第112話:軍の復活
窓の外から聞こえてくるのは、かつての賑やかな市場の喧騒ではない。規則正しく地面を叩く、何千もの軍靴の音だ。
執務室のモニターには、各種族の居住区で急速に組織化されていく「武力」の姿が映し出されていた。ミラが弾き出すデータは、もはや治安維持という名目の「自警団」が、その皮を脱ぎ捨てたことを示している。
「報告します。人族、エルフ、ドワーフ、獣人。すべての勢力が『非常事態宣言』を発令。自警団を正規軍へと再編しました。制服の統一、階級制度の導入、さらには旧大戦時に封印されていた重魔導兵器の再稼働が確認されています」
ミラの声は震えていなかったが、その情報の重みは執務室の空気を物理的に押し潰していた。
牙を剥く「平和の守り手」
トウマが、物流の最終確認として一枚のリストを差し出した。そこには、復興資材として送られたはずの鉄材が、数万本の槍の穂先へと形を変えた記録が並んでいる。
「係長、これはもう『自衛』の域を超えています。ドワーフ側は最新の魔導戦車を実戦配備し、エルフ側は広域殲滅魔法の詠唱班を国境線に配置しました。彼らが手にしているのは、身を守るための盾ではありません。隣人を効率的に殺害するための軍隊です」
サニアが、積み上がった「平和維持規約」の書類を力なく見つめた。
「私たちが定めた規約では、各種族の保有武装は『警察権の範囲内』に限定されていたはずです。でも、彼らはその法を自分たちの都合の良いように解釈し直した。……平和を維持するために私たちが配分した予算が、軍備拡張の資金源になってしまったんです」
平和という名の苗床に、戦争という名の毒花が咲き誇っている。俺たちが世界を整えれば整えるほど、彼らはその整ったインフラを使って、より完璧な軍隊を作り上げてしまった。
英雄の眼光
部屋の隅で、ずっと窓の外の行軍を眺めていた勇者が、低く唸るような声を漏らした。
「……事務屋。あいつらの瞳を見てみろ。数日前まで怯えていた市民の目じゃない。ありゃあ、命令一つで引き金を引き、返り血を浴びても瞬き一つしない兵士の目だ」
勇者が聖剣をきつく握りしめる。
「魔王がいなくなった世界で、人間は自分たちの中に新しい魔王を作り出した。……いや、最初からいたんだな。平和っていう仮面を被せて、見えないようにしていただけだ。それが今、正式な『軍隊』として復活しやがった」
俺は、自分のデスクに置かれた「平和維持活動報告書」をゴミ箱へ放り込んだ。
そこにあるのは、管理不能となった世界の残骸だ。
「……認めざるを得ないな」
俺はペンを握り、白紙の書類に新しい組織名を書き込んだ。
人族: 王都中央守備軍
ドワーフ: 鋼鉄独立旅団
エルフ: 聖森魔導兵団
獣人: 荒野連合軍
「自警団なんていう生温い呼び方は終わりだ。これからは、国と国との殺し合い……いや、かつての戦争の続きが始まる。事務屋として、俺たちはその『開戦準備』を記録するだけの存在になったわけだ」
俺は、冷え切ったコーヒーを喉に流し込んだ。
世界最強の部署、雑務課。
俺たちは魔王を倒したあとの世界を、完璧な事務処理で支配してきた。だが、復活した「軍隊」の咆哮は、俺たちのペンの音を無慈悲にかき消していく。
「勇者。お前が言っていた『見えない敵』が、ついに制服を着て、旗を掲げて現れたぞ。……皮肉なもんだ。俺たちが守りたかった平和な空が、今や爆撃魔導の標的に見えて仕方がない」




