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序話 魔鉱石

(※2026年5月12日〜20日の期間、第二章全18話を毎日二話ずつ17時に投稿中です)

 王国西部に位置するリストニアは、大陸北部に張り出した竜骨と呼ばれる山脈の影響により、王都に比べれば寒冷な気候となる土地だ。

 春と夏が短く、秋と冬が長い。雨量が多いのは秋の終わりで、大森林からの瘴気が強くなる時期と重なっている。

 今がちょうど、その頃。

 長雨が終わると徐々に瘴気の濃度も元に戻り、リストニアに長い冬がやってくる。


 今年の穀物の収穫が全て終了した。

 その報告を執務室で受けたアルベルトは、ガラスがはめ込まれた窓から雲に覆われた空に目をやった。

「今夜には降り始めるでしょう。間に合ってよろしゅうございました」

 ホッとしたように、報告に来た年嵩の執政官が言う。

 リストニアの土壌は豊かで作物の実りも良いが、長雨によって秋の収穫時期が短くなるのが難点だ。

「収穫祭の日には、晴れてくれると良いのだが」

 若き侯爵は、常に民を気にかけている。それを知る執政官は、口髭を撫でると楽しそうに身を乗り出した。

「収穫祭の天気、賭けますか閣下?では私は雨の方に」

「そこは主君に勝ちを譲るべきだろう?」

 冬を越えるための穀物の刈り入れを終えてから行われる収穫祭は、リストニアでは新年の祭りの次に大きな行事だ。瘴気が強くなり気持ちが沈んでいく領民たちを鼓舞するという意味合いもそこには含まれている。

 だがあいにく時期が時期であるため、リストニアの歴史の中でもその日は必ず雨となっていた。

「閣下なら、天気も何とかなされそうで」

「……人を何だと思っているんだ」

「黄金の侯爵様でございます。王都では、八面六臂の活躍により悪しき者から王家をお守りあそばされた」

 執政官の芝居がかった言い様に、アルベルトは思わず眉尻を下げた。

 興が乗ってきたのか、執政官の言葉は止まらない。

「今や閣下の名声は王国全土に高らかに鳴り響き、とどまるところを知らず。産地がリストニアだと言うだけで、物が飛ぶように売れます。いかがですか?これを機に、巷で人気のご自身の似姿を輸出の品に本格的に組み込まれては」


(何それ私も欲しい。…って、いやいやいや。ほんと何それ)


 ポンと湧いた心の声に、アルベルト・リストニアとしての意見も同調する。

「似姿……?何だ、それは。初めて聞いたが……」

「あっ!えっ!うっ!……そ、それでは失礼いたします!」

「あ、ちょっ…」

 いかにも「しまった!」と言う様子で口を覆った執政官が慌てて退室していく。

 騒がしさが消えた室内で、アルベルトは護衛として控えているヴォルフガングに声をかけた。

「知っていたか?」

 アルベルトにとって、ヴォルフガングは領内の『耳』でもある。その彼からの報告がないということは、知らなかったのだろうが。念のため聞いてみた。

 だが。

 黒髪に銀灰色の瞳を持つ物静かで忠実な騎士は、主君からの問いかけに何も答えず。

 ただ、そっと目を逸らした。

「……知っていたんだな」

 

(黙ってたんかーーーい!!!ちょっと今すぐそれ買ってきて!私も見たいから!!)


 空は刻々と雲の厚みが増していく。風に湿り気が混ざり、夜と雨の到来を知らせている。

 けれどリストニア城の執務室は、今日も煌々とした光に照らされていた。


 


 執政官の予想通り、雨はその日の夜半から降り始めた。

 布に油を染み込ませ多少の雨では消えないように細工された松明を手に、馬に乗った騎士たちが城門をくぐって行く。

 本格的な秋雨の到来と、瘴気の増加。

 魔境の大森林に近い村や町の者たちは、息を潜め朝を待つ。

 この長い雨が、明けるまで。



 翌日の報告書には、負傷者や死亡者の記載はなかった。討伐報告は三件。

 ……それでも、三件ある。

 いつまで、という気持ちがないと言えば嘘になる。どれだけ同じ毎日を繰り返せば報われるのか。人々が安全に暮らせるようになるのか。


(今の私の力では、大森林の最奥までは到達できない。きっとそこに、魔境の秘密があるのに)


 アルベルトの前世が知る長編小説『この忠誠は、永久に』略して『このとわ』において、魔境の大森林は物語の核の一つでもあった。なぜ、いつから、何のために存在するのか。混在する多くの謎が、章が進むにつれて一枚一枚ヴェールをめくるように明らかになっていく。

 物語では、魔境の大森林が生まれたのは神話の時代であり、そしてそれは創世の女神エルシオラが創り出したものであることが明らかにされていた。

 物語の根幹に関わる設定が最初に知らされたことに『原作至上主義過激派』の者たちも大いに慌て、『ではこの謎は?』『こちらの謎は?』と互いに熱く意見を交わしあった。そして最終的に『この設定をまず明らかにすることで、新たに多くの謎を生ませたのだ。我々は考察をしながら作者様の次のお話を待とう』という結論に至った。

 もちろん、アルベルトはこの知識を誰にも話してはいない。魔境の大森林は人類にとっての脅威。それを創世の神が創ったなど、誰も信じはしないだろう。第一、創られた理由が分かる前に前世の記憶は終了している。中途半端な知識を口にしては余計な混乱を招きかねない。

 魔物が生まれるとされる魔境の大森林は、物語上なら『人々を脅かす魔の森』の一文で済む。だが、ここではすぐ側にある現実だ。明日の約束をして別れた相手が、翌朝帰らぬ人となっている。そんな日常が、そこかしこに存在している。

 終わりの見えない、戦いの日々。


(ゲームだとレベルアップイベントとかあったりしたのかな……)


 アルベルトは思う。

 十三の春に目の前で四人の騎士を喪った彼は、その後王都にある中央魔導院の門を叩き、半ば無理矢理に強力な術式を自身に叩き込んだ。原作に、中央魔導院での修行の一幕があったからだ。多少年齢が繰り上がる分には問題ないだろうと、王国中の魔導院を束ねる大魔導師サイネケンに頼み込み、彼の弟子となった。

 修行は過酷を極めたが、アルベルトは無事、サイネケンから『……魔導師としては一流と言っても良いだろう』とお墨付きを得ることができた。

 ……なお、アルベルトは知らない話ではあるが。

 大魔導師サイネケンは、偏屈の二文字を欲しいままにする扱いが難しい老翁として知られている。王家に属さず、権力者の手をぞんざいに払い、黙々と魔導を探究する。動くのは、魔物討伐の依頼が来た時だけだ。

 また、自らの魔術に絶対の自信を持つが故に、他人を認めることも決してしない。

 そんな彼が突然押しかけてきた若い貴族の師となり、納得するまで鍛え上げた。その事実を知る者がもし当時の光景を語るのであれば、おそらく「あらゆる意味で傷ましかった」の一言であっただろう。

 王城での、あの舞踏会の夜。サイネケンは別件で遠くの町まで調査に出ていた。王都に戻りことの次第を聞いた大魔導師は、「詰めが甘い」と零しながらも穏やかな表情であったという。


(サイネケンにも手紙とか送りたいんだけど、あのお爺ちゃんそれすると『紙とペンを無駄にする暇があったら一匹でも多くの魔物を屠れ、馬鹿弟子が』って怒るんだよね。なんでよー。原作だともうちょっと丁寧で優しかったのにー)


 ことある毎に杖で殴られていた、かつての日々を思い出した。


 奏上された報告書は、アルベルトが自身の手で全てファイリングしている。

 執務室の脇に並ぶ、地域名が書かれた分厚い背表紙がそれだ。

 最後の一文字まで目を通し終えたところで、三冊のファイルがそっと机上に置かれた。

「ありがとう、ヴォルフガング」

 相変わらず、優秀な側近である。

 今朝分の報告書をファイルして、手渡す。寡黙な剣聖はアルベルトからの礼を受け、ほんのわずかに目元を緩めるとファイルを本棚にしまい再び控えの位置に戻った。

 ほわ、と顔に熱が集まるのを感じる。


(ぬわ〜!!なんか恥ずかしい〜!落ち着け私〜!!今朝もかっこいいですねヴォルフガング様〜!私の頭の中はこんな感じですけど〜!)


 脳内で用意した布団に潜り込み、バタバタと暴れる。

 王城での事件が収束し、リストニア領へ帰還するために王都を出立した日。

 あの日から、どうにもおかしい。

 

 自分も。

 ヴォルフガングも。


(いや、私は分かってますよ、認めたくはないですけどね。ていうかヴォルフガング様みたいなスパダリキャラの近くにいて、好きにならない人とかいるの?無理でしょ?あ、アレクシアちゃんがいるか。すごいな、アレクシアちゃん!)


 あの日。

 馬車の中で感じた熱に、アルベルトはずっと翻弄されている。

 ファンケンラート王国第一王子であるクリストフから贈られたブレスレットを、『無くさないように』と保管することを進言したヴォルフガングは、自身の手でそれをアルベルトの手首から外した。

 そしてその唇を、アルベルトの手のひらに——。


(あああぁぁぁ!思い出すな!さすがに顔に出る!保留!保留!この件は保留!!何か別のことを考えろ!……、そう言えば前にカルガモの親子連れを見て『閣下と我々みたいですね』って言ってた騎士の人。この間『母さ…、…!すみません、間違えました閣下!』って小学生が学校で先生をお母さんと呼んじゃう現象を再現してたな。面白すぎて『何かな?私の可愛い坊や』って返したら、周囲の騎士たちにボコられてたけど。……あー…、ちょっと落ち着いてきた)


 心を落ち着け、積まれた書類の山から一枚を取る。

 さらさらと記入しながら、そういえばあのブレスレットの行方を聞けてないな、と今更ながらに気が付いた。

 ヴォルフガングのことであるから、言った通り魔法鍵がかかる箱でちゃんと管理してくれているのだろうが。

 どこに置いてる?とは何故か聞きづらい。


(それとなく誰かに聞いておこう……)


 王都のタウンハウスを管理していた老執事の息子である、リストニア城の執事長なら何か知っているだろう。


「お兄様、失礼いたします」

 ノックの音と共に、春を喜ぶ小鳥のような愛らしい声がする。執務室の前に警備として立つ騎士が「アレクシア様です」と告げ、ドアを開けた。

 雨の日でも輝く桃金色の髪が、ふわりと揺れる。

「お手紙を持って参りましたの。釣書ではございませんから、安心なさってね」

 淑女の礼をしてから、入ってくる。まだ十一歳だというのに、妹アレクシアの佇まいは既に貴族令嬢として相応しい気品を備えている。

「ありがとう。読むついでに少し休憩しようか。お茶を用意させよう」

「そう仰ってくださると思って」

 微笑むアレクシアの後ろから、ワゴンをついた侍女が恭しく入室してきた。

「お兄様、こちらにおかけになって。ヴォルフガングもお茶にしましょう」

 アルベルトと同じ薄紫色の瞳が、優しく細められる。

 彼女の存在は、戦いの日々の中にあって陽だまりのような温かさを持っている。アルベルトにとって、心から大切にしたいと思える存在だった。

「レナード様が送って下さった豆のミルクをご用意いたしました。今日は少し冷えますから、お茶に入れていただくと温まりますわ」

 豆のミルク、つまり豆乳だ。長期保存ができるよう、粉末になっている。クリストフの弟である第二王子レナードが好む飲み物らしく、婚約者となったアレクシアに贈り物として先日届けられた。紅茶に入れると、いわゆるソイティーになる。

 お茶が用意し終えた侍女が、部屋の隅へと控えた。

「豆のミルクをこうして入れたことはなかったが、好みの味だ」

「わたくしもです。すっかり気に入ってしまったので、レナード様に追加をおねだりいたしました」

 リストニアに帰って以降手紙での交流が続いているようだが、関係は良好らしい。いつのまにかアレクシアからの呼び方が『レナード様』に変わっていることからもそれが窺えた。

「君も好みだろう?」

 アルベルトは、向かいに座るヴォルフガングに問いかける。物静かな美丈夫は、少し考えた後「そうですね」と答えた。


(あ、これはかなり気に入ってる時の顔だ……)


 おそらくもっとミルクを入れたいと思ってるはずだ。それを可愛らしいと思いながら粉が入った瓶を、すい、と寄せると案の定彼はカップに追加の粉を入れた。

「————……ゴフッ」

 またアレクシアが咽せた。

 最近よく咽せていて、アルベルトは心配になる。

「……アレクシア、やはり一度治療師に……」

「ご、ご心配なく……。…美味しくてたくさん飲んでしまっただけですの」

 本当だろうか…。確かに見た目的には非常に健康そうには見えるのだが。病魔はどこに潜んでいるか分からない。抱き上げて部屋まで運ぼうかと提案すると、「だ、大丈夫ですぅ〜!」と顔を真っ赤にして、少しだけアレクシアらしからぬ言葉遣いで首を横に振られた。

「そ、それより、お手紙を」

 ふう、と大きく呼吸をしたアレクシアが、侍女に視線を向ける。心得た侍女が銀のトレイに白い封筒を乗せて持ってきた。

 差出人のところには『リュシアン・ウィーバー』と記されている。

 ヴォルフガングが侍女から手紙を受け取り、ペーパーナイフで封を切る。それをアルベルトに手渡した。

「鉱山で採掘された新しい石の件ですの?」

「そう。彼に解析を頼んでいたんだ」

 アレクシアに対して、リストニアの内情を隠す必要はない。

 アルベルトは聞かれるまま、説明を始めた。


 リストニア領南部の岩山で、鉱脈のようなものが発見された。ここまでは、耳ざとい貴族なら誰でも知っている話だ、元々リストニアは鉱山資源も豊富な土地柄であるため、珍しい話ではない。

 だが今回新しく見つかった鉱脈は、それ自体が淡く発光する特性を持っていた。

 おそらくは魔力が含まれている。

 採掘責任者は直ちにリストニア城へと奏上し、調査が開始された。その一つが、子爵令息リュシアン・ウィーバーへの解析依頼である。

 原作小説である『このとわ』でも、最も優れた魔法オタクとして名高い人物だった。その知識は魔法や魔術だけでなく、魔道具にまで及ぶ。レナードの紅茶カップに仕込まれた異物の正体を、たった半日で突き止めたのも彼だ。

 アルベルトにとってリュシアンは、友人であり、信頼できるビジネスパートナーでもあった。

 手紙には、王都で未だ冷めやらぬアルベルトに対する評判をからかう内容と共に、鉱石の解析結果が記されていた。


「魔鉱石……、これはまた……揉め事の種になりそうなものが出たな」

 魔鉱石。

 それは、一定以上の魔力を有する鉱物の総称だ。

 魔力の含有量や属性によって細かく分類はされるものの、一般的には『魔鉱石』として一括りにされる場合が多い。

 魔力は本来生物が持つもの。つまり魔鉱石は何らかの生物の化石なのだろうとアルベルトは考えているが、この世界では稀に発見される神の恵みと考えられていた。

 希少性が非常に高く、一抱えあれば城が立つと言われている。

 理由はその汎用性で、剣を打つ時に混ぜると魔力に付帯する属性を帯びた魔剣に、鎧を作る時に混ぜると魔法攻撃に対する耐性が飛躍的に上がる。魔鉱石を使用した武具を身につけることは、貴族たちのステータスでもあった。

 だが。

 だからこそ、その分魔鉱石の周辺には争いの歴史も多い。

「お兄様、見つかった鉱脈の場所ってひょっとして……」

 隣から手紙を覗き込んでいたアレクシアが、引き攣った口元を隠すように手を添える。

 アルベルトも似たような心境だったが、それでも顔には極力出さず「面倒なことになった」と妹に返した。

「だが良い報せもある。アレクシア、リュシアンが訪ねてきてくれるそうだ」

「まぁ、嬉しい!やっとお会いできますのね!毎年お誕生日にいただいてた魔道具たちのお礼ができますわ」

 手紙の最後に記されていた『今からそちらに向かうよ。しばらく滞在させてくれ』という文言を見せると、アレクシアはパッと顔を輝かせた。

 気分が浮上したらしい妹の様子を眺めてから、アルベルトは再び手紙に目を落とす。

 鉱脈が見つかったのは、リストニア領南部。

 隣接はするのは、ファンケンラート現国王の大叔父にあたる人物が、かつて臣従した際に拝領された地。

 つまりは、公爵領だ。

 鉱脈が見つかった山とは、距離はあるが一応地続きになっている。


(あそこ、毎回うちに難癖付けてくるんだよね〜。小説読んでる時はうるさい一族だな、くらいだったけど、実際絡まれ続けると本当面倒くさいわー)


 巨万の富をもたらすだろう、鉱脈。

 だがアルベルトにとってそれは、波乱の種のように感じられてならなかった。

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