51 ウォータースライダー
特に何も変わった事が起こらない平和な日々が延々と続いていく。いや、正確には色々と変わっているのだが、俺の生活拠点はずっと隠れ家のままだし、それを変える理由も特には無い。
海岸に出て、いつものように素晴らしく美しい水平線を眺めていると、メーブの後ろに並んで砂浜を走ってくるアカイとアオイとキーロの姿が目に入った。別段何ということは無い光景だが、砂浜を走っているにしては速度が異常に速い。
彼女たちの日課である勉強と運動によって、3人の身体能力はゆっくり確実に向上し、剣や魔法もそこそこ…いや、多分相当なレベルで使えるようになってきている。
知能の方はまだまだ微妙だが、今、外の世界に出すことに成功したとして、物理的攻撃が通用しないスライムボディを持つ彼女たちに勝てる奴は少ないのではないだろうか?
複製体である俺自身の見た目が何も変わっていないので自分でも実感が湧かないのだが、オリジナルの俺が現実世界に帰っていってから、なんだかんだで10年が経過した。
現実世界の時間では1ヶ月ちょいの時間経過でしかないのだが、案の定、全く顔を見せに来ないオリジナルの俺やモルテの事を考える事は、もう殆ど無くなってしまった。最近では、現実世界での生活のあれこれが夢だったかのように思えてくる…。
「あのぉ…ご主人様、お願いがあるのですが…」
メーブがまた何かを頼みにやってきた。お世話係ゴーレムのメーブは時折俺の前にやってきて巨大な乳房を弾ませながらお願い事をしてくる。しかも、その内容は大抵、俺の好みにピッタリだ。
「メーブ、お前、本当に良くわかっているやつだな…!この10年、お前には感心させられる事ばかりだ…!」
「さすがご主人様です!話が早いですね!今回のこれは、お嬢様達も喜びますよ!!」
モルテの作り出した隠れ家が建てられている海岸空間は、この10年で驚くべき変化を遂げている。通常の街に存在するありとあらゆる施設が存在し、その街を運営するゴーレム達が闊歩しているのだ。もはやこの空間はゴーレム達の疑似国家として立派に成立していると言って良い状態だ。
この空間独自の通貨まで存在する。単位はモルテにしてやった。ゴーレム達が働いてモルテを稼ぎ、モルテを使って生活している。最初はどうなるんだろうこれ?と思ったのだが、意外な事に特に問題なく街は発展していった。
「ゴーレムって言っても、ご主人様の作られるゴーレムは、生き物とあまり変わりがありません。食事もとりますし、睡眠も必要です。何気に寿命もありますし、作ろうと思えば、子供だって…!!」
「えっ?嘘?みんなゴーレムなのに、そんな事出来ちゃうの!?」
両手で頬を隠し顔を赤らめて照れるメーブの態度からすると、どうやら本当の話らしい。俺は一体、何を産み出してしまったのか…!?
翌日、早速メーブの要望通りの設備を作り始める。何気に今回の物は俺の中に具体的なイメージが全く無かったのだが、テレビなどで目にする機会は多く、割と憧れてはいたので、試行錯誤の末に何とか作成に成功した。
なんということでしょう!
「うわあああっ!!」
「すごい!すごーい!すごおおい!!」
「ひいいいい~ん!!」
悲鳴や歓声を上げながら、可愛らしい水着を着てウォータースライダーをびゅんびゅん滑っていく、ものすごく楽しそうな3人を見ていると、使えるのが海水という難題をクリアして作り上げた甲斐があったという物だ。
「素晴らしい…素晴らしいですご主人様ー!!私が欲したこの素晴らしき景色…っ!!こ、これは…たまらんっ…たまりませんっ…!!!へ、へへっ…へへ、うへへっ…これだよ、これ…すげえっ、すげえ光景だよっ…ああっ、あああっ、んああああっ!!んああああああああっ!!!!」
ウォータースライダーを滑り降りてくるスライム女子たちを見て、大興奮したメーブが特殊な性癖を爆発させて騒いでいる。
こういう時の為に過去に作った電撃調教ゴーレムの電撃は、彼女に対してもはや何の効果も無いらしく、居場所を失った彼は発電能力を買われて街で働いているらしい…。
色々と心配になるメーブだが、俺と同じく内面や外観などに殆ど変化のないゴーレムなので、実際に手を出したりする気がないらしい現状の精神状態を保っているのならば割と安心できる保護者だ。
…と思っているのだけど、彼女が変態モードに入った時に口から漏れ出してくる言葉を聞いていると、やはり何か対策を考えなくてはならない気がした。
そうこうしていると、時間はどんどん過ぎていく。
20年目にもなると、この空間から脱出して現実に行く方法などを各種試しているのだが、上手くいく気配が全くない。
「うーん、素人考えなんですけど、転移魔法や跳躍魔法をお使いになったら良いんじゃないでしょうか?」
メーブのアドバイスの手法はとっくに試しているが、無理だった。空間の壁が邪魔をして外に出ることが出来ないのだ。壁に穴を開ける事も試してみたのだが、手持ちの手段ではどうにもならなかったのだ。
そういえば、ミミさんやココさんが長年追っていた謎の罠空間の中から、俺が考え付くような手段で逃げ出すことに成功したなんていう話は耳にしたこともない。同じような物なのかもしれない。
「うーん、お手上げかも。モルテはこの空間を自分の最高傑作だって言ってたけど、よっぽど良く出来てたんじゃないかな…」
「モルテ様は天使様なのですよね?それでしたら、我々のいるこの空間関係の操作には、天使様特有の技なり力なりが必要なのではないでしょうか?」
「ああ、そうなのかもしれない…元々この空間はモルテが天使だった時に作ってたし、転生して人間になったモルテはこの空間に対して何もできなかったし…いや、まぁ好き勝手に使ってはいたんだけど…」
と、そこまで話して、ふと気が付いた。どうして俺は20年間もこの事に気が付かなかったのだろうか?よく考えてみたら、モルテならば俺と同じような複製体を作ることが出来るのではないだろうか?と。
モルテならば、この空間から普通に出る方法を知っている筈だ。何しろこの空間を作ったのはモルテなのだから。本人の同意なしに勝手に複製体を作るのは正直どうかとも思うが、この空間を作った責任はモルテにあるのだから、仕方のない事ですよね?
試しに脳内でモルテを描いてみる。彼女とは結構な時間を共に過ごしたが、もう20年も顔を見ていないので、記憶も大分薄れている。だが、まぁ、多分こんな感じだったと思うのだが…。とりあえずこれの実現を信じ込んでみるか…?なんか、ダメっぽいけど…?
ここに在~れっ…と。思ったのだが、何か感覚が違う。失敗したのだろうか?イメージが薄すぎる…?
一瞬遅れて姿を現したのは、懐かしいモルテ…だった筈なのだが、何かがおかしい。顔が違う。髪の色も違う。目つきが怪しく何処を見ているのか分からず、体をくねくねとさせている。服装も水着みたいな変な服だ。耳が長く、おそらくは…エルフなのではないだろうか?
俺のイメージが良くなかったのか、20年前の姿しか情報が無かったから存在が曖昧なのか、原因は良くわからないのだが、とにかくこれはモルテではない。手に握っているのは、いかにもヤバそうな光沢を放つ黒いナイフだ…。
「モルテ様…でしょうか?わたくしめはご主人様のお嬢様をお世話する役割を申し付かっているゴーレムのメーブと申します」
「メーブ、見りゃわかるだろう、この人はモルテじゃないし、何か異常だぞ…ちょっと距離を取った方が…」
次の瞬間、メーブの身体が素早く動き、空中で停止する。偽モルテの放ったパンチを避けたのだ。
「ご主人様、戦闘の許可を頂けますか?このモルテ様…?は、恐らく複製体として成立していません…別の何かでしょうか?」
「この人はモルテじゃないってば。戦闘を許可する。なるべく死傷は避けて」
「御意のままに」
メーブはお世話と教育係のゴーレムだが、その目的を達成する為、いざと言う時3人を守る為、若干の戦闘能力がある。特に重視したのが速度で、パイパイの高速化戦闘技術を超える速度で動き回ることが出来るのだ。恐らく単純な戦闘能力では俺よりも強い。
対する偽モルテはなんとメーブの動きに付いていっている。手に持ったヤバそうな黒いナイフを使う気は無いようで、時折軽いパンチを放っているが、殺意を感じる程ではない。しかし、相当の使い手であることが解る。メーブでは歯が立たないのではないか…!?
相変わらず体の動きはくねくねとしていて壊れた人形のよう。先程から一言も発さなかった偽モルテだったが、急に顔だけを俺の方向に向けて喋り出した。
「うーん…?お前たちは、何?」
当然だがモルテの声ではない。この状況を楽しんでいるような感じすらする。
「俺達は色々あってこの空間で暮らしてるのだが…」
「そう。残念だけど、この空間を破壊するのが私の仕事だから、ついでにさようならだね…」
突然、偽モルテの手に握られたナイフの怪しげな輝きが膨らみ始める。あれは…放置していたらヤバいものではないだろうか?とっさの判断で、ナイフの徹底的な破壊と消滅を脳内に描き、それを実現した。
何か得体のしれない壊してはいけないものを壊してしまった感覚を覚えたが、考えても仕方がない。ナイフは分子単位まで分解され、影も形も無く消え失せていった。
「……えっ!?消えた!?」
突然手元の武器を失い、慌てる偽モルテを出現させた拘束具で無力化し、地上に作った牢屋に閉じ込める。監守ゴーレムのオマケ付きである。
彼女には詳しく話を聞かねばならない。先程の雰囲気からすると、おそらくこの人は外の世界からやってきた。何らかの移動手段があるのだ…。




