第十一話 腐死の魔導師討伐戦(二回戦)
(昼間にぃ〜到着するように来たのにぃ〜なぜかしらぁ〜)
アルベルトは、前世の記憶にあるホラー作品の人物たちがなぜ夜に行動していたのかを知った。
(強制イベントだったんですね、コレ。じゃあ仕方ないです。これが新月バフってやつですか)
腐死の魔導師を封じた山へ向かうにつれて、雲が厚く暗くなっていく。
麓近くに辿り着く頃には、真昼間だと言うのにかろうじて見える程度の明るさしか残っていなかった。
(念には念を入れて松明いっぱい持って来てよかったー。リュシアンが水耐性付与してくれたから、雨でもガンガン燃えるよ!何気にリュシアンもスペックやばいな!)
予定通りに陣を敷くように告げ、少し馬を駆けさせる。まず展開させるのは、最後衛の陣だ。燃料や医療品、食料品などが用意され、治療師隊が配置される。
もう少し麓に近い位置には、第二の陣が展開される。そこは戦闘の後方支援、魔導師たちの陣営となる。
そしてさらに麓に近い位置に展開されるのが。
騎士団の陣だった。
「……なるほど、これはこれは。聞きしに勝りますな」
サイネケンが操る馬が、隣に並んだ。
「先生なら、あれをどう見ますか?」
「敬語はお捨てを。儂のことはサイネケンとお呼びくだされ」
「えっ、いや、でも」
「お呼び、くだされ」
「……は、はい」
(急になに、お爺ちゃん!?今朝まではいつものお爺ちゃんだったのに!)
「サ、サイネケン、あなたなら、あれをどう見る?」
怖い師匠に突然呼び捨てとタメ口で話すように言われ、戸惑いながらも呼び慣れない名前を口にする。
雨避けのフードを深く被ったままの大魔導師は、そんなアルベルトの戸惑いを気にすることなく手綱を握って濡れた手で白い髭をゆっくりと撫でた。
「まさに災厄の名が相応しいかと。正直申し上げて、檻が破られるのも時間の問題ですな」
(でーすーよーねー!こっちが昼間に来てやろうって思うくらいだもん!向こうだって夜じゃないけど出られるなら出たろ!くらいにはなるよねー!)
「陣を敷き終えるまで保てば良いのだが」
「それくらいは大丈夫でしょう。よくできた術です。ただ、どうしようもなく相手が悪かった。閣下の魔術は第一級魔導師を軽く凌ぎますが、その力は無意識のうちに剣術や体術にも分散されています。魔導だけを極めた人外には敵いますまい」
「……器用貧乏という言葉が浮かんでしまうな」
「万能と呼ぶ者もおります」
二人の前には、紫紺の膜に覆われた岩山が聳えていた。
まだ少し距離はあるが、それでも巨大な竜の姿と淡く光る魔鉱石が目視できる。
時折、小さな紫電が走っている。膜に触れてしまった腐死人が消滅しているのだろう。
「第一の陣まで戻りましょう。太陽を使えぬのなら、準備に時間をかけるがよろしいかと」
「……ああ」
馬首を返し、来た道を引き返す。
長い一日が、始まろうとしていた。
最後衛の陣に張られた、一際大きなテント。
それは最前線の陣が敷かれるまでのアルベルトの滞在場所、臨時の司令室を兼ねている。
内部は明かり以外は中央に木製のテーブルが一つあるのみ。アルベルトが発つと、ここも救援用の倉庫となる。
テーブルには、羊皮に描かれた地図が広げられていた。
山肌の崩落に伴い、兵の詰所から坑道へ通じていた一本道は岩に塞がれ通れる状態ではないとの報告が上がっている。
周辺の地形が記載された地図を前に、ヴォルフガングが一点を指差した。
「ですが、迂回路がここに。ステルビアと通じていた鉱夫が作った道。それを使います」
この情報は、山を見張っていた監視者が、身の危険を顧みずギリギリまで近付いて得たものだ。
地図にはなかった細い山道を、腐死人となった鉱夫が歩いていた。監視者はそれが、ステルビアの指示を受け鉱夫となって潜り込んでいた者ではないかと考えた。手に金貨が入った袋を握りしめたまま、行ったり来たりしていたからだ。採掘された石を盗みステルビア側に渡し、さらにステルビア兵を招き入れる手引きをした者に違いない。監視者は紫紺の檻に触れないよう細心の注意を払いながら、元鉱夫が辿る先を見つめた。
その道は魔鉱石が見つかった坑道の入り口から見て、ちょうど反対側へと繋がっていた。そこからは緩やかな斜面となった岩肌を回り込むと坑道の入り口に出られるようになっている。
これは推測ですが、と。監視用に設置していたテントに戻った時、監視者は自身の上長に報告と共に付け加えた。
門兵たちが坑道での戦いで腐死人の召喚に気付き撤退を決め麓の集落から人々を避難させていた頃、ステルビア兵を手引きした男は迂回路を使って再び集落に戻ろうとしていたのではないか。
だがそこで腐死人に襲われ、命を喪い。
今は腐死人となり、迂回路を往復するだけの存在と成り果てたのだ。
「この道は腐死人も他には視認できず、かなり手薄なようです。何事もなければ、一気に腐死の魔導師の元へと向かうことができるかと」
「正面で大きな戦いが起きていれば、なおさら気付かれにくい、か」
「騎士たちには、できるだけ派手に暴れてもらいましょう」
普段のヴォルフガングなら使わない言葉を選んだことに、アルベルトは少し目を丸くした。
アルベルトが知る彼なら、『騎士たちには、陽動も兼ねてもらいましょう』とでも言いそうだったからだ。
感覚的なものではあるのだが。同魂の魔法を使用してから、ヴォルフガングの態度や言葉に少しだけ変化があるように思えてならない。
(私がヴォルフガング様のスキルをちょっと真似できるようになったみたいに、私の、前世の言葉遣いが移ってるとかは…いくらなんでもないよね!?ヴォルフガング様が『うひ〜!』とか言い出すの、私絶対やだよ!うひ〜!)
「派手に、となると……。団長、我々は火石でも投擲しましょうか」
言葉を次いだのは、腕を組みながら地図を覗き込んでいたリストニア騎士団副団長の男だった。
戦闘が始まれば、騎士団の指揮権は彼に移る。言葉尻は軽いが、地図を見る目は歴戦を生き抜いてきた者特有の鋭さを有していた。
「ウィーバー卿から『飛炎』の術式を読み込ませた魔鉱石の欠片を七十いただいている。持って行くといい。衝撃を与えると起動するから、取り扱いにはご注意を」
副団長の言葉に、彼の隣にいたリストニア魔導師大隊長が顎髭をさすりながら答える。
「衝撃ってどんくらいだ?」
「副団長が酔っ払って帰って奥さんに引っ叩かれた時くらい」
「じゃあ、ちっとやそっとじゃ起動しねぇな」
(奥さん、パワータイプだな……。そんで大隊長はまた髭を剃り忘れてるし。まぁ、好きですけどね!無精髭のイケオジ!魔導師なのにちょっとワイルド系のイケオジ!正直、副団長に奥さんいなかったら大隊長とのカップリング妄想しちゃってたくらいには好きです!この二人!なお、私の中では魔導師イケオジが受けです!)
「お二人とも、閣下の前ですよ」
イケオジ二人の掛け合いに萌えているアルベルトの心の中など知るはずもなく、治療師長が呆れたように割って入る。
それに対してピッタリ同じタイミングで「失礼いたしました」と真面目な顔に戻るイケオジ二人に、心の中でさらに『イケオジ〜!』と騒ぎながらもアルベルトは地図に目を戻した。指を地図上で滑らせる。
「紫紺の檻の消滅と同時に、腐死の軍勢は進行を開始すると予想される。リストニア騎士団は前面に出て交戦開始。魔導師団は後ろで援護をしながら騎士団の討ち漏らしを対処。負傷者はすぐに治療師隊まで撤退。腐食の呪いの効果を『護符』で遅らせる。……副団長、言うまでもないが、騎士たちにはくれぐれも『負傷を隠すな』と伝えてくれ。これは厳命だ」
「拝命いたしました」
胸に手を当てて頭を下げる副団長に頷き、「頼んだ」と声をかける。
アルベルトが口にした『護符』とは今回用意された腐食の呪いと腐死の力に対する応急処置のアイテムだ。
腐食の呪いは触れた相手が崩れ落ちるまで効果が切れず、腐死の力は生者を同じ腐死へと変える。だが根源が同じ呪いにあるのなら、アルベルトの解呪魔法でそれを解決できる。
とは言え、誰かが負傷する度に大量に魔力を消費する解呪魔法を使うわけにはいかない。
そこで考えられたのが、護符を使った対応である。
サイネケンが対腐死の魔導師のために中央魔導院から持ち込んだ物資の一つで、特殊な魔法紙で作られたそれはあらかじめ魔法を込めてさえおけば、自身の魔力を消費して好きな時に一度だけ解放という形で使用することができる優れ物だ。アルベルトが以前使用したデータ転送の魔道具の石に近い原理をしている。魔鉱石と似てはいるが、属性の相性を問わない点が使いやすい。
とは言え、それぞれにメリットとデメリットがはっきりしている。魔鉱石は属性があり用途は限定的になるが、使用に魔力を必要としない。一方で魔法紙は汎用性はあるが使用に魔力を必要とする。
さすがに女神エルシオラから授かった解呪の魔法は、解放に必要な魔力量から考えると無理かと思われた。だが込める魔法を途中までにすれば解放に必要な魔力を減らし、かつ解呪まではできなくても呪いの進行を防ぐことができるのではないかとアルベルトが提案。リュシアンが詠唱を解析し、サイネケンが魔法紙に込める術式を構築、アルベルトが力ある言葉を込めることで護符が完成した。
擦り傷一つ受けるわけにはいかなかった騎士たちにとって、それがどれほどの希望となったことか。知らせを受けた時、誰もが皆自然とそこにはいない主君へと騎士の礼をとっていた。
「騎士たちが交戦を始めた後、ヴォルフガングとサイネケンは、私と共に迂回路を通って腐死の魔導師の元へ。到着と同時に私は術の準備に入るから、この段階で動けなくなる。……ヴォルフガング、サイネケン、君たちには腐死竜と腐死の魔導師をそれぞれ引き受けてもらわなければならない」
二人は、この厳しい戦いの中でも最も危険な任を背負うことになる。
解呪の魔法は、莫大な魔力を消費する。おそらく普通の魔導師なら、一度の使用で魔力切れを起こすだろうほどに。アルベルトだからこそ、戦いの中に手段として組み込めるのだ。
だが今回は、術を展開する数も、使用する相手の力量も桁違いとなる。少しでも成功率を上げるためには、相手が視認できる位置であることは最低条件。
「全ての術式を構築し終えるまで、私を守ってくれ」
剣聖と大魔導師は、災厄をそれぞれ一人で引き受けながら、アルベルトが術を乱さぬよう完璧に守り抜かねばならない。
だがそれを聞いた二人はわずかの動揺もなく、ただ共に頭を下げ「おまかせを」と答えた。
次回第十二話『それぞれの開戦』、第十三話『剣聖と大魔導師』は5月18日17時更新です。




