幻夢の残滓、真を射抜く鉄槌
「反射……? そんなの、私が認めるわけないでしょ」
零の瞳に、静かな、しかし苛烈な怒りが灯る。
目の前のルナ(偽物)は、冷ややかに周囲の空間を指し示した。
「認めようが認めまいが、ここはまだ土蜘蛛が作り出した幻術の階層だよ。あんたが見た悠真も、今そこに転がっている体も、本物じゃない」
その言葉を裏付けるように、周囲の景色がドロリと溶け始めた。
「れい、れい? いい、私の言う通りに唱えて!」
脳味噌の深層に直接、本物のルナの焦燥に駆られた声が響き始めた。
『このままだとあんたもここに取り残される! 言葉に力を込めて、一気に解き放つの! オン・アビラウンケン・ソワカ! ほら、復唱して!』
「……あーもう、分かったわよ! 言えばいいんでしょ、言えば!」
零はバットを肩に担ぎ、一気に踏み込む。
ルナの声に導かれるまま、腹の底から霊圧を言葉に乗せて吐き出した。
「オン・アビラウンケン・ソワカ! ……幻術ならば、真の姿をさっさと示しなさいよ!」
言葉に宿った強大な霊力が、言葉の終わりを待たずに爆ぜる。
「私のバットが届かない場所なんて、この世にねーんだよ!!」
零が目を見開くと同時に、渾身のフルスイングを叩きつける。
真言による法力と、零の理不尽な破壊力が混ざり合い、空間そのものを粉砕した。
――ガッシャァァァァァァァン!!
ガラスが割れるような音を立てて、偽りの世界が崩壊する。
「……っ、『きったな』……」
目を開けると、零の体はベッタリとした白い糸に包まれ、巨大な蜘蛛の巣に吊るされていた。
横には、同じように糸に巻かれた悠真。
そして、その奥。闇の中で、八本の脚を蠢かせる本物の『土蜘蛛』が、忌々しそうに無数の目を細めた。
「……チッ、目覚めタカ。人間ノ分際デ、我ガ真言デ幻術ヲ内側カラ食い破ルトハ。……全ク、美味ソーナ魂ノクセニ、捕食すら叶わぬ厄介ナ女ヨ」
土蜘蛛にとって、零は獲物ですらなかった。その身に纏う黒い霊圧は、触れるものすべてを焼き切る猛毒。食えば内側から消滅させられる――土蜘蛛は本能的に、この女を『消化できない』と理解し、戦慄していた。
「捕食? あんたなんかに食べられるほど、私は安くないわよ」
零は自らを縛る糸を、溢れ出す黒い霊圧だけで引きちぎり、地面に着地した。
そのまま一気に距離を詰め、絶世の美脚を翻してフルスイングを叩き込む。
ズガァァァァァァァァン!!!!!
霊力を込めたバットが、土蜘蛛の巨躯を粉砕した。
塵となって消えていく怪異を見届け、零は糸から落ちた悠真を抱きかかえる。
「……ふぅ、やっと戻ってきた。零、今の真言、最高にクールだったよ」
本物のルナが、ふらつきながら零の隣に現れた。
「ルナ。……あいつ、助かるの?」
ルナは沈痛な面持ちで悠真を見下ろし、首を横に振った。
「……零。残念だけど、魂は手遅れだ。追いかけないといけない」
「は? 何言ってんのよ」
「あいつはただの門番に過ぎなかった。悠真の魂は、もうここにはない……さらに奥の領域へ引きずり込まれた。魂はまだ、ギリギリこの巣のどこかに繋ぎ止められている。けど、器はもう限界だ。……一度、安全な場所(神社)の『こちら側』へ魂だけを逃がして、器は一旦ここに置いていこう」
零は、意識のない幼馴染の顔をじっと見つめた。
ここ(マガツの世界の神社)は、彼自身の家。魂が抜けた体でも、ここなら一番馴染むはずだ。
「……悠真。あんたの魂、私が絶対に取り戻してやるから。それまでここで大人しく待ってなさい」
零は器となった彼を、神社の拝殿の奥へと横たえた。
「行くわよ、ルナ。逃がさないわ。私の遊び相手を盗んだツケ、きっちり払わせてやる」
暗闇のさらに深淵、魂が消えた方角を見据え、零は再びバットを構え直した。




