闇を裂く一閃
「零! ぼーっとしてんじゃないわよ! そいつから離れなさいって言ってるでしょ!」
黒猫――本物のルナが、鋭い爪を剥き出しにして街灯の上から飛びかかってくる。
その瞬間、零の隣にいた「何か」が、醜悪な本性を現した。
ルナの声を真似ていたそれは、猫の形ですらなくなっていく。粘りつくような蜘蛛の糸が何重にも絡まり合い、無理やり「ルナ(猫)」の輪郭を模していただけの、土蜘蛛の残滓。
偽物の『ルナ』が、裂けるような音を立てて膨れ上がった。
『ヒヒッ……、良イ器ダッタ。魂ノ抜ケタ「用済ミ」ノ殻ヨ……』
偽物の口から漏れたのは、さっき倒したはずの土蜘蛛の、あの老婆の声だ。
偽物の毛並みは一瞬でドロドロの糸へと変わり、太く毛むくじゃらな蜘蛛の脚が、零の超ミニの裾へとしがみつく。
「なになに!? あんた、まだ生きてたの!?」
「生きてるわけないでしょ。それは死に際の土蜘蛛が残した『執着』……あんたを油断させて悠真を連れ去るための幻よ!」
本物のルナが、空中で漆黒の炎を纏い、偽物の糸の塊を切り裂いた。
ギャアアア! という悲鳴と共に、土蜘蛛の残滓が霧散する。
だが、安堵したのも束の間。神社の境内の地面が、ズブズブと底なしの泥濘へと変貌した。悠真の体が、その闇の中へと引きずり込まれていく。
「悠真!」
「零、待ちなさい! むやみに突っ込んだらあんたの魂まで持っていかれるわよ!」
黒猫が零の肩に飛び乗り、金の瞳を光らせる。
零はバットを強く握りしめ、泥の中に消えかける悠真の襟元を左手で掴んだ。
「離しなさいよ、この有象無象がぁっ!」
零の怒りに呼応し、背後に巨大な鬼の幻影が立ち上がる。
バットを構えた無敵の美脚が、泥濘を爆ぜさせるように地面を蹴った。
「ルナ! こいつの『中身』、どこにあるのよ!」
「あの穴の底、怨念の核よ! 私が道を空けるから、あんたのそのバットで、まとめてぶち抜いて!」
黒猫が零の肩から、闇の底へと向かって霊力の奔流を放つ。
一瞬、泥の奥に土蜘蛛の心臓部が赤く光るのが見えた。
「おりゃぁぁあああ!!!!」
霊力の塊となったバットが、空間ごと泥濘を粉砕した。
ズガァァァァァァァァン!!!!!
衝撃波で神社の霧が完全に晴れ、境内に夜の静寂が戻る。
「……ハァ、ハァ……。ったく、しつこいのよ」
零がバットを担ぎ直すと、腕の中の悠真が「……う、ん」と小さく呻き声を上げた。
その瞳には、はっきりと零の姿が映っている。
「……あ。零? なんで、お前、そんなに顔が近……」
「……あんた、いつまで寝てんのよ。さあ、帰るわよ、ルナ」
零は照れ隠しに悠真を乱暴に立たせ、足元で毛繕いを始めた本物の黒猫を横目で見た。
「……ふふ。今のスイング、最高にクールだったわよ、零」
黒猫のルナが、不敵に喉を鳴らした。




