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勇者になれなかった俺、配属先の「雑務課」で世界最強の組織を作ってしまう  作者: 限界まで足掻いた人生
雑務課 業務日誌総括

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第111話:正式な対立

執務室のメインモニターに映し出されたのは、ドワーフ工業区の巨大な鉄門の上に掲げられた、見たこともない紋章の旗だった。それは王国の紋章を黒いペンキで塗り潰し、その上に金色の槌と歯車をあしらった「独立」の象徴。


ミラが、震えるような機械音と共に、ドワーフ自治組織からの公式声明を読み上げる。


「通達します。本日午前八時をもって、ドワーフ工業区は『鉄鋼自治領』としての独立を宣言する。我々はこれより王国の法、および雑務課の管理下を離れ、独自の通商と防衛を行う。我々の技術と労働を搾取するのみの『偽りの平和』には、これ以上加担しない」


その冷徹な宣言が室内に響き渡った直後、今度はエルフ居住区側から、精霊魔法による高出力の広域通信が割り込んできた。


「ドワーフの暴挙を断じて認めない。彼らが独立を宣言し、鉱石と燃料の供給を独占することは、全種族の生存を脅かす明らかな条約違反である。速やかに独立を撤回し、管理下に戻らぬ限り、我々エルフ守護隊は『自衛』のために彼らの工業施設への魔力供給を遮断する」


沈黙が執務室を支配した。

これまで「小競り合い」や「暴動」として処理してきた歪みが、ついに「国家間の対立」という最悪の、そして正式な形を持って顕在化したのだ。


「……ついに、言ってしまったか」


俺はペンを握ることすら忘れ、モニターに映る二つの対峙する陣営を見つめた。

サニアが、積み上がった「和平交渉の草案」を床に叩きつけた。


「係長、もう手遅れです! これはもはや、事務的なミスや感情のつれではありません。彼らは明確に、自分たちの利益のために他者を切り捨てることを選んだ。エルフ側の反発も、正義ではなく『資源の囲い込み』に対する恐怖です。……平和という名のシステムは、完全に機能不全に陥りました」


「機能不全じゃない。死んだんだよ、サニア」


俺の声は、自分でも驚くほど冷たく、乾いていた。


「平和」の葬送

トウマが、王都の地図上に引かれた境界線を、さらに太く書き換えた。


「ドワーフの独立宣言により、王都のエネルギーラインは完全に寸断されました。エルフが魔力供給を止めれば、工業区は沈黙し、ドワーフは報復として王都全体の暖房用燃料を止めるでしょう。冬を前にして、これは数万人規模の死を意味する『死刑宣告』です」


トウマの眼鏡の奥には、もはや数字を追う熱意はなかった。あるのは、論理的な崩壊を見届ける事務屋の虚脱感だけだ。


「勇者、お前ならどうする。あいつらを剣で脅して、無理やり握手させるか?」


部屋の隅で、聖剣の鞘を握りしめていた勇者が、ゆっくりと首を横に振った。


「……無理だな。あいつらの瞳に宿っているのは、魔王への恐怖じゃない。隣に住む奴が自分たちより贅沢をしていることへの『嫉妬』と、自分たちが奪われることへの『恐怖』だ。そんなもん、俺の剣じゃ斬れねえよ。……事務屋、お前のペンも、もうインクが切れたようだな」


勇者の言う通りだった。

俺がどれだけ美麗な契約書を書いても、彼らはそれを読みもしないだろう。彼らが欲しがっているのは「合意」ではなく、相手を屈服させるための「力」なのだ。


「ミラ。……紛争発生件数を、手動で書き換えろ」


「……何とお書きすればよろしいでしょうか」


「『全面戦争の予兆』だ。もう誤差なんて言葉で誤魔化すのはやめだ。嘘をつくためのエネルギーすら、今のこの部署には残っていない」


俺はデスクの上に散らばった、平和を維持するための小細工の数々を、無造作にゴミ箱へ掃き捨てた。

世界最強の部署、雑務課。

俺たちは魔王亡き後の世界を管理してきた。だが、自分たちの手で世界をバラバラに切り裂こうとする連中を繋ぎ止める術は、どのマニュアルにも載っていなかった。


「サニア、トウマ。これより雑務課は、王都の管理業務を正式に放棄する」


「係長!?」


「その代わり、新しい業務を開始する。……『文明崩壊の最小化』だ。彼らが殺し合うのを止められないなら、せめて共倒れにならないための、最悪の妥協点を探る。これが、事務屋としての最後の大掃除だ」


窓の外では、ドワーフの工場が吐き出す黒煙と、エルフの森から放たれる精霊の光が、王都の空で不気味に交差していた。

正式な対立。

それは、俺たちが愛した「平和」という名の幻想が、音を立てて崩れ去る合図だった。


俺は引き出しの奥から、一本の古びた万年筆を取り出した。

もはや平和を謳うためのものではない。

この壊れゆく世界の、最期の一文字までを冷徹に記録するためのペンだ。


「さあ、始めようか。世界で一番厄介な、後始末を」

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