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勇者になれなかった俺、配属先の「雑務課」で世界最強の組織を作ってしまう  作者: 限界まで足掻いた人生
雑務課 業務日誌総括

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第104話:商人の動き

深夜の執務室に、トウマが音もなく入ってきた。彼の腕には、いつになく膨大な量のログデータが収められた魔導端末が抱えられている。いつもは冷静な彼の眼鏡の奥に、鋭い不信の光が宿っていた。


「係長、経済活動のログに、極めて不自然な数値の偏りを発見しました。物流網を再編して以来、これほどまでに論理性を欠いた物資の移動は初めてです」


トウマが端末を操作すると、王都の市場における「品目別売上推移」が壁一面に投影された。一見すると、復興需要に伴う建築資材の活発な取引に見える。だが、トウマがその内訳を細分化していくと、戦慄すべき実態が浮き彫りになった。


「食料や衣類の流通量は横ばい、あるいは低下しています。しかし、特定の『原材料』だけが、通常の経済活動では説明がつかない速度で市場から消えている。……鉄、銀、高品質の魔力結晶。そして、加工用の硬化剤です」


「……復興用の資材じゃないのか」


俺の問いに、トウマは首を横に振った。


「いいえ。それらの行き先を追跡したところ、興味深い――いえ、最悪の傾向が見て取れます。これらの物資は、各居住区の閉鎖的な工房へと、種族別に、そして意図的に『選別』されて運び込まれています」


トウマがマップ上に、それぞれの居住区で購入されている資材のリストを表示させた。


「人族の居住区では、ドワーフの重装甲を貫くための高硬度な刺突武器用合金が。ドワーフの居住区では、エルフの精霊魔法を減衰させるための絶縁性鉱石が。そしてエルフの居住区では、森林火災を伴わずに人体の魔力回路を焼切るための、特殊な触媒反応を起こす矢の材料が。……売れているのは、かつての戦争で使われたような汎用兵器ではありません。特定の隣人を、効率的に殺害するための『特注品』です」


執務室に、凍りつくような沈黙が流れた。

サニアが震える手で、そのリストを指差した。


「……商人は、平和を望んでいるわけではないのですか? 物流が止まれば、彼らだって損をするはずなのに」


「商人が望むのは平和ではなく、需要です、サニアさん。そして今、この分断された王都で最も高まっている需要は『防衛』という名の攻撃準備だ。彼らは気づいているのですよ。我々が作った平和という名の制度が、既にその内側から腐り始めていることに」


トウマの声には、一切の感情が排されていた。だからこそ、その言葉は残酷な真実として俺の胸に突き刺さる。


「係長、これはもはや事務的な調整で止められる範囲を超えています。武器が売れているということは、人々が『次の衝突』を不可避だと確信している証拠です。彼らはもう、対話など信じていない。信じているのは、手元にある刃の鋭さだけだ」


俺はデスクに広げられたリストを見つめた。

そこには、俺たちが第103話で無理やり結ばせた「合意書」の影で、人々が着々と進めてきた「裏の予算執行」が記録されていた。


「事務屋として、世界最強の管理システムを作ったつもりだった」


俺はペンを握りしめ、その冷たい感触を確かめた。


「だが、俺たちが物流を整え、経済を安定させた結果、彼らはより効率的に、より正確に、隣人を殺すための道具を揃える力を手に入れてしまったわけだ。平和を維持するためのインフラが、内戦の準備を加速させる装置に成り下がっている」


部屋の隅で、勇者が聖剣をきつく握り直した。その瞳には、かつての魔王軍との戦いとは異なる、暗く、重い光が宿っている。


「……事務屋。俺は魔王を倒して、武器を農具に持ち替える世界を作ったはずだった。でも、今の連中は、農具を隠れ蓑にして、より陰湿な武器を研いでやがる。お前の帳簿には、死の匂いが染み付いちまったな」


「黙れ。……まだ終わっていない」


俺は立ち上がり、トウマに指示を飛ばした。


「トウマ、これらの特定資材に対して、即座に『平和維持特別輸出入規制』をかけろ。名目は環境保全のための資源制限だ。サニア、商ギルドの代表を呼び出せ。彼らが死の商人として稼ぐ利益を、すべて『戦時利得税』として事前徴収するプロトコルを作成しろ。武器を売るよりも、平和を売る方が儲かるという現実を、数字で分からせてやる」


「……それは、商人の反発を招き、経済をさらに停滞させることになりますが」


トウマの指摘に、俺は不敵な笑みを浮かべた。


「構わない。停滞は死よりはマシだ。世界を止めてでも、俺はこの殺し合いの準備を事務的に凍結させてやる。世界最強の部署を舐めるな。俺の許可なく、一本の矢、一振りの剣すら、この街で流通させると思うなよ」


窓の外では、夕闇が王都を包み込み、各居住区の灯りが点々と灯り始めていた。

その明かりの下で、今も静かに、刃を研ぐ音が響いていることを俺は知っている。

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