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第二話 坑道

 パチパチと、暖炉に焚べられた薪が爆ぜる音がする。

 空は重く、降り続く雨は天と地を繋いでいる。まるでそれ自体が見えない檻のように。

 凍えるほどではないが、ひんやりとした冷気が満ちる。

 そんな日だった。

 


「この季節にこんなに雨が降るのに、冬になるとピタッと止まって晴天が続く。竜骨山脈の影響かな。不思議な土地だねぇ」

「雪が積もらないのは、素直にありがたいよ。流通は産業の要だから」

 髪を拭きながら窓から外を見ていたリュシアンに、お茶をどうぞ、と声をかける。振り返った友人は、ニンマリとした笑顔だった。

「君と話すのは本当に楽しいね。顔を見るたびに『美形すぎる!怖っ!何この人!』ってなるけど」


(その気持ち、よーく分かる。この間、新しく仕立てた冬用のコートを試着した時、鏡見て同じこと思ったもん)


「悪いが慣れてくれると嬉しいよ」

「しかも侯爵閣下自ら僕にお茶を!大丈夫?僕そこの忠犬——、忠実な剣聖に叱られない?」

 今、忠犬って言ったな。その気持ちも分かりはするが。そのうち『忠実な剣聖、略してちゅうけん!』と誤魔化して堂々と口に出しそうですらある。おそらく出す。アルベルトが知るリュシアンは、そういう男だった。

 着替えを終え、髪以外は乾いた友人が部屋の中央のローテーブルに用意された紅茶の前に腰を下ろす。革張りのソファに「うちのベッドより柔らかい!」と感心しながら、カップに砂糖をドバッと入れていた。


(面白枠すぎるだろ。ほんと好きだわ。何と言うか、馬が合うんだよね。会話のテンポとか方向性の。オタク同士だからかな)


 『このとわ』はボーイズラブ小説が原作だが、知る限り本文中ではアルベルトとリュシアンにはそうした描写は存在しなかった。だからこそ、余計に気安いと感じるのだろう。

 ひょっとすると、膨大なシナリオだというソーシャルゲームの方なら、そうしたルートもあるのかもしれないが。

 砂糖が溶けきっていない紅茶を口にしたリュシアンが、「温まるー」と息を吐く。

「水路に並んだ水車に興味を惹かれてね。満足するまで眺めてたらすっかり濡れてしまった」

「君ならそうなるだろうと思っていた。準備しておいてよかったよ」

「さすが我が友。チュッチュ!」

 投げキッスが飛んでくる。

 リュシアンが言う水車とは、この時期の雨を利用した、前世で言うところのサーキュレーターの自動運転システムだ。

 収穫したばかりの穀物にカビが生えないように、水車の回転を使って巨大な羽を動かし倉庫内の空気を循環させている。雨が終わると一気に乾燥する季節になるので、それまでの運用だ。

「アレクシアが、毎年誕生日に君から贈られてくる魔道具をとても喜んでいてね。礼をしたいと言っていた」

「おぉ…、十一歳にして貴族院の座学を修めた才女、かつ超絶美少女という噂、更には第二王子殿下のご婚約者となられたアレクシア姫がわたくしめに礼など……」


(改めて聞くとアレクシアちゃんのスペックすごいな……)


「ちなみに今回、僕がリストニア城に滞在すると周囲に話をしたら、家族からは鼻息荒くしてリストニア侯のお姿を目に焼き付けてこい!お言葉は全部暗記してこい!って言われたし、魔導院の同僚からはお土産に君の似姿を買ってきてくれ、できれば髪の毛とか盗んできてくれと頼まれたよ。最後のはしないから安心してね」


(わぁ、普通にキモい)


「まぁ、それはさておき。時は金なり。若き僕らの時間は有限だ。さっそく本題に入ろう」

 スリスリ、と手を揉んだリュシアンが、ポケットから小さな石を取り出しテーブルの上に置いた。アルベルトが調査用に送っていたものだ。部屋の灯りで分かりづらいが、わずかに発光している。

「魔鉱石。多分属性は『炎』。正直に言うと、ここまで魔力の含有量が多いものを見るのは僕も初めてだ。天気が悪いとは言え、灯りの下でも分かるなんて相当だよ?これ一つでも、多分魔法剣が十は作れるんじゃないかな」

「……眩暈がしそうだな」

「ステルビア公爵家がイチャモンつけてくるからかい?」

「ご名答。ついでに言うと、今の話を聞いて、かの公爵閣下が絡んでくる可能性を七割から十二割にまで引き上げたところだ」

 アルベルトの脳裏に、身体をカブのように膨らませたちょび髭男の顔が浮かんだ。


 グリズリ・フォン・ステルビア。

 大公の孫という立場を利用して、ことある毎にリストニア領から利益を掠め取って行く厄介な狸親父。リストニアが魔物の対応に追われてるのを良いことに、協力の名目で勝手に領界を超えてくるなど、やりたい放題している困り者一族の長である。

 ステルビア家は、特に困窮しているわけではない。大公だったのは現当主の祖父とは言え、王家から相応の予算も降りている。便宜と忖度モリモリの商業ルートもいくつか持っているし、何もしなくても数代は贅の限りを尽くして暮らせるだけの財産がある。

 にも関わらず、彼らは非常に貪欲だ。

 アルベルトが知る限り、一族全員が似たようなタイプでまともに会話できた試しがなかった。

 ファンケンラート家が『ああ』なのに、どうして『こう』なった。


「鉱夫全てへの身辺調査が難しい以上、ステルビア家にはすでに現物が渡っていると考えていい。君ほどの解析能力を持つ者は抱えていないにせよ、魔鉱石だと分かるだけで彼らは充分だ。おそらく近い内に、何かしかけてくる」

「……不謹慎なことを言っていいかい?」

「どうぞ」

「子爵家の三男坊としては、侯爵家と公爵家の攻防というスケールの大きさにワクワクが止まらない」

「本当に不謹慎だな」 

 だがその軽さがリュシアンの魅力だ。

 ついでにフットワークも軽い友人は、カップ底の溶け残った砂糖をスプーンで掬い最後まで食べると「それでは」と立ち上がった。

「温まったことだし、さっそく現地に案内してもらおうかな。馬車よりは馬の方が速いだろう?」




 幸い、雨は小降りになっていた。

 霧雨に近いそれは、雨避け用のローブさえ被ってしまえば全身を濡らしてしまうほどではない。

 三頭の馬が、整地された道を走る。

 リストニア城は、領地の中央に位置している。南部の山までは、馬で駆けても数時間ほど。感覚的には、王国内の各領地は前世での都道府県サイズに近い。

 丘陵地を抜けて更に走ると、やがて巨大な岩山が眼前に姿を現した。

 麓には、小さな宿場町のようなものが既にできている。人が集まる場所には必ず商売が生まれる。鉱夫たちを相手にする店や宿が、軒を連ねていた。


(鉱山は、こういうのも税収入になるからありがたいんだよね。まだ調査として掘ってるだけだけど、それでも噂を聞いて集まってくるんだろうな)


 若干治安に難はあるが、鉱夫には荒くれ者も多い。野党の襲撃くらいなら、自分たちで何とかするだろう。

「顔を見られると面倒だ。あちらに兵の詰所がある」

 アルベルトが指したのは、宿場町から少し離れた場所にある小さな門だった。手前には門兵が一人立っている。

「先触れを出して参ります」

 ヴォルフガングが馬首を門へと向ける。その背を見送っていると、隣に馬を並べたリュシアンが「すごいなぁ〜」と感嘆したように呟いた。

「王国唯一の剣聖と馬を並べて走れるなんて、夢みたいだ。帰ったらみんなに自慢しよう」

「君の隣にいるのは、一応有名な黄金の侯爵なんだが」

 気の置けない友人に、アルベルトも普段はしない軽口を叩く。

「閣下。若く、麗しく、勇ましく。眩い君の噂は、もうお腹いっぱいだ。どうかこれ以上、功績を立ててくれるなよ?」

 雨にも負けない明るさで笑うリュシアンに、アルベルトも「善処する」と笑った。



「こ、こ、侯爵閣下の、ご、御来訪、心よりッ、か、歓迎いたしますッ!」

 門兵の男が、槍を真っ直ぐに立てて敬礼する。その表情は固く、だが顔色は身体中の血が全て集まったかのように真っ赤に染まっていた。


(門兵の人、急に来てすまん〜!!グループの子会社に突然会長が来たような感じだもんね!そりゃ慌てるわ!)


「突然すまない。坑道を見せてもらえないか?」

「も、もちろん、ですッ!た、ただいま、採掘長がまいりますのでッ!どうか濡れませんよう、こちらにお入りくださいッ!」

 おいッ!と門兵が後ろに声をかけると、数人が飛んで来てアルベルトたちの馬を預かり連れて行く。ヴォルフガングの愛馬の轡を取った者などは、電動歯ブラシかな?というくらい震えていた。


 門兵に案内されたのは、とりあえず、で建てられたらしい詰所の客間だった。お茶だのテーブルだの騒ぐ彼らを宥めすかし、室内が濡れないよう湿ったローブを脱ぐ。

 なぜか「おぉ…!」と声が上がった。


(本物だー!て感じかな。はい、本物ですよ。……中身は、違うかもしれないけどね)


 軽くローブを畳むと、それを引き受ける気らしいヴォルフガングが側に立った。

 だがその視線はアルベルトの目元よりも少し上に向けられている。

「閣下、髪に木の葉が。……失礼いたします」

 す、と指先が髪に触れた。

 節ばった指に、金の糸のような髪が絡まる。

「木立を抜ける際に跳ねたのでしょう」

 小さな枯葉を指先に摘み自身の胸元にしまうと、アルベルトのローブを手に持つ。

 アルベルトは先程の門兵と同じ顔色になりそうなところを、鍛え上げた鉄の精神で耐えた。


(うっっぎゃぁ〜!!!急なイケメンムーブやめてぇぇ〜!!!第三者視点で見たいのに、見たくない!なんだこの複雑な気持ち〜!!戻って来い!私の腐女子ハート!)


「君たち、絵になるなぁ。そういう関係なの?」


(そんでコイツは本当遠慮しないな!設定されてる世界観的に恋愛の性差を気にしてないってのは分かるけど!普通聞くか!?しかも違うし!!ほらー!門兵の人たちも固唾を飲んで見守ってる感じになってんじゃん!)


「……従兄弟同士だから、距離が近いんだろう」

「えっ?僕は髪にゴミがついてても、従兄弟にあんなちょっとヤラシイ感じで取ってもらったことないけど」


(しばいていいかな、このノンデリ)


 心の中でグッと拳を握ったところで、採掘長らしき男が「お待たせいたしました!」とやってきた。

 走ってきたのか、かなり息が上がっている。

 アルベルトは意識して、気持ちを切り替えた。リュシアンも、真面目な顔になっている。

 こういう面が似ているから、彼とは気が合うのかもしれなかった。




「採掘までの経緯につきましては、先だってお伝え申し上げましたとおりです」

 カンテラを提げた採掘長を先頭に、下り坂になった坑道を進んで行く。

 アルベルトとリュシアンが横並びで歩き、最後にヴォルフガングが続く。

 壁の土は滑らかに塗り固められ、所々木枠で保定がされている。幅や高さは、大人二人くらいなら並んで楽に歩けるほど。壁に等間隔に並んだ小さな篝火は灯りの役割ももちろんあるが、風向きや酸素、ガスといった、鉱山における様々な危険を感知するためのものでもある。鉱山資源が豊富なリストニアが時間と手間をかけて培ってきたノウハウだ。  

「現在鉱夫たちには、ここから離れた場所を掘り進めてもらっております。こちらの道も、途中までは他と同じ石が採れておりました。……しかし」

 と曲がり角の前で足を止める。

「なんか既に光ってるねぇ……」

 リュシアンの呟きに「左様でございます」と答えた採掘長が、再び足を進めた。 

 角を曲がると、それが形として見えてくる。

 そこは、坑道としては突き当たりの場所だった。

 そして壁も補強も、何もされていない。

 なぜなら、床、左右の壁、奥の壁、見える場所が残らず淡く発光していたからだ。

 おそらく、これら全てが。

「……嫌なこと聞くけど、これ『黙ってよう』とか、『桶一杯分くらいなら懐に』とか思ったりはしなかったのかい?」

「畏れながら、リストニア以外に生まれていれば、あるいはそう思ったのかもしれません。しかしこの地に生まれた我々が、リストニア侯爵家を、閣下を裏切るなどありえませんよ」

「おぉ…、欲心が一切ない…。…、あ、いや、失礼な質問だった。申し訳ない」

「お気遣いありがとうございます」

 頭を下げた採掘長が、壁をカンテラで照らす。

「実はちょうど、別の調査結果を本日ご報告する予定でした。調べたところによると、この向こうに空洞があるようなのです」

「空洞……?」

「はい、閣下。何が出てくるのか分かりませんでしたので、一度ご確認いただいてから、と」

 勝手な行動をしない、できる男のようだ。そこそこ上質な物なら一抱えで城が建つような希少な宝を前に、肝が据わっているとも言える。

 アルベルトは隣に立つ友人を見た。

「よーし、任せて!」

 心得た、とばかりにリュシアンが小さな魔法陣を展開する。彼が得意とする解析魔法だ。贔屓目抜きに、彼の解析魔法の精密度はファンケンラートでも最上位に入る。

 万が一、壁の向こうに危険があるのなら、この鉱山はすぐに閉鎖しなければならない。


 しばらく魔法陣を展開していたリュシアンが「多分だけど」と前置きしてからアルベルトへ向き直った。

「空洞、と言うよりは空間と言った方が近いかな。かなり広いみたいだ。ガスや瘴気のような揺らぎは感じられないけど、一点、……僕にもよく見えない何か、揺らぎがあるように見える。もう少し時間をもらえれば分かるかもしれないけど、ごめんよ」

「いや、ありがとう。充分だ」

 どうやら採掘長の行動は正しかったようだ。これは想像していたよりも、慎重にことを運ぶべきなのかもしれない。

 リュシアンからの報告を受け、アルベルトは壁にそっと手を這わせた。     

 不審な点がある以上、採掘を続ける選択は存在しない。後は鉱山ごと閉鎖するがどうかを——…。


(あ、、あれ…?眩暈…、違う、何か見える……)


 不意に、視界に映る世界が変わった。

 花畑が広がっている。

 美しい男女が寄り添い、微笑み合っている。

 ふと、男が顔を上げる。その場にはいないはずのアルベルトを見ている。

 その瞳の色は、


(リストニアの、薄紫)


「——アルベルト様…、お戻りを」

 耳元で声がした。背中に体温を感じる。壁に沿わせていた手のひらに、別の手が重なっている。


 アルベルトはパチリと瞬きをした。


 同時に、背中にあった温もりが、重なっていた手と共に離れる。しかしすぐ別の温もりがガシッという効果音と共にくっついてきた。

「アルベルト〜!魔力感知は常用しちゃ駄目だよ〜!君、なんか変なのに引っ張られてたからね〜!」

「……へ、変なの?」

「急に壁に向かって古代言語みたいなのを喋り始めて、めちゃくちゃ怖かったです」


(なにそれ、怖い)


「剣聖が呼び戻してくれなかったら、中身が別人になるところだったよ!」


(……中身が別人なのは…、今もだよ)


 心配を滲ませるリュシアンの言葉を受けて滲んだ想いを、アルベルトは無理やり胸の中に押し込んだ。

 ヴォルフガングの唇を手のひらに受けた時から、考えないようにしている想いを。


 抱きついてくる友人の背をあやすように叩きながら、「すまなかった」と謝罪する。

「サイネケン先生から『垂れ流せる魔法は全て常時発動して魔力を増加させろ』と習っていたから、攻撃に使用するもの以外はいつも展開させているんだ」

「ひ、ひぇ…なにそれ…ずっと頭の中で計算式解いてるみたいなものじゃないか……」

「子どもの頃から、複数の思考を同時に進めるのは得意でね」 

 少しだけ強めに背を叩くと、ようやくリュシアンはアルベルトへの拘束を解き一歩離れた。かなり落ち込んだ顔をしている。

「すまない。何か仕掛けがされている可能性を考慮してなかった。壁の向こうの空間については、もう一度改めて調査する。今日のところは、この辺りの鉱石を持って帰って調べさせてもらいたい」

「……そうだな。私も気になることがある。今日のところは引き上げよう」

 リュシアンが、発光を続ける石をいくつか拾い上げ袋に詰めていく。アルベルトは戸惑う様子を見せる採掘長に今後についての指示を出した。

 魔鉱石が見つかった坑道は調査中として、完全に閉鎖。近くの町から派遣させる六名の警備兵を二名ずつ分けて、三交代で入り口を見張らせる。この命令はアルベルト・リストニアの名に置いて、全ての者に対して有効である。

「また、これを破る者はリストニアへの敵対の意思ありとみなす、……以上だ。すぐに正式な指示書を用意させる」

「か、かしこまりました!」

「アルベルト、こっちも採取オーケーだよ!」

「ヴォルフガング、リュシアンの荷を持ってやってくれ」

「御意」

 最後にもう一度異常がないかを確認し、来た道を引き返す。

 詰所に戻っても、雨はまだ小降りのままだった。





 リストニア城下へと入る巨大な壁門を抜け、騎士用の道を通り城へと戻る。

 アルベルトたちが坑道にいた間、馬たちは手厚くもてなされていたらしく、出立時と変わらぬ速さで復路を走り終えていた。

 時刻はまもなく、日没を迎える。

 馬の首を撫でるアルベルトのその指先に、ピリ、とした気配が触れた。

 人の悪意、敵意。

 そうした澱んだ感情の切れ端が、何者かから染み出ている。

 

 城の正門前に、豪奢な馬車が一台停まっている。


 その前に。

 雨に濡れそぼるアレクシアが一人、立っていた。


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