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勇者になれなかった俺、配属先の「雑務課」で世界最強の組織を作ってしまう  作者: 限界まで足掻いた人生/大場 雷怒
雑務課 業務日誌総括

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第128話:名前の消失

執務室を支配しているのは、もはや生存のための酸素ではなく、腐敗したインクの悪臭と、古い羊皮紙が放つ死臭そのものだった。

窓の僅かな隙間から絶え間なく滑り込んでくる凍てつく夜風は、湿り気を帯びたまま室内に淀み、壁際に積み上げられた膨大な数の名簿を容赦なく侵食し続けている。

サニアは、机の上に広げられた1冊の帳簿を前に、まるでもう何百年もそこに座り続けている石像のように固まっていた。

彼女の指先は、極度の疲労と絶え間ない寒さによって感覚を完全に失い、死人のように白く透き通っている。その指先が、炭化して脆くなった紙の縁をなぞるたび、乾燥した繊維が悲鳴を上げるようにしてボロボロと崩れ落ち、暗い床へと吸い込まれていった。


先日の実地調査から帰還した俺が持ち帰った情報は、漆黒の記録媒体の中に「確定した事実」として収められている。

だが、その膨大な情報の奔流を、既存の、あまりにも脆弱な管理システムへと統合する作業は、想像を絶する困難に直面していた。


「……読めない。これじゃあ、誰が誰なのか、もう判別がつかないわ」


サニアの声は、ひび割れた薄いガラスが擦れ合うような、弱々しくも痛切な響きを帯びていた。

彼女が広げているのは、かつてこの砦の特定の居住区に身を寄せていた民たちの身元を詳細に記した、唯一無二の原本だ。

だが、そこに刻まれているのは、かつての平和な時代に美しい書体で書かれたはずの名前ではない。

戦火による無残な焼失。

異常なほど高濃度の魔導汚染によって変質し、物理的な損壊を免れなかったインクの残滓。

そして、逃げ惑う群衆の血が数ページにわたって癒着し、それを無理やり剥がそうとした結果として生じた、救いようのない紙の剥離。


「名前が、消えているの。ここも、あそこも。ただの黒い染みになって、何1つ読み取ることができない。私たちのすぐ隣にいたはずの人の名前さえ、もうこの紙からは失われてしまった」


サニアの震える指が、ある一行で止まった。

そこには「リ」という文字の断片だけがかろうじて残り、続く文字は炎か血によって完全に削り取られている。

それがリオネルであったのか、リリアンであったのか、あるいはリチャードであったのか。

かつてその名前で呼ばれれば、親しみを持って振り返り、笑顔を見せたはずの命は、今やたった1文字の、不完全な記号へと成り下がっていた。


さらに、事態を絶望的なものにしていたのは、名前の「重複」という、あまりにも皮肉な現実だった。

極限状態の戦場において、同じ名前を持つ者たちが1つの埋葬穴や、魔導爆撃のクレーターに投げ込まれ、衣服も所持品も、顔の造作さえも失われた状態で「影」となった時、彼らを個別に識別する手段は事実上失われる。

俺たちが回収した思念体データには、名前という、最も身近で最も尊いラベルが決定的に欠落していた。

「ジョン」という名を持つ死者が同時に30人記録された時、誰がどの家庭の家主であり、誰がどの村から来た青年であったのかを判別する術は、この砦のどこを探しても見つからない。

個人の歴史は、名前という最小の単位においてさえ、無残に、そして徹底的に崩壊していた。


「……ミラ、トウマ。これ以上の、名前による管理は不可能だ。情緒を基準にした記録は、情報の整合性を著しく損なうノイズでしかない」


俺は、部屋の隅で複雑な機材の調整を続けていた2人に、感情を完全に排した声で告げた。

トウマは、顔に深い疲労の陰を宿しながらも、俺の言葉を待っていたかのように、重く、苦しげに頷いた。


「わかっている。アルス、お前の脳から直接同期した500人分のデータも、個体識別が名前という、あまりに不確定な文字列だけでは、処理が追いつかないんだ。因果律がズタズタに引き裂かれた場所では、名前という言霊の力さえも、砂時計の砂のように劣化して消えていく」


トウマは、机の上に置かれた新しい記録装置を指差した。

それは、漆黒の結晶から抽出された微細な魔力の波形を、純粋な、誰にも解釈を挟ませない数値へと変換するための特殊な演算機だった。


「提案がある。……いや、これは提案ではない。これからの地獄を効率的に管理し、誰1人として忘却の彼方へ流さないための、唯一の工学的解決策だ。これより、すべての生存者、および死亡者の記録から、名前という不確定要素を完全に排除する。主キーは数値のみで行う」


サニアが、弾かれたように顔を上げた。


「名前を排除する? ……どういうこと、トウマ。彼らから、その存在の証まで奪うというの? 彼らが最後に持っていた唯一のものを?」


「奪うのではない。固定するんだ、サニア」


トウマの声は、冷徹な機械の駆動音のように執務室に響いた。


「今日から、我々が扱うのは名前ではなく、固有の『識別番号』だ。個別の魔力波形、網膜のパターン、あるいは死に際に放った残留魔力の周波数。それらすべての生体情報を統合し、1人ひとりに重複しない16桁の数値を割り振る。……例えば、さっきお前が見ていた、リで始まる誰かは、これからは『990-0428-7715-0103』という数値として定義されることになる」


「名前がないなんて……。そんなの、あまりに悲しすぎるわ。番号で呼ばれるために、彼らは生まれてきたんじゃない」


サニアの瞳から、大粒の涙が零れ落ち、帳簿の上の黒い染みをさらに無慈悲に広げた。

彼女は、かつて自分が名前を呼んで接した人々の顔を、記憶の底から必死に手繰り寄せようとしているようだった。

スープを配った時に、恥ずかしそうに笑ってくれた幼い少女。

壁の補修をしながら、かつての故郷の麦畑の話を、誇らしげに語ってくれた老人。

その1人ひとりが、冷たい数字の羅列に置き換えられていく。

それは、彼らが「人間」であることを辞めさせられ、ただの「部品」としてアーカイブされることを意味していた。


「名前には、愛があった。親が一生の願いを込めてつけてくれた、その人だけの光だったはずよ。それを消して、ただの無機質な番号にするなんて……そんなの、彼らを2度殺すのと同じじゃない! 記録者が、彼らの尊厳を奪ってどうするの!」


サニアは、机を叩いて泣き崩れた。

彼女の持つ倫理観が、この効率という名の怪物に対して、激しい拒絶反応を示している。

だが、俺は彼女の肩を抱くことも、優しい言葉でその心を癒すこともしなかった。

俺の右手は、すでに新しいペンを握り、トウマが提示した最初の識別番号を、結晶のページに書き込み始めていた。


「……それでも、記録しないよりはいい、サニア」


俺の声は、自分でも驚くほど乾ききり、感情の起伏を失っていた。


「名前が判別できないからといって、その存在を、『不明』という2文字で片付けてしまうこと。それこそが、彼らの生に対する最大の冒涜だと思わないか。……名前が消えても、その男がそこに立ち、最期まで娘を抱きしめて死んだという、その凄絶な事実は消えない。数字であれば、その事実を1つの狂いもなく、永遠に、そして無慈悲に固定できるんだ。それが俺たちが選んだ道だろう」


俺は、一気にペンを走らせる。

カリカリ、カリカリ。

乾燥した紙とペン先が擦れる音が、静寂の中で不気味な心音のようにリズムを刻む。


「990-0001、990-0002、990-0003……。この数字の1つひとつが、かつて誰かの愛した人間であり、誰かを愛した生命だった。俺たちがその名前を知らなくても、この数字は宇宙という名の静寂に対して、ここに1つの命が確かにあったと叫び続ける、唯一の証言になるんだ」


サニアは、嗚咽を漏らしながら、縋るような目で俺を見つめた。


「アルス、あなたは怖くないの? ……自分がただの数字を数えるだけの、血も涙もない機械に作り替えられていくことが。かつてのあなたの面影が、どんどん消えていくのが……」


「怖いさ。だが、俺が泣いてペンを止めれば、この砦にいた3000人の命は、数年後にはただの『かつて人がいた跡』という、霧のような曖昧な記憶の中に消える。……俺は、彼らを無意味な空白にしたくない。たとえ名前を失っても、彼らがそこにいたという絶対的な座標だけは、誰にも奪わせない」


ミラが、横から静かに、しかし抗いようのない確信を込めて口を挟んだ。

彼女の瞳は、精神的な過負荷による発光を抑えるために、深い、底の見えない紺色に沈んでいる。


「管理番号の導入は、データの圧縮と、将来的な情報の検索精度を飛躍的に向上させます。……サニア、あなたの流す涙、その悲しみさえも、このデータの脚注として記録の対象となります。ですが、今、私たちが最優先すべきは、情緒的な納得ではなく、情報の絶対的な固定です。世界が修正を試みる前に、すべてを数値化し、因果の檻に閉じ込めるのです。……アルス、東部第7拠点の500人分のデータ変換、開始します」


「ああ、頼む。1つも、零すな」


ミラが結晶に、自身の魂を削るような魔力を流し込むと、執務室の中に、数千、数万の数字がホログラムのように浮かび上がった。

それは、かつて「人間」であった者たちの、最期の輝きであり、同時に冷酷な墓標でもあった。

リオネルも、リリアンも、リチャードも。

今はすべて、16桁の数字の連なりとなって、冷たく、整然と並んでいる。


サニアは、震える手で、自分の帳簿の余白にその数字を書き写し始めた。

彼女は、名前の消えた「リ」の人の隣に、トウマが割り振った番号を、祈るような、あるいは懺悔するような丁寧さで書き込んだ。

名前が世界から消え、誰も呼んでくれないのなら、自分がこの冷たい数字を、新しい名前として愛してやるのだという、彼女なりの、絶望的な決意の現れだった。


執務室の壁に設置された時計が、午前2時を回ったことを告げる。

1秒、また1秒と、時間は確実に過ぎていく。

その1秒ごとに、誰かの記憶が風化し、誰かの名前が世界という巨大な織物から、1本の糸のように剥がれ落ちていく。

だが、俺たちの手元にある漆黒の結晶は、その1秒ごとの、物理的な喪失を、即座に確定したデータへと変換し、不変の真実へと昇華させ続けていた。


「……トウマ。このシステムを、砦の全区画に、例外なく適用しろ」


俺はペンを置き、結晶の中に蠢く情報の渦を見つめた。


「生きている人間も、死んでいる人間も、すべてを等しく識別番号で管理する。そうすれば、次に誰が倒れても、俺たちはその欠落を、0.01秒の遅滞もなく感知し、正確に記録できる。もはや、名簿をめくる必要さえない」


「……わかった。冷酷を極めたシステムだが、今のこの、外部と遮断された閉鎖環境には、これが必要な救済なのかもしれないな」


トウマは、新しい管理プログラムの最終起動ボタンを、自身の重みを乗せるようにして押し込んだ。

その瞬間、砦全体のネットワークを通じて、数千人の「名前」が、システム上の「番号」へと一斉に書き換えられた。

食堂で、一掬いの薄いスープを待つ兵士も、医務室で苦痛に呻く重傷者も、皆、自分が何番であるかを正確に告げなければ、生命を維持するための食事さえ受け取れない世界が始まったのだ。


サニアは、最後まで泣き止むことはなかった。

だが、彼女の手は、俺よりも早く、そして恐ろしいほど正確に数字を刻み始めていた。

悲しみを、凍てつくような燃料に変えて、彼女は「記録者」としての、あまりにも残酷な覚悟を固めていた。


かつて世界から、誇りと愛情に満ちた多くの名前が消失した、その日。

俺たちは、人間という名の不確かな物語を捨て、統計という名の、逃げ場のない真実を選んだ。


俺は、窓の外の、一切の光を拒絶するような深い暗闇を見つめた。

そこには、かつて名前を持って笑い、泣き、争い、そして誰かを愛し合っていた無数の魂たちが、名前を奪われたまま彷徨っている。

俺は心の中で、彼らに向かって、氷のような言葉で語りかけた。


お前たちの名前は、もう誰も呼べない。

お前たちの願いは、もうどこにも届かない。

だが、お前たちは、確実にここにある。

990-0001番から、最後の1人に至るまで。

俺が、この決して焼けない石に、その存在を焼き付けた。


漆黒の結晶は、数千人の運命を飲み込み、より深い、底なしの暗闇をその内部に湛えていた。

それは、救われなかった世界への、俺たちにできる唯一の、そして最も傲慢な反抗の証だった。


俺は再び、新しい白紙のページに、ドロリとした黒いインクを落とした。

名前のない誰かの、名前のない最期を、誰よりも精密な、冷徹な数字で刻むために。


「……990-0043、記録開始。――彼の瞳が閉じた瞬間を、座標データとともに固定しろ」


俺の声は、冷たい部屋の中に静かに響き、誰に届くこともなく消えていった。


物語は、もはや情緒や慈悲、あるいは人間性といった贅沢を許さない領域へと、加速しながら突き進んでいく。

真実は、数字という名の冷たい檻の中で、永遠に、そして無慈悲に、誰にも触れられないまま固定され続けるのだ。


サニアがふと顔を上げ、俺の横顔を、何かを確かめるように盗み見る。

彼女の瞳には、まだ俺に対する微かな、しかし消え入りそうな期待が残っている。いつか俺が、この数字の羅列を投げ捨て、再び誰かの名前を叫んで駆け出す、あの頃の勇者に戻る日が来るのではないかと。

だが、俺は彼女の視線に気づかないふりをして、ひたすらにペンを走らせた。

俺が人間としての情を取り戻し、涙を流すことは、すなわち、この記録の絶対的な正確さを損なうことと同義だったからだ。


「……アルス。この、990-0043番の人……。記録によれば、最期の瞬間に、誰かの名前を、何度も呼んでいたみたいよ。唇の動きから、それは解読できないけれど」


サニアが、震える声で言った。ミラの全意識共有記録が、情報の深淵から拾い上げた、かすかな思念の残渣だ。


「そうか。だが、その名前を特定することは、もはや不可能だ。……その呼びかけられた者の名さえも、今はただの欠落したデータの一部、あるいはノイズとして処理されるべきものだ」


「それでも、誰かを呼んでいたという、その意志の形だけは、この番号の横に書いておいてもいいでしょう? 効率的な生存には関係ないかもしれない。けれど、それが、この人がこの地上に生きた、最後の、たった1つの証なんだから」


俺は、サニアの提案に、1秒にも満たないほどの一瞬だけ、ペンを動かす手を止めた。

効率。機能。確定。

俺が作り上げてきた、冷徹な壁の向こう側に、彼女は必死に、名前も知らない一輪の花を添えようとしている。


「……好きにしろ。ただし、主記憶装置の容量を圧迫しない程度に、簡潔にな」


俺の許可を得て、サニアは小さな、しかし誰にも消せない確かな筆致で、番号の横に「誰かを呼んでいた」と追記した。

それは、冷徹な統計データの中で、唯一体温を宿した、あまりにも虚しい脚注だった。


トウマが機材のモニターを見つめ、低い、枯れた声で言った。


「アルス。識別番号の振り分けによって、砦内の生存リソースの最適化計算が完了した。……明日からの食料配給は、この番号に基づいて完全に自動化される。重複も、なりすましも、偽装も、もはやこのシステムの前では不可能だ」


「わかった。……ミラ、全意識共有の感度をさらに1段階引き上げろ。名前を失い、個を剥ぎ取られた者たちの、無意識下の微細な変動さえも、1つとして逃すな」


「了解しました。……記録の解像度を、個体識別子領域の全域に適用します。……これで、プライバシーという概念も、この砦からは消滅しますね」


部屋の中は、再び、耳が痛くなるほどの沈黙に包まれた。

ただ、ペンの音と、古い機械が発する微かな低周波の振動だけが、絶望的な夜を彩る不吉な伴奏として、いつまでも響き続けていた。


俺の右手の指は、もはや感覚が完全に麻痺し、ただの動かない棒のようにしてペンを支えている。

それでも、脳だけは冴え渡り、次々と流れ込んでくる、無機質な数字の激流を、整然と、かつ冷徹に処理していく。

かつて魔王と、剣を交えて戦っていた時のあの激しい高揚感とは全く違う、もっと静かで、もっと悍ましく、もっと深い「全能感」が、俺の意識を根底から侵食し始めていた。


すべてを、数え上げることができる。

すべてを、この石に固定し、永遠に変えることができる。

この世界から何が消えても、俺がここに座り、ペンを動かしている限り、それは無へと帰ることを許されない。

その、傲慢とも、あるいは呪いとも言える信念だけが、俺をこの狂気という名の正気の中に繋ぎ止めていた。


サニアが、疲れ果てて机の端で、深い、しかし安らぎのない眠りに落ちていた。

彼女の寝顔は、この地獄の中で唯一、数字やデータに還元できない、脆弱で、しかし尊い美しさを持っているように見えた。

俺は、彼女に毛布をかけるという人間らしい行為さえもせず、ただその光景を、脳内の記録の一部として、静かに保存した。


星暦1224年、冬。

名前という、美しくも不確かな幻想が終わりを告げ、識別番号という、冷酷な真実が始まった夜。

俺たちは、誇り高き種族の証を、ルーツを、そして己を定義する唯一の名前を捨て去り、ただの生存の断片となった。

その代償として、俺たちは、決して忘却されることのない、永遠の記憶を手に入れた。


漆黒の結晶は、数千人の、かつて輝いていた運命を飲み込み、不気味なほど安定した光を放っていた。

それはもはや、この砦の希望などではない。

失われた世界を、情報の墓場として再構築し、支配し続ける、新しい神の心臓そのものだった。


俺は、今日の分の最後の一行を書き加え、静かに、重いペンを置いた。

指先からは、黒いインクが、乾かない血のようにドロリと滴り、机の上の地図を汚している。

だが、その汚れさえも、俺にとっては計算可能な、記録されるべき事象の1つに過ぎなかった。


物語は、もはや後戻りのできない深淵へと、加速しながら堕ちていく。

真実は、数字という名の、逃げ場のない檻の中で、永遠に、そして無慈悲に固定され続けるのだ。


サニアが眠りの中で、小さく「お父さん」と呟いた気がした。

その呟きさえも、俺の耳は聞き逃さず、冷酷にデータとして蓄積していく。

「識別番号補佐・サニア。睡眠時発話確認。心理的依存対象の残存を確認」

俺は、自分の思考さえもが、もはや人間のものではないことに気づき、わずかに口角を上げた。


外では、名前を奪われた民たちが、番号で呼ばれる明日を待っている。

彼らはもう、自分たちが何者であるかを主張する必要はない。

ただ、番号に従って動き、番号に従って食べ、番号に従って消えていけばいい。

それが、俺が彼らに与えた、最大限の「効率的な死」への準備だった。


「……990-0500、登録完了。――さあ、次の絶望を持ってこい」


俺は、暗闇の向こう側にいる、まだ見ぬ死者たちに向けて、静かに呼びかけた。

インクの匂いが鼻に突き、視界が真っ黒に染まっていく。

だが、俺の手は止まらない。

俺が止まれば、世界が止まる。

俺が書けば、地獄は永遠になる。


漆黒の結晶が、俺の魔力を吸い取り、さらに深く、さらに禍々しく脈動した。

そこには、3000人の命の鼓動が、1つの巨大な、歪な生命体となって渦巻いていた。


「これこそが、俺たちの新世界だ」


俺は、自分自身の言葉に酔いしれることもなく、淡々と次の一頁をめくった。

まだ、書き記さねばならない数字は、数万、数億と残されている。

俺の魂が完全に摩耗し、ただのデータの欠片となるその日まで、俺はこの地獄の目録を、完成させることを辞めないだろう。

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