第十五話 解呪の魔法
(お、お、お爺ちゃんがカッコ良すぎて気が散ってしょうがないんですが!!)
熾烈な魔法戦を繰り広げるサイネケンの背中を眺めながらの感想である。
そんな場合ではない。絶対にそんな場合ではないと、分かってはいるのだが。
それでもアルベルトの心の中は、キャーキャーと黄色い悲鳴を上げていた。
(なんか急に主君とか言ってるし!どの辺りが琴線に触れたのか全然分からん!)
どうやら自分は、大魔導師サイネケンの主君に認定されてしまったらしい。光栄な話ではあるが『いつ!?どの辺で!?』という突っ込みが追いつかない。
繰り返すが、そんなことを考えている場合ではないとは分かってはいる。
(あー!もう!これも一回保留ー!全部終わってから考える!びっくりしすぎて術をどこまでやったか一瞬飛んだわ!)
心の中でバシッと両頬を叩き、気合を入れ直す。
すぐ目の前に頭ほどの大きさの礫が着弾したが、それには視線さえ向けずに術の構築へと意識をスライドさせた。
アルベルトの周囲には、魔法陣ともまた違う、紋章のような模様が大小様々無数に浮かんでいる。それは少しでも信仰がある者が見れば、すぐに女神エルシオラを示す紋様だと気付いただろう。そして驚愕したはずだ。その全てに解呪の魔法が刻まれていることに。
(なんか皆私があの軍勢一人一人に解呪をかけると思ってるみたいだけど……、それは、さすがに無理です。アルベルトのチートスペックでも普通に無理です。なので、この手を使います。名付けて、広がれ解呪魔法作戦…!)
アルベルトは自身の魔力量やその制御力に関して、ファンケンラートでも五本の指には入ると考えている。これは自惚れでもなんでもなく、原作の設定から更に下方修正してのことである。
王都で解呪魔法を多用した際は魔力切れを起こしてしまったが、あれは後になって心の中で反省会議を開いた結果、『負傷者全員に対して、全力全開の解呪魔法を使用したからだ』という結論が出た。『後でやっておけばよかったと思うよりは』と全員に対して完全詠唱でかけたのは、さすがにやり過ぎだったらしい。
だがあの時限界まで解呪を使用したからこそ今回のような使い方に気付けたと思えば、一応は無駄ではなかったのかもしれない。
アルベルトは、解呪の魔法を二つの役割に分けた。
一つ目は、効果よりも範囲を拡大させたもの。
二つ目は、接触を必要とするが、極限まで解呪の効果を高めたもの。
これはかなり感覚的なものだ。制御の段階で魔力操作を意識してカテゴライズした方向性に近づける。アレンジだと思えば、新しく魔法を身につけるよりは難しくはないはずだ。この計画を実行するにあたりサイネケンにそう相談した際は、『弟子がアホみたいなこと言い始めたぞ』と言いたげな顔をされたが、なんとか実戦には間に合ったので良しとすべきだろう。
現在アルベルトの周囲に浮かんでいる女神エルシオラの紋様は、先述した一つ目の役割に分類される。
この地そのものに、解呪をかける。
そして二つ目の解呪魔法を、腐死の魔導師へ直接撃ち込む。
(これ伝えた時、お爺ちゃんには怒られたしヴォルフガング様にはめちゃくちゃ無言の圧をかけられたけど。確実なのは確かだから。……私が腐死の魔導師の心臓に触れて解呪魔法を唱える!)
この場合の心臓とは、言葉通りの意味ではなく『腐死の魔導師の核』という意味合いが強い。
肉体に心臓があるように、物質には核がある。たとえ腐死の魔導師が遥か昔に心臓の鼓動を止めた存在だったとしても、実体化している以上、どこかに動力源を取り込んでいると考えられる。そしておそらくそれは、この鉱脈で最も強く輝く魔鉱石であるはずだ。
魔導師であるサイネケンが、腐死の魔導師とわざわざ近距離で戦っている理由でもあった。
核の場所の特定。大魔導師はそれも担っている。
(…お爺ちゃんの負担、半端ねぇ〜。謝ろうにも、…今頭の中が術でいっぱいいっぱいな、もので……あっ腐死の魔導師がこっち見た、やば、い)
腐死の魔導師の背後から現れた百を超える黒い矢が、アルベルトに向かって放たれる。
防御壁とアルベルトの間に滑り込んだサイネケンが魔法紙を宙に投げた。
「この呪いを、止めよ」
力ある言葉と共に強化された防御壁が広がる。
(また矢だ。弓兵もそうだけど、なんで弓矢ばっかりなんだろう)
服装を見る限り、腐死の魔導師からは地位の高さが窺える。にも関わらず、通常の腐死人ではなく本営だろう兵たちの装備は弓のみで、自身もまた腐食を付与した攻撃には必ず矢を用いている。
サイネケンが全て弾いたのを見た腐死の魔導師が、第二第三の矢を放つ。空が埋もれるほどの矢が、滝のように流れ落ちた。
(お、お爺ちゃんの防御壁が剣山みたいになってる!…って、え?)
ふわり、とアルベルトの身体が地面から浮いた。
「閣下は、そのまま術の構築を」
肉体強化を唱えたサイネケンが、アルベルトを横抱きにして後方へと飛び退る。
同時に防御壁が矢の圧力によって粉々に砕け散った。
「『炎卓の騎士』よ。ファランクスとなり閣下をお守りせよ」
新たな防御壁を張りながら、炎の騎士たちを呼び戻す。防御壁の前で固まった騎士たちが、自身の盾で前面を覆い一つの巨大な盾を作り出した。
その間も矢は絶えることなく降り注いでいる。魔力でできたものでなければ、とっくに足の踏み場もなくなっていたことだろう。
「閣下、声にはせずとも結構です。……そろそろですかな?」
抱かれたまま問われ、降りるのも忘れて頷く。サイネケンは「よろしい。核は心臓の位置です」と答えると、竜の息吹を受けきり口が閉じた瞬間を狙って顎を斬り落としたヴォルフガングに向かって声を張り上げた。
「剣聖よ!始めるぞ!」
視線をこちらに向けたヴォルフガングがアルベルトの状態を見て一瞬だけ目を丸くしたが、次の瞬間には踵を返し、一足跳びに距離を詰めると腐死の魔導師へと斬りかかった。
竜の体を容易く斬り落とす剣聖の刃の接近にさすがに驚いたのか、ほんのわずかな時間、矢の勢いが止まる。
(今だ!第一術式展開!)
サイネケンの腕から離れ、女神エルシオラの紋様へと一気に魔力を注ぎ込む。
「女神エルシオラよ、この地の呪いを解き放て!」
眩く輝いた紋様が、そのまま地面へと吸い込まれていく。
一拍おいて、葉脈のように地に光が走った。
腐死竜が、中途半端に顎を再生させた状態で地面に縫い止められている。
【…、こ、れは…、エルシオラ、の……】
腐死の魔導師の動きが止まる。
そこにヴォルフガングが踏み込み、斬り上げる。
【おのれ…ッ!】
アルベルトに向けられていた矢が全てヴォルフガングへと落とされる。間をおかず、魔導師から放たれる闇色の刃。攻めることを優先するヴォルフガングの肩に、背に、捌ききれない矢が突き刺さる。
(——ルフ…!)
だがアルベルトは、止まらなかった。
ひたすら駆ける。
「『炎卓の騎士』よ!道を作れ!…清めよ!『煉獄』!」
アルベルトへと降り注ぐ矢を、サイネケンが、ヴォルフガングが弾き返す。
(消えてしまえ!災厄ッ!)
手を伸ばす。矢が落ちてくる。ヴォルフガングの腕が重なる。騎士の肌に、矢が突き刺さる。
アルベルトは唇を強く噛みしめ、その手を腐死の魔導師の胸に押し付けた。
「女神エルシオラよ!この呪いを、解き放てッ!」
目を焼く閃光が迸る。
天まで伸びた光が膨らみ、全てを飲み込んでいく。
——そして。
呪いに満ちた闇が、空を覆い尽くした。
次回第十六話『エルフの王』、終話『人はそれを と呼ぶ』は5月20日17時更新です。




