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第十一話 誰が一人と言ったのか

 時間は少し遡る。



 アルベルトがクリストフを庇い負傷したとの報せを受けたアレクシアは、逸る気持ちを抑えながら、それでも一人、レナードの目覚めを待っていた。

 それが役目だったからだ、彼女の。

 何しろレナード本人から「ほんとお願い」「一生のお願い」「国中のドーナツ奢るから」と頼まれていた。

 いくらか精神が回復した王は、クリストフと共に事後処理の続きにあたっている。ゆえにレナードの居室にいるのは、アレクシア一人だけだ。

 今やリストニアの名は、『最も忠実なる、王家の宝』という名を冠するまでになっている。彼女の兄であるアルベルトが成した偉業と、崇高なる使命感から生まれた自己犠牲の賜物だ。そのアルベルトの妹であるアレクシアがレナードを一人で看ているというのなら、王子と未婚の令嬢が二人きりで、などという一般常識はぶん投げても許されるくらいには、疑う余地なく安心なのである。


 レナードの瞼がピクリと動いた。

 治療師からも、体力の低下は感じるだろうが問題ない、と言われている。

「レナード殿下……、早くお目覚めになって……」

 可憐な声でアレクシアが囁く。

 そっと、耳元に口を寄せ。


「始まりますわよ。……超激レアイベント」

「待ってたぜ!この“トキ”をよぉ!!」


 勢いよく飛び起きたレナードに、アレクシアは変わらぬ笑みで「とりあえず一気飲みしてくださいませ」と薬茶を勧めた。



 シーツにクッションを詰めて人が丸まって寝ているように見せる。その側に、椅子に座って見守るアレクシアがいるように幻影魔法をかける。

 それからそっとドアを開けて、様子を伺う。扉の前には誰もいない。護衛すら。通常ならありえないが、それだけ非常事態かつ、王子を守るというリストニア侯爵令嬢への信頼が厚いということなのだろう、と納得して二人で廊下に出た。

「あの幻影魔法って、リストニア家の血族魔法かい?」

「ええ、お兄様も使えますわ」

「アルベルトとお揃いか〜いいな〜」

 倒れた王子が廊下をスタスタと歩いているというのに、すれ違う城の者たちは誰も気にする様子がない。

「殿下の魔法は王家の隠匿魔法ですの?」

「そうだよ。防音機能も兼ねてるから便利だよね」

「まぁ素敵。シャウトオッケーですのね」

「ガラスを物理的に破壊するほどの音波でなければね」

 舞踏会が初顔合わせとは思えないほどの距離感で会話しながら、二人は廊下を進んでいく。

「千の分岐、三百のエンディング、一万を超えるイベント。……AIを使用して自動で八年アップデートを続けた結果のマンモスソシャゲ、かぁ…」

「改めて聞くと、完全にどうかしてますわね。全イベントを網羅した方とかいらっしゃるのかしら」

「どうかな…、僕は少なくとも今から見られるイベントは君に聞くまでは知らなかったよ」

「わたくしも実際には見たことはないんですの。確か『超低確率で発生する特殊王城陰謀イベントを最速最短最良でクリア』かつ、クリストフ殿下からの好感度を課金なしで『この時点でのMAX』に上げた状態で、さらに終盤に必ず発生する魔獣討伐戦で負傷者の数を調整して最終的に魔力切れを起こして倒れる、が条件だったはずです。そんなの無理ですわ……」

 うわぁ…と、隣を歩くレナードが顔を引き攣らせた。

「自分ちの事を悪く言うのは何だけど、そもそも王城の陰謀ルートって、どれも分岐が複雑すぎてめちゃくちゃ面倒くさいんだよね……。それの更に特殊版って……」

「ええ……ですからわたくしといたしましても、どーーーしても見たいのです。……ですが、まさかお兄様がクリストフ殿下を庇われて負傷するだなんて思ってもみませんでした」

「えっ!?アルベルト、怪我したの!?」

「リストニア侯、とお呼びになって。いざという時にボロが出ますわよ、殿下」

「ご、ごめん……」

「よろしくてよ」

「君は大人だね……」

「四十五まで生きた貴腐夫人でしたから」

「……僕は還暦の腐紳士だったけど……」

「え”っ……」

 しばらく沈黙が流れた。

 角を曲がったところでコホンと咳払いしたアレクシアが、話を続ける。

「呪の末裔、でしたか。あれの残した置き土産から殿下を庇い、肩を負傷されたそうです。わたくしのお兄様は……誰よりもお優しく、強い方ですから」

 そこで、アレクシアの足が止まった。

「あの突き当たりがお兄様に用意された部屋と伺っておりますわ。殿下、隠匿魔法を重ねがけしてくださいますか?ヴォルフガングの勘は、上級魔導師の魔力感知にも引けをとりませんの」

「わ、わかった…!」

「……では、参りましょう。ドアを開けたところでわたくしは幻影魔法を使って『ドアが開いていないように』見せます」

 二人は頷き合い、そっと、そっと、慎重に微かにドアを少しだけ開けて、中の様子を伺った。



 ベッド脇の椅子に浅く座ったヴォルフガングが、眠るアルベルトを見つめていた。 その眼差しは、静かで、深く、熱かった。 剣聖としての仮面の下に、溢れんばかりの想いが秘められているように見えた。

 アレクシアは口元を手で覆い、声が外に漏れないように必死に押さえながら、叫んだ。

〈と、尊い〜〜〜!!!〉

 顔はピッタリとドアの隙間にくっつけたまま、桃金色の巻き毛がワサワサと揺れる。

〈あぁ〜!これぞ噂に聞いた超激レア隠しイベント『終わりと始まりの雨』の導入シーンですわ!まさか生で見られるなんて!!さすがわたくしのお兄様!!〉

 その隣では、同じようにドアの隙間に顔を寄せたレナードが、口元を押さえながら大興奮していた。

〈うわ〜!クリアル強火担の僕だけど、これは萌える〜!!〉

 二人の腐女子(片方腐男子)転生者は、ドアの隙間から見える光景に、完全に心を奪われていた。

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