様!頑張って!」となぜかアレクシアを支えていた。
リュシアンが「おぉ〜」と言いながら小さく拍手をし、サイネケンが「それはまぁ、強いでしょうな」と何かに納得していて、仲良し組は「おめでとうございます」とこっちは盛大に拍手をしている。
ドアの近くにいた執事長と執政官は、お互いに肩を叩きながら「良かった良かった」と泣いていた。
アルベルトは、まだ固まっていた。
心の中の声も、完全に止まっている。
身体中の熱が顔に集まっていく感覚だけがあった。
〈その様子だと、本当に知らなかったようだな。……それについては、許さんぞ、剣聖よ〉
「言うつもりもございませんでした。私は閣下の盾となれれば、それで」
マカロンを食べ終わったらしいヴォルフガングが口を開く。
「ですが、……この場でなお言わぬのであれば、卑怯者と誹られましょう」
滑るような動きで、ヴォルフガングがアルベルトの前に跪く。
同魂の印が浮かぶアルベルトの左手を取り、その手のひらを自身の頬におし当て、そっと唇を這わせる。指先から手首へと。
それから静かに顔を上げ、銀灰色の瞳に熱を滲ませ真っ直ぐに告げた。
「アルベルト・リストニア様」
敬称ではなく、名を口にして。
「お慕いしております。たとえこの身を作る骨が、最後の一欠片まで灰となって風に散ろうと。流れる血が最後の一滴まで乾ききり、その色すら失ったとしても」
アルベルトの左手を捧げ持つ、男の手。
口元が緩やかに持ち上がり、
「私の全ては、あなたのものです。——……永久に」
固まったままのアルベルトへ、蕩けるような笑みを向ける。
再びメイドたちが「キャー!!」
と叫び、アレクシアの侍女が「姫様!しっかり!!頑張れ頑張れ!!」と応援をしている。
アルベルトは、自分の脳みそが熱で溶けているのではないかと思った。そうであれば納得だ。これほど思考が働かないのは、脳がなくなったからだ。そうに違いない。誰か溶け落ちてる脳みそ見かけませんでしたか?ちょっと茹だってる感じの。
身を起こしたヴォルフガングが、近づいてくる。
顔が、とても近くに。
「そこまでにせよ。閣下の側に待てができぬ犬はおらぬはずだが」
魔法紙が、二つの唇の間に差し込まれる。
紙には、『煉獄』が描き込まれていた。
「……失礼をいたしました、閣下」
す、と身を離したヴォルフガングが、最後にアルベルトの手首に口付けを落とし、控えの位置に戻る。
それでもまだ、アルベルトは固まったままだった。
リュシアンが「おーい」と、アルベルトの前で手をヒラヒラさせる。
「……これまだ戻って来そうにないね。そのうち治ると思うから、先にお昼にしようよ。お祭りの屋台で売ってた串焼きが食べたくてさ」
「ウィーバー卿、我々が買ってまいりましょうか?」
「お願いしていいかな?アレクシアちゃんと行こうかなと思ってたけど、彼女もさっきから様子がおかしいし。アルベルトの分、肉多めでよろしくね、三十路トリオ」
「なんか変なあだ名付けられましたが、行ってまいります!」
ワチャワチャとトリオが退室していく。
「グウィン陛下、先日の秘術のお話の続きを聞かせていただいてもよろしいですかな?」
〈よいとも。この時代にお前のほどの魔導師が存在し、アルベルトの力となっていることを嬉しく思うぞ〉
「だ、誰か便箋を持って来て…!レナード様にお手紙を書きたいの…!今この気持ちを何かに書き出さないと…死ぬぅ!」
「姫様!生きて!」
騒々しくなった執務室で、アルベルトはまだまだ固まっていた。
ポンポン、と街に花火が上がる。
秋雨の終わりが早かった今年は、瘴気の減少も顕著に見えた。
危機がないとは、言えない。
だがそれでも魔物の気配が遠ざかり、平和な夜を過ごすことができている。
通りを歩く音楽隊が奏でる音色。
喜びの歌が広がっていく。
人々が輪になって、踊り始める。
アルベルト・リストニア侯爵と腐死の魔導師の戦いは、紙芝居や人形劇となり祭りのあちこちで披露されていた。
子どもたちは木製の剣や杖を手に、大人たちは手に汗握りながらそれに魅入る。
侯爵の機転により、腐死の魔導師を鉱山に封印したシーンでは、安堵の息が漏れ。
討伐出立前に、剣聖と大魔導師を先頭に城中の者が侯爵に跪いたシーンでは、誰もが涙を流し。
封印から解き放たれた腐死の軍勢と騎士団が交戦するシーンでは、悲鳴が上がり。
侯爵がエルフの王から借り受けた弓で天を穿ち、全ての呪いを解放したシーンでは、喝采が巻き起こり。
最後の、朝日を受けて金糸の髪を輝かせながら侯爵が勝鬨を上げるシーンでは、皆が一斉にその言葉を復唱するほどの熱量を持っていた。
年齢も性別も関係なく、全ての者が口を揃えて高らかに叫ぶ。
リストニアに栄光あれ!
リストニアに栄光あれ!
黄金に守られしこの地は、人々の笑顔に満ち溢れていた。
読んでいただき、ありがとうございました。
番外編などは、また随時投稿していきます。
ご興味を持っていただけました方は、別ボーイズラブ作品(こちらはNL要素はないです)
「お喋りクソ野郎、と言われ千年前に魔皇に声を封印された兵卒ですが、年下のイケメン最高指揮官に片想いしています。」(https://ncode.syosetu.com/n8587me/)
もお読みいただけると嬉しいです。




