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第六話 腐死の魔導師討伐戦(一回戦)

(振られたんかーい!……き、気まずすぎる!)

 

 剣を振るいながら、アルベルトは先程助けた騎士との会話を思い出していた。ちなみに彼は、例のカルガモ話&お母さん呼び間違いの騎士である。

 良い感じに「はい!彼女のためにも頑張ります!」と返ってくると思ったからこそ、問いかけたのに。まさかの失恋。命懸けの戦いの最中に、上司として最悪なムーブをかましてしまった。


(で、でも助けられて良かったし!後で好きなだけ『うちの侯爵、マジ空気読めてない』とかディスってくれていいから!…、っと、よいしょぉ!)


 襲ってきた腐死人の集団に向けて、空からの鎖を下ろす。リストニア家の血族魔法である『紫紺の魔法』。その中にある『紫天の鎖』は、相手が巨大であったり数が多い場合の、極めて有効な足留め手段だ。その大きさや数はアルベルトの意思に左右され、今回は指ほどの太さの鎖が雨となり次々と降り注いでいた。

 貫かれ動きを止められた腐死人が、魔力により内部から焼かれ崩れていく。

 その見た目は腐死人の名の通り、前世で言うところのゾンビによく似ている。破れてはいるが服装も様々で、かなり古い時代の貴族服を着ている個体もいたりする。おそらく過去に襲われ、腐死人の仲間入りをした者だろう。

 本来であれば、素性を調べてきちんと弔ってやるのが正しい。だがこの状況でそれは、仲間の命を危険に晒す行為でしかなく。

 アルベルトは、自身が守るべき者たちを優先した。


(ありがとう、主人公のチートスペック。ここを立て直しておかないと、総崩れになっちゃうからね)


 陽は沈み雨は続いていたが、雲の上の月は丸みを帯びているのだろう。空全体がうっすらと明るく、陰にさえ入らなければ松明の灯りが届かない位置でもなんとか視認できる視界は確保できていた。


 侵攻が止まった腐死人の群れに、騎士や魔導師たちが一気に攻勢をかける。ヴォルフガングの斬撃が、数十の腐死人を消滅させた。


(何回見ても意味が分からない、あの斬撃。なんで攻撃判定が剣の『線』じゃなくて、前方全ての『面』になるの)


 前に一度聞いてみたことがあったが、その時は『そうですね…、グッとして…ガッという感じで…』と脳筋キャラのようなことを言われたため理解できず、結局謎に包まれたままでいた。

 

 腐死人の群れは次第に数を減らしつつあった。

 それらは、目の前に聳え立つ巨大な鉱山から湧いて出ていた。

 麓にできたばかりの集落に、今は人の気配はない。見る限り、腐死人の中に真新しい死体はなかった。無事逃げたと思いたいが。


「こ、侯爵閣下!」

 昨日会ったばかりの門兵が、声を張り上げて走ってくるのが見えた。

「無事だったか」

 全身雨に濡れていたが、怪我はないようだ。

「は、はい!しかしリストニアの者が二名、犠牲になりました」

「……そうか」

 背後から騎士の一人が「閣下!こっちはもう大丈夫です!先にお進みを!」と叫ぶ声がする。アルベルトはそれに頷き、門兵に「案内を頼めるか」と問うた。

 敬礼をした門兵が、「こちらへ!」と先導する。

 昨日辿った道と同じ、詰所から出て魔鉱石がある坑道まで続く一本道だ。

 門兵が槍を構える、正面から数体、腐死人が歩いてくる。その姿は、先程までの腐り落ちた古い体とは違い、新しい厚手の兵服を身につけていた。

 兵服の腕章には、獅子と蔦が描かれている。

 ステルビアの家紋だ。

「腐死の魔導師にやられた連中です。同情はしませんがね…!」

 門兵の鋭い突きが、一体の頭部を破壊した。

 だが命なきその体は止まることなく、襲いかかってくる。

 ヴォルフガングの剣が、背骨ごと肉体を縦に両断する。

 物理的に歩けなくなった一体を跨いで越え、アルベルトは剣に魔力を纏わせた。


(グッとして、ガッと!)


 できたらいいな、くらいの感覚で放った斬撃が残りの腐死人を粉砕する。驚く門兵を後目に、(できるんかい)と心の中で突っ込んでいるとジワリと左手首が温かくなった。


(あ、あれ?…、ど、同魂の印が光ってる。ひょっとして、ヴォルフガング様の魂が入っちゃってるから、スキル的なものを使えたりするとか…!?え?やったー!最強魔法剣士爆誕の日も近い!?)


 同魂の魔法。

 思い出すだけで赤面どころか顔がどこかに飛んでいきそうになるので、必死で考えないようにしている記憶なのだが、この時ばかりは心の中の腐女子隊も「ありがとうヴォルフガング様ー!」「俺たちもっと強くなれるぜ!」「目指せ!『このとわ』イチのマッチョ!」と騒いでいた。なぜ隊になっているのかは、分からない。あれか、ジャンル別か。


 途中何度か遭遇したステルビア兵腐死人を倒しつつ、一本道を駆け抜ける。いくつか坂を上がった先で、坑道の入り口が見えて来た。

 争いの中でも倒れずに残った篝火が二台、入り口の両脇に立ち中を照らしている。

 土が、血に濡れていた。

 奥に人が倒れている。

 一人は、昨日見た顔だった。

「二人ともステルビア兵にやられました。最初に奴らは坑道へ入るのに邪魔となる警備兵を斬りました。撤退したもう一人の警備兵の報せを受けて駆けつけた我々とそのまま交戦。共に戦っていた採掘長が斬られました」

「…、ふざけた真似をしてくれる」

 抑えきれない怒りが、殺気となって滲み出る。

 同時に、どうしようもないやるせなさが胸中を重く満たした。


(……私が、アルベルト・リストニアの名で坑道を閉鎖したから、みんなそれを文字通り命懸けで守ろうとしてくれた。どうすればよかった?どうしたら、誰も傷付かずにいられる?ずっと…、ずっとこの繰り返しだ…!)


「……閣下、門兵が怯えております」

「——……」

 左手に、温もりが触れた。

 強い怒りは消えないが、抑え込める程度の冷静さが戻ってくる。

 軽く息を吐いて「すまない」と謝罪を口にした。


 それを不幸中の幸いと言って良いのか。

 警備兵と採掘長の遺体は、腐死人となることなく静かに横たわっていた。

 そのままではあんまりだと、抱え上げ汚れていない場所に移動させる。

「ステルビア兵の数は?」

 アルベルトが問いかけると、遺体となった警備兵の指を胸の上で組ませていた門兵が「三十名ほどです」と答えた。

 それを聞き、眉を顰める。いくらなんでも紋章付きの兵服といい、隠密にことを進めるには派手すぎる。領地戦を仕掛けていると責められても仕方がない行動。ここはあくまでリストニアの土地。ステルビアに大義名分はないはずだ。


 安置した採掘長と警備兵の遺体に短く祈りを捧げ、奥へと進む。


 驚くほど、静かだった。


「我々も交戦はしましたが……。奴らは奥へと入っていきました。それから大きな、何かを砕く音がしました。おそらくこの時、壁が壊されたのかと。歓声が聞こえてきました。なんだこの空間は、全て魔鉱石だ、あれを見ろ家ほどもある巨大な結晶だ、と。そのような声がしました」

 壁の向こう。

 リュシアンが予想した『空間』にステルビア兵たちは辿り着いたのだろう。

「しかしその後すぐに、驚く声がして、悲鳴が上がりました。同時に我々の周辺に突如、腐り落ちた死体たちが現れ始めたのです」

「……腐死の魔導師の召喚術」

「災厄の名を持つ七体の魔物。閣下が領民に知識として広めてくださっていたおかげで、すぐにそれが腐死人だと気付くことができました。我々はすぐに退避し、麓の集落の者たちを逃がし、城へと速馬を走らせました」

「……完璧な判断だ。もしその場で交戦を続けていたら、おそらく誰も知らないままに腐死人が増え続けていただろう」

 逃げることは恥ではない。的確な判断こそが、命を繋げる手段となる。

 腐死人は個体としての強さは、それほどでもない。鍛えた兵士なら、問題なく相手ができる。

 だが傷を負ってしまうと、途端に状況が一変してしまうのだ。

 腐死人による傷は、あっという間に生きた人間を腐死人へと変えてしまう。もし救えるとしたら、腐死人へと変わる前に人として死なせてやることだけだ。変貌した時点で人は死ぬが、逆に変貌する前に死ねれば、腐死の気の巡りが止まるのか、腐死人にはならずにすむ。


(ゾンビとかグール物の定番だけど、

実際起きるとなると……本当に怖い。お願いだから、どうか誰も怪我をしませんよう)


 それは内も外も関係ない、ただのアルベルトとしての純粋な願いだった。


 突き当たりが近づくにつれて、ビリビリとした気配を感じるようになった。

 門兵には案内はここまでいいから引き返すよう伝えたが、「私が斥候をいたします」と断られ、彼は今数歩先を歩いている。

 曲がり角が見えてくる。ここまで来ても、ステルビア兵たちの姿はない。

 アルベルトは後ろから門兵の袖を引いた。

「閣下?」

「しっ……」

 人差し指を口元に当て、門兵を自分の隣まで下がらせる。


(ホラー映画とかだと、こういう静かなシーンの後に、バーン!とびっくりさせてきたりするからね),


 指先を軽く振り、自分に似せた幻影を魔法で作り出す。


(う〜ん、幻影でも麗しい。質量を乗せると更に本物っぽく見えるね。あれ?これ使ってBLしたら楽しかったりするのでは?……いや、どうかな。さすがに六年間毎日見てる自分の顔だしな)


 考えながら、幻影を操り通路の先に行かせる。

 角を曲がった瞬間、

 幻影が飛び出して来た無数の槍によって串刺しにされた。


(うっひー!こっわーー!ステルビア兵の腐死人、やっぱりここにも配置されてたかー!)


 串刺しとなった幻影アルベルトが刃先でブラブラ揺れている。

 見ていてあまり気分は良くないなぁと思っていると、周囲全てを凍らせる勢いの殺気を纏った剣聖が背後から飛び出した。

 

(も、も、も、もっと怖い人きたーーー!!!)


 慌ててパチンと指を鳴らして幻影を消す。

 ヴォルフガングの一撃が槍を折り、腐死人となったステルビア兵たちを吹き飛ばし、さらに壁面を大きく抉り取った。


(物理で壁いったぁーー!どゆこと!?宝剣大丈夫!?それ直せるのドワーフの章以降だからやめてね!?)


 パラパラと天井部から土が落ちてくる。砂埃で白くなっていた視界が戻ると、そこにはポッカリと大きな穴が空いていた。

 精神を、アルベルトへと切り替える。

「……角を曲がる手間が省けたな」

 リュシアンが調べた通り、壁の向こうは巨大な空間になっていた。

 城の広間にも似た造りだが、それよりもずっと広い。

 床、壁、天井全てが淡く発光する魔鉱石でできていた。


 慎重に、中に入る。

 柱も魔鉱石のようだ。一際輝く塊は、結晶だろう。

 坑道を歩いていた時とは違う、硬い靴音。

 しばらく進むと、広間の終わりが見えてきた。

 

 最奥に、玉座がある。


 そこには、古い、だが上質な布を纏った一体の腐死人が座っていた。

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