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第十話 誓い

 季節の移ろいを感じた。

 触れた水の冷たさに、秋の終わりを知る。色付いた木々が、その葉を地に落としていく。

 まだ雨が上がる様子はない。

 それでも冬は、確実に近づいていた。



 パラパラと粒のような雨だった。心配された気温も、息が白くなるほどではない。

 ——城門前。

 アルベルトは整列したリストニア騎士団の前に立っていた。


(はい!本日十四日目!朝イチで出ます!夜とか待ちません!こっちは挑戦者側なんでね!目一杯有利なフィールドで行かせてもらいまーす!)


 前世の世界で常々思っていた。

 なぜホラーゲームやホラー映画の人たちは、夜に行動するのだろうと。使っていこうよ、太陽のアドバンテージ!である。


(とは言え、準備に時間がかかったから、日中に間に合うかはこっちも賭けだったけど)


 時間がかかった主な理由は、二つ。一つは、領民の避難の完了を待っていたことがあげられる。腐死の魔導師と戦うには、一度『紫紺の檻』を解除しなければならない。つまりあの軍勢が解き放たれるわけである。今度は向こうも本気で来るだろう。どこまで被害が及ぶか分からない。領民の安全確保は最優先事項だった。

 二つ目はリュシアンをリーダーにした即席の魔鉱石加工チームによる魔道具作成だ。

 彼は最初の調査で持ち帰ってきた魔鉱石を不眠不休で加工し、リストニア騎士団の剣全てに火炎の属性を付与した。戦いの中で外れないよう、滑り止めの編紐と一緒に柄に組み込んだのは、城に勤めるメイドたちだ。石の加工と魔法付与で全ての魔力を使い果たしたリュシアンは、先程まで「こ、これが魔力切れかぁ……おえぇ…」と時々嘔吐しながら寝込んでいた。今はフラフラしながら、アレクシアと共に城門を隔てた城の内側に立っている。本人曰く「ここで見送らないと一生後悔するから、見る…」とのこと。アルベルトとしても、中の腐女子としても「いや、寝てろよ」と突っ込みたくなった。

 だがリュシアンのおかげで、騎士たちの戦いが楽になることは間違いない。


「閣下、全ての準備が終了いたしました」

 宝剣夜裂きを腰に佩いたヴォルフガングがアルベルトの前にやってくる。

 リストニア騎士団、リストニア魔導師大隊並びに治療師隊。腐死の魔導師の元へ向かう精鋭たちである。

「我々も、いつでも」

 三人の魔導師を連れたサイネケンが、ヴォルフガングの隣に並んだ。


(よっし!じゃあ行こっか!)


 そのまま馬に乗って出発するか、と考えていると、なぜか微妙な顔をしたサイネケンと目が合った。


(な、なにお爺ちゃん、私どっか変?いつも通り『美ッッ!』って感じのアルベルトのはずなんだけど)


 しばらく見つめ合った後、サイネケンが「馬鹿弟子め」とでも言いたげな顔をして、ゆったりと腰を折る。


「閣下、我らにお言葉を」


(あ、あー!なるほど!みんな頑張ろう、みたいなあれか!宇宙人侵略映画で大統領が言ってたみたいなやつ!!)


 普段の討伐戦ではそのまま出発していたので気付かなかった。どうやら、こういう時は言うものらしい。

 ……だが。

 何を言えば良いのか、さっぱりである。


(ど、どうしよう。あの大統領なんて言ってたっけ?今日が独立記念日だー!だっけ?独立してどうする!?急な謀叛すぎる!)


 時間稼ぎに、ゆっくりと周囲に目を配る。

 いつのまにか城中の者たちが集まって、祈るように手を組んで見つめていた。


(…あー…、……そう、だね……)


「……リカルド、ケセラ、ステイル、エヴァン。憶えている者も多いと思う。リストニア騎士団を壊滅寸前にまで追い込んだ、六年前のスタンピードを生き残ってくれた、精鋭の騎士たちの名前だ」

 名を口にするだけで、彼らの姿が鮮やかに浮かび上がった。

「五年前の春、彼らは死んだ。私を、守って。……、私はその日、初めて戦場に立っていた。足はすくみ、手は震え、喉は息を通そうとしなかった。……情けないことに、その時私は足手纏いの子どもだった。リストニア家の強大な魔力も、制御できなければ意味がないのだと。そんなことも分からないくらい、ただの子どもだった」

 アルベルトが、いや、アルベルトの前世の意識が初めて『ここは現実だ』と本当の意味で理解した日。

「巨大な魔蟻の巣に誘い込まれた。そこでは人間なんて、ただの血と肉が詰まった餌袋だ。私はここで死ぬのだと思った、何もできず、誰に知られることもなく」

 誰も、言葉を発しなかった。

 ただ視界の隅で、何人かが膝をついて泣き崩れているのが見えた。

「次に気が付いた時には、私の周りには血だらけの四人の騎士がいた。一番体格の良いエヴァンが私を担いで走っていた。彼の左腕は、肘から先がなくなっていた」

 あの日の詳細は、誰にも話したことはない。

 だからこそ、今のこの場で伝えるべきだと感じていた。

「高い崖先に追い詰められた。下は流れの速い川になっていた。細い木々を倒しながら魔蟻の集団がこちらに向かってくるのが見えた。最初にリカルドが私を見て言った、「前にお進みを、閣下」と。それからケセラが「生きてください」と私の頬を撫でた。ステイルが血で汚れていた私の鼻を軽く突いて「振り返らずに」と笑った。最後にエヴァンが「アル坊、元気でな」と叫んで私を川に放り投げ、……私は生き延びた。水面に叩きつけられる寸前、彼らが魔蟻の黒い波に飲み込まれていく様が見えた」

 川に落ちたアルベルトはそのまま下流まで流され、運良く浅瀬に引っかかった。当時まだ十六だったヴォルフガングがそれを見つけ、徹夜で馬を走らせて城に帰還した。

 目を覚ました時、アルベルトは確かにアルベルトではあったが、今までの自身とも、前世の自身ともまた違っていた。 


 知ってしまったからだ。

 死の恐怖を。

 喪失の痛みを。

 命を託された者の重みを。

 

 あの日から、ずっと考えている。

 ずっと。


「……私は、私の命は何のためにあるのだろうと、考え続けている。身を挺してまで守ってもらう価値などあるのだろうか、と。……その答えは、まだ出てはいない。——だが」


(私にとって『この忠誠は、永久に』は、人生を救ってくれた本だった。空っぽだった私に、生まれて初めて明日を意識させてくれた大切な、大切な、物語)


「君たちが私を守ってくれているように、私も君たちを守りたい。私の命は、……君たちの、この地に生きる全ての者のためにあると、そう信じたいんだ」


 静寂だけが、そこにはあった。

 息の音さえ、聞こえない。

 誰もが、視線だけをアルベルトに向けて。


(……ど、どうしよう…、変な空気になってしまった……。今聞いて欲しいな、って思ったから言っちゃったけど、全然空気読めてなかった……。そ、そりゃそうか…!今から戦いに行くってのに暗すぎるよね…!)


 どうやってテンションを元に戻そうかと考えていた矢先、目の前でばさりと騎士のマントが翻った。

 片膝をついたヴォルフガングが、剣を抜き両手で捧げ持つ。

 同時に、隣にいたサイネケンが両膝をつき杖を取り出すと、同じように両手で捧げ持った。


(ヴォルフガング様…、お爺ちゃん……)


 言葉もなく、行動が広がっていく。

 騎士たちが、魔導師たちが、治療師たちが。

 見守っていた全ての者が。

 膝をつき、こうべを垂れる、


 この世界で、ただ一つの。

 彼らの、黄金へ。


(みんな……)


「ご命令を、閣下。我ら『リストニア』は、あなたと共にあります」

 剣を捧げ持つヴォルフガングが告げる。

 アルベルトは、もう一度皆を見渡し、力強く頷いた。

「これより!腐死の魔導師討伐へ向かう!だがこれは死地ではない!明日への希望だ!……征くぞ!我がリストニアよ!」

 ハッ!と、その場にいた者全てが、鋭く答えた。

 大きな感情がうねりとなり、一つの想いへと繋がっていく。


(行こう、みんな!戦って、生きて帰るんだ!)

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