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第九話 作戦会議

「魔鉱石の原料は生物である、と……。それが真実なら、今後魔鉱石の在り方自体が変わってくるであろうな」

「証拠があるわけではありません。ただ、生物だけが持つ魔力やそれに付帯する属性を鉱物が含有している点から考えたらその可能性もあるというだけです」

 パンケーキパーティが終わり会議室に移動すると、場の空気が一変し張り詰めたものへと変化した。


 次の新月まで、あと四日。


 毛足の短い絨毯が敷かれた会議室の円卓には、アルベルト、ヴォルフガング、アレクシア、リュシアンの他、サイネケン、中央魔導院の第一級魔導師三名。それからリストニア騎士団副団長が同席している。

 執事長は部屋の隅に控えていた。

「リュシアンと坑道に調査に向かった際、魔力感知による共鳴を起こしました。白昼夢、あるいは過去の残影か。リストニア家の薄紫の瞳を持つ男が見えました」

 魔力感知による共鳴は、距離と力量に大きく左右される。互いとの距離が近いほど鮮明に、また力が大きいほど長く時を超えて、それは魔力を持つ者の繋がりとして現れる。

「……アルベルト、その話は王家には」

「しておりません。確信が持てるまでは、不安を煽るだけとなりましょう」

 師の問いに答えるアルベルトに、重い圧が斧の如く振り下ろされた。

「確信があれば言うつもりか?己が祖が、腐死の魔導師である可能性があると」


 その言葉は、衝撃を持って円卓を襲った。


 あの坑道で幻を見た時からずっと、アルベルトが考えていたこと。

 それは、あの場にあった魔鉱石は、リストニア家の者たちなのではないか、という疑問だった。

 リストニア家は代々強い魔力を持って生まれる。誰一人、例外なく。その力があるからこそ、魔境の大森林の脅威から人々を守ることができている。その家系は古く、あまりに古く、資料の劣化により消失しているものがあるほどだった。


「そもそも腐死の魔導師とは、腐死の召喚術を使う魔導師の総称。ここであの個体を倒したとて、別の個体が現れるやもしれぬ。正体を突き止めるなど、意味のないことだ」

 サイネケンは不快げな顔を隠そうともしていなかった。それも当然だろう。アルベルトは、今回の災厄が身内かもしれないと言ったのだ。それが公になれば、結果がどうであれ原因となったリストニアへの糾弾は免れない。

 サイネケンが知る限り、アルベルト・リストニアという青年は短絡的な思考の持ち主ではなかった。

 であるならば、この若き侯爵は、自分の命一つで責任をとるつもりなのではないだろうか。

 父母と同じく、相討ちという形をもって。

「儂が嫌いな言葉を覚えておるか?」

「……自己犠牲、でしたね」

「ああ、そうだ。かつての仲間は、みな、それで死んだ。……アルベルト、もし汝が腐死の魔導師を生んだ血族としての責任を奴との相討ちという形にてとるつもりであれば、儂はすぐにでも王家に汝のそのくだらぬ自己犠牲精神を説くぞ。第一王子が汝に執心との噂は儂の耳にまで届いておる。さぞ頑丈な籠に入れてくれることだろう」

 コフッと、隣で紅茶を飲んでいたアレクシアがむせた。背中をさすってやりながら、アルベルトが答える。

「それは…ちょっと、その…困ります」

「なら、腐死の魔導師の正体など知ったところで口にするな。それにまだ汝の祖が腐死の魔導師と決まったわけでもない。むしろ祖を殺して玉座を奪った者やもしれぬではないか」

「なるほど、その可能性もありました」

 さすが年の功。あの白昼夢から、てっきり玉座にいたのはリストニア家の者だと思っていたが、確かにそうとは限らない。

「考察は、あれを倒してからにせよ。それより、さっさと情報を渡せ馬鹿弟子め。戦いの最中にある程度の分析はしてきたのであろう?」

 持つべきものは師である。アルベルトがぐるぐると悩んでいたことを一気に解決してくれた。

 彼の言う通り、災厄の正体についての考察は、全てが終わってからでも遅くはない。

 アルベルトは思い出せる限りの、腐死の魔導師との一戦について詳細を語った。


「……なんで生きてんの、すごいね…」

「ヴォルフガングのおかげだ。彼が守ってくれなかったら、盾が消滅して三人とも死の息吹に飲まれていただろう」

「アルベルト先生、普通は災厄クラスの竜のブレスなんて、そもそも防御できないと思います」

 客観的に見れば、アルベルト自身もそう思う。おそらくあの一回で小さな村なら滅ぶレベルだ。

 リュシアンの冗談に少し目元を和らげてから、サイネケンに視線を向けた。

「腐死竜のブレスは、腐食効果が付与された超高火力の魔力熱です。幸い私は盾だけではなくそれを無効化できる手段を持っていましたので、ヴォルフガングは火傷だけで済みましたが、通常なら触れた箇所から腐食が始まるでしょう」

「ふむ…、腐死人の軍勢については?」

「玉座の間にいた弓兵たちの矢から同じ力の付与を感じました。麓にいた腐死人や、腐死人となったステルビア兵にはないものです。おそらくあの弓兵や腐死竜が腐死の魔導師の本丸なのではないかと」

 最初に弓兵の矢を剣で落とした際に、アルベルトはそれが『腐食』が付与されたものだとすぐに理解した。そして死の息吹を受け、それを確信するに至った。

 同じ力だった。

 触れたもの全てを腐食させ、崩壊させるそれは。


 ——腐食の『呪い』。


「なるほど。『あの場で』勝ち筋が見えない、と申したのは、あながち嘘ではなかったというわけか」

 ふん、とサイネケンが鼻を鳴らした。

「相討ち覚悟の特攻でもするかと思えば、しっかり算段をつけておったとはな」

「さすが我が師、今の話だけでお分かりですか」

「儂だけに分かっても意味がなかろう。説明くらいはしてやれ。……だが、その前に」

 年月を刻んだ瞼の奥にある鋭い視線が、白いアミュレットをつけた魔導師たち三人に向けられる。

「納得したか?黄金の侯爵の功績に嘘偽りはないと」

 その言葉に、魔導師たちは肩を跳ねさせ、わずかに目を泳がせた。

「汝らの中に、死の息吹を防げる盾を生み出せる者はいるか?腐死の魔導師を封じるほどの結界を張れる者は?……解呪の魔法を女神エルシオラから授けられた者はいるか?」

 問われた魔導師たちが、答えようとして答えられず唇を震えさせる。

「慢心を捨てよ。ここにおられるのは、汝らが想像できぬほど数多の死を乗り越えてきた、この国屈指の武人だ」


(いや〜、照れるなぁ〜。まぁ、アルベルトのチートスペックのおかげなんですけどね!)


 黙り込んでしまった魔導師たちを一瞥したサイネケンが、「説明せよ」と背もたれに身を預ける。

 アルベルトは心の中の照れに蓋をして、自分なりに考えた『対腐死の魔導師』の案について話を始めた。

 

 石化の呪い、というものがある。

 魔物が持つ力の一つで、瘴気と魔力が合わさったものだと言われている。

 代表的なものだと、バジリスクによる石化がそれだ。一度石化が始まるとその部分を切り落としても進行は止まらない。致死の力として、熟練の騎士からも恐れられている。

 それと似た力に、腐食がある。

 触れたものを腐食させ崩れさせる力だ。生物の細胞を強制的に硬化させる石化とは逆に、生物の代謝を脅威的な速度で繰り返させることで細胞を死滅させてしまう。それが外から見ると「腐った」ように見えるわけである。

 この二つの力は方向性が違うだけで本質は同じ。

 つまり石化が呪いであるなら、腐食もまた。


「バジリスクは攻撃のために石化を使うが、この場合は眷属への加護、あるいは強化として作用している。もし全てを解呪できれば、軍勢ごと腐死の魔導師の力を大きく削ぐことができる、はずだ」

 呪いを返したら逆に分散していた力が集まって強くなるのでは、という可能性も考えたが、そこはさすがに女神エルシオラ直伝の魔法。その辺も折り込み済みらしく、長い詠唱の中にちゃんと『神の力により浄化されし呪いを返し』の文言が入っていたりする。リスクマネジメント、助かる。

 つまり、術者の力量次第にはなるが。

 アルベルトの解呪魔法を使えば、理論上は低リスクで高火力な攻撃をぶつけられるというわけである。


(問題は、どうやってそれをぶっ放すか、だったんだけど。お爺ちゃんが来てくれたから、それも解決)


「私の魔力量を考えると、腐死の魔導師を含めてあの軍勢に解呪をかけられるのは一度が限度。その一度の時間を、……作ってもらいたい」

 アルベルト自身は戦闘には参加できない。わずかな魔力も無駄にできないからだ。

 腐死の魔導師と、その軍勢、そして腐死竜をすべて仲間に任せなければならない。

「腐死の軍勢と腐死竜は、リストニア騎士団が引き受けます。その上で、我が師サイネケン」

 

(かなりの無茶振りだとは分かってるけど、サイネケンの強さならいけるはず…!)


「私が術を構築する間。腐死の魔導師を、あなたにお願いしたいのです」


 その瞬間、サイネケンの身体からブワリと魔力が膨れ上がった。


 肉食獣を思わせる獰猛な笑みが、顔に浮かび上がる。

「良いだろう!腐死の魔導師!我ら魔導師の極とも言われる存在!相手にとって不足なし!」

 老獪な魔導師としての顔も、厳しい師としての顔も、そこにはない。

 ただ、魔導を追求してきた一人の男がいた。

次回第十話『誓い』、第十一話『腐死の魔導師討伐戦(二回戦)』は5月17日17時更新です。

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