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勇者になれなかった俺、配属先の「雑務課」で世界最強の組織を作ってしまう  作者: 限界まで足掻いた人生
雑務課 業務日誌総括

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第115話:最初の戦争

執務室を包んでいたのは、静寂ではなく、微かな「振動」だった。遠くで空気が震え、窓ガラスが規則的にカタカタと音を立てる。それは、これまでのような突発的な爆発音ではない。一定のテンポで刻まれる魔導砲の斉射音――すなわち、軍隊による「面」の制圧が始まった合図だった。


ミラがメインモニターを四分割し、各陣営の進軍状況をリアルタイムで表示する。そこには無秩序な暴徒の姿はどこにもなかった。


「報告します。午前五時三十分、人族守備軍とドワーフ独立旅団が、中央大橋を境界として本格的な交戦を開始。エルフ魔導兵団は北方から牽制射撃を行い、獣人連合軍はスラム南部の物流拠点を完全占拠しました。……これは暴動ではありません。目的、指揮系統、兵站。すべてが揃った、明確な戦争です」


ミラの声から、ついに「予測」という言葉が消えた。目の前で起きているのは、計算の余地がない既定事実だった。


「戦争」という名の新案件

サニアが、震える手で一枚の報告書を俺の前に置いた。

そこには、これまで俺たちが必死に避けてきた、禁忌の言葉がタイトルとして刻まれている。


件名:第1種広域武力紛争(戦争)の発生に関する事案


「係長……もう、『事故』としても『不備』としても処理できません。現場からは、組織的な陣地転換と、負傷者の後送プロトコルが確認されています。彼らは、隣人を殺すことを『業務』として遂行し始めました。……魔王が死んでから、初めての戦争です」


サニアの瞳には、積み上げてきた事務の山が崩れ去るのを見つめるような絶望が宿っていた。

俺はペンを手に取ったが、その先にあるのはもはや「修正」ではない。ただ、壊れていく世界をありのままに記述することだけだ。


戦場の「境界」

トウマが、戦況マップに青と赤の線を引いていく。その線は、昨日まで俺たちが「居住区」と呼んでいた場所を無慈悲に切り裂いていた。


「小規模ですが、極めて純度の高い殺し合いです。ドワーフ側はエルフの魔力供給を断つために変電所を破壊し、人族はドワーフの食糧倉庫を焼きました。互いの生存基盤を、ピンポイントで潰し合っている。……事務屋として言わせてもらえば、これほど『効率的な自滅』は見たことがありません」


トウマの皮肉は、鋭いナイフのように俺の胸に突き刺さった。俺たちが物流を整え、情報を共有し、効率的な社会を作った結果、彼らは「どうすれば相手が一番痛がるか」を完璧に理解してしまったのだ。


「勇者。お前はどうする。あそこに戻るか?」


部屋の隅、聖剣を杖のように突いて座り込んでいた勇者が、ゆっくりと顔を上げた。その瞳からは、かつての英雄の光は失われ、ただ深い倦怠感だけが漂っている。


「……戻ってどうする。あいつらはもう、俺を『平和の使者』じゃなく、『敵を殺してくれない不燃ゴミ』だと思ってやがる。……事務屋。あいつらにとっちゃ、今は平和よりも、隣の奴を殺して手に入れるパンの方が価値があるんだよ。俺の剣じゃ、そのパンは焼いてやれねえ」


事務屋の最終決断

俺は、自分のデスクの引き出しから、一通の「未完」の書類を取り出した。

世界を管理するために書き続けてきた、俺たちのアイデンティティそのものだ。


俺はその書類の余白に、力強く、そして静かにこう書き込んだ。


現状認識: 相互不信による平和維持システムの完全崩壊。


対応策: 存在しない。


備考: 本日、世界最強の部署は「管理」を放棄し、「終戦」に向けた長期的な清算業務に移行する。


「これはもう、案件じゃない。……歴史だ」


俺はペンを置き、窓の外を見た。

朝陽に照らされた王都のあちこちから、黒煙が立ち上っている。

平和な空は、自分たちの手で引き裂かれた。


「まあ、世界最強の部署にはなったらしい。……だが、その最強の力で守れたものは、ただの紙切れ一枚だったな」


窓の外で、再び大きな地響きが鳴った。

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