表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者になれなかった俺、配属先の「雑務課」で世界最強の組織を作ってしまう  作者: 限界まで足掻いた人生
雑務課 業務日誌総括

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

107/170

第107話:自治組織

王都を包囲するように膨れ上がったスラムの地図は、今や迷路のような細分化を遂げていた。ミラのホログラムが映し出すのは、昨日までには存在しなかった「武装した点」の集合体だ。それは単なる暴徒の集まりではなく、明確な意思を持って組織された集団の胎動だった。


「報告します。スラム全域において、各種族による『自警団』の結成が完了しました。人族の『王都外縁防衛団』、ドワーフの『鉄槌組合』、エルフの『古森守護隊』、そして獣人の『牙の同盟』。彼らは独自に居住区の境界を封鎖し、外部の立ち入りを厳格に制限しています」


ミラの報告に、サニアが顔を青くして書類を叩きつけた。


「これは自治ではありません。実質的な『独立』です! 私たちが設置した安全維持ゲートを、彼らは自分たちの『検問所』として利用し始めています。雑務課の発行した通行証すら、彼らの許可がなければ機能しない状況です」


「……自分たちを守るために立ち上がったはずなのに。どうして、自分たちの殻に閉じこもってしまうんだ」


カイルが力なく呟く。彼の手元には、地方から流入してきた人々への支援物資が、自警団によって「没収」されたという苦情の山があった。


「カイル、彼らにとっての『敵』が変わったんだよ」


俺はペンを回し、デスクに広げられた各組織の紋章を眺めた。


「地方が崩壊し、制度からも見捨てられた連中にとって、頼れるのは同じ血を引く同胞だけだ。俺たちが提供する『不備だらけの平和』よりも、隣に立つ同種の仲間が握る武器の方が、よっぽど信頼に値するということだ。彼らは自分たちの生存をかけて、我々の管理システムを拒絶し始めた」


「でも、係長。これではスラムの中に、四つの小さな『国』ができたようなものです。彼らは互いに干渉を拒み、独自の法を敷こうとしています。これ以上の分離は、王都の秩序を根本から破壊します」


サニアの懸念は正しい。地方から流れ込んできた元兵士や職人たちが、その技術と経験を「自警」という名目で注ぎ込んだ結果、スラムはもはや手の付けられない要塞群へと変貌していた。


「事務的に処理するなら、これは『管理権の簒奪』だ」


俺は立ち上がり、窓の外、スラムの各所に掲げられた各種族の旗を見つめた。


「彼らはもう、俺たちの言葉を信じていない。自分たちの土地、自分たちの食料、自分たちの正義。それを守るために、境界線を引き直したんだ。……敵が見えないと言ったな、勇者」


部屋の隅で、聖剣の鞘を撫でていた勇者がゆっくりと顔を上げた。


「ああ。これまでは『不穏な空気』だったが、今ははっきりと見えるぜ。あいつらの瞳に宿っているのは、守るための覚悟じゃない。自分たち以外を排除するための、冷たい拒絶だ。……平和を守るために引いた線が、いつの間にか、互いの首を絞める鎖になっちまったな」


勇者の言葉通り、自警団の活動はもはや防衛の域を超えていた。特定の種族が管理する井戸を他種族には使わせず、資源の通り道である路地を封鎖して通行料を要求する。自治という名の「独占」が、スラムの歪みを加速させている。


「トウマ、自警団の背後にある物資の動きはどうだ」


「……最悪です。第104話で検知した武器の流通は、これらの自治組織を通じて完全に隠蔽されました。彼らは自分たちの工房を持ち、自分たちのルールで武装を強化しています。我々の規制という名の網は、既にズタズタです」


トウマの報告に、俺は深く溜息をついた。

事務屋として、俺は世界を整え、誰もが平等に暮らせるシステムを構築したつもりだった。だが、俺が「平和」という名の箱を完璧に作れば作るほど、その中に入りきれなかった人々は、自分たちだけの箱を作り、鍵をかけてしまった。


「係長、どうしますか。武力を行使して自警団を解散させますか? それとも、さらに強力な法規で彼らを縛り上げますか?」


サニアの問いに、俺は首を横に振った。


「強制すれば、それが内戦の合図になる。彼らが望んでいるのは、自分たちの権利の承認だ。だったら、事務屋としてその『承認』を逆手に取ってやる」


俺は白紙の書類に、新しいタイトルの書き込みを始めた。

『スラム自治組織に関する特別認可規約』。


「彼らに、公式な『自治権』を与えてやる。その代わり、雑務課が定義する『最低限の公共義務』を課す。道を通すこと、水を分けること、そして――互いに殺し合わないこと。この義務を果たせない組織は、その瞬間から『反乱軍』として定義し、すべてのリソース供給を事務的に抹消する」


「……認めさせることで、管理の枠に引き戻すというのですか」


「ああ。野に放たれた猛獣を檻に戻すことはできない。なら、その野原全体を、新しい檻として再定義するだけだ」


俺はペンを握り直し、震える手で承認のサインを書き込んだ。

それは平和の維持というよりは、崩壊しつつある世界を、かろうじて書類の重みで繋ぎ止めるための、苦肉の策だった。


「勇者、お前の出番だ。各種族の自警団のリーダーに、この書類を届けに行け。平和の使者としてではなく、この契約を破った瞬間に現れる『最強の死神』としてな」


勇者は不敵な笑みを浮かべ、聖剣を肩に担いだ。


「へっ、事務屋。お前の頼みはいつも汚ねえ仕事ばかりだな。だが、その『鎖』がないと、この街は今夜中に燃えちまう。……行ってくるぜ」


窓の外では、夕暮れのスラムに各種族の焚き火が灯り始めていた。

それは団結の火ではなく、他者を拒絶するための境界線の明かりだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ