52 ごほうびのステーキ
牢屋……と言っても4畳半くらいの広さがあり、特に何の妨害もなく衣食住を満喫できるというか、最近色々と作ってる各種専用ゴーレム達の働きもあって何一つ不自由なく暮らせるのが売りの快適ニート部屋なのだが……の中で暮らす女から聞き出した情報を、そのまま信じてよいのかはわからない。
姉ちゃんが作っていた真実の椅子の仕組みを部屋そのものに応用しているので、嘘はついていないと思う。ただ、話の内容が良くわからない謎に満ちていたのだ。
「私はジジ。見ての通りエルフで、不要になった異空間の破壊を生業にしている者だ。ある客の所で、お前さんが消し去ったあの怪しげなナイフを渡された瞬間、目前が明るくなってこの空間への道筋が開けたんだ。客は、この空間だけでなく、そのナイフに宿った神の力を使い、飛べる空間全てを破壊しろと言った。私は何故か喜んで従ったのだが、一つ目で失敗した…」
「そのお客様とは、何処の誰なのでしょうか?」
メーブの質問に答えようとするが、何故か声が出ないジジ。口をぱくぱくとさせ、怯えた表情を見せる。
「な…何故だかわからない…答えることが出来ない…?」
「隠したいのでしょうか?いや、隠せるはずがないのですが…?」
「隠す気は無いよ。ただ、喋ろうとすると、記憶が曖昧になってしまう…」
自分の身に起こっている謎の現象に戸惑う女の話は、まだ続いた。
「異空間破壊は私の昔からの天職だが、普段の私は人に戦いを挑んだり、人が居る空間を消し去ったりはしない。誰かが死ぬのって気持ち悪いし…なぜああいう状態になったのか、自分でも不思議で…」
「お客様という方が行った、何らかの洗脳でしょうかね?」
「洗脳にしては短時間に済みすぎているし、洗脳されていた間の記憶やその際に思っていた事なども明確に思い出せるんだ。まるで自分じゃないみたいな自分のわけのわからない思考を…」
正直な所、俺はこのエルフの洗脳事情よりも先に知りたいことがあった。それを聞いた際の返答は、残念極まるものだった。
「この空間から現実世界に戻る手段は、今の私にはわからない。あのナイフは消えてしまったしな…。ここに入ってからも妙に気になって時々空間の安定具合などは調べてはいたのだが、何なんだこの異常すぎる空間は…?徹底的に調べ上げれば出来るかもしれないが、何十年…いや何百年…もしかしたらもっとかな…どのくらいかかるかわからないよ…?」
それならばと、その後、神の力が宿っていたとかいうあの不気味な黒いナイフを再現してみようとしてみたのだが、何故か全く成功しなかった…。
「ご主人様、私どもで調べた感じですが、ジジ様に目立った危険性は全くありませんね…」
外に出す際に念のために内緒で体内に超小型の爆弾や監視装置などを取り付けてはおいたのだが、特に何か妙な事をしでかすわけでもなく、様々な場所を見て回り、今では彼女の自宅になってしまった元牢屋に今日も帰っていく。
ジジはゴーレム達の街を大変気に入ったようで、気が付けば普通に映画館の掃除屋として働き、給料を稼いでいた。この空間内の通貨が無いと買い物が出来ないからだ。
昼間、砂浜に出てみると、学校の教壇に立つジジの姿が見えてびっくりした。一応、まだ囚人の筈なのだが。
「ジジ様は空間魔術師なのだそうです。エルフの里の引きこもり学園の外ではまず見かけない、もの凄くレアな魔術師ですよ。お嬢様達にも是非、空間魔術を学んでいただきたい…!」
メーブが頼みこんでこのような事になったらしいのだが、実態はスライムである彼女たちにそんな高等技術を学べるのだろうか…?
とはいえ俺も空間魔術の事が気になって、3人と一緒に授業を受けてみたのだが、何故だろうか?勉強をした筈なのに、頭がピャーッと沸騰して…以前よりも馬鹿になった気持ちになってしまった。
「も、ものすごくむずかしい…じげんをぬける?ところとか…」
「からだをへんかさせるのはとくいなのに…なにがなんだかわからなかった…」
「えへへ、ばんごはんたべたーい!えへ、えへ、ばんごはんなあに?」
頭が沸騰しすぎて女児の形状を保つのすら億劫になったのか、体のあちこちをぷるぷる崩しながら主張する三人娘。
「おお、これは…凄いな?この子達はスライムなのか…!こんなの、はじめて見たぞ…?疑似人格とかじゃなく、本当に生きてる…」
驚くジジだが、このエルフの持っている知識の量だってすごいぞ…。
そんなこんなで時間はどんどん過ぎ、気が付けばジジがこの空間に来てから1年が経過していた。隠れ家を出て砂浜を歩いていると、バカンス気分を楽しんでいるジジの姿を見かけて、思い付いて声をかけてみた。
「ねえジジ、空間脱出の方法を探るって話、その後どうなったの?」
「えっ?」
砂浜に立派な陣地を築き上げてパフェを食いながら寝椅子に転がっていたジジが、意外そうな顔で俺を見つめ返す。
「今日も魔法人形が地道に抜け道の探索を続けている筈だが…ああそうか、ユウナ殿は人間だから、時間の感覚が違うんだな…あれは、まだまだ終わらんぞ?」
「1年もあれば何か進展とかあるもんかなって思ったんだけど…」
「空間魔術の世界では千年かけても解けない謎とかザラにあるし、だからこそエルフ以外の種族では習得が難しい魔術なんだ。寿命がほぼ無限なスライムのお嬢ちゃん達には向いてるかもしれないが」
「気長に待つしかないのか…」
気長に年月は流れてゆき、気が付けば300年の時が過ぎていた…。
少女たちはゆっくりと着実に成長し、今では中学生くらいの見た目になっているが、俺やメーブ、ジジの姿は全く変化がない。300年という年月も、経ってしまえば大したことは無かった。
「我が教え子たちよ、よくぞここまで学びました。空間魔術師としての基礎を完璧に叩き込むことが出来て、私は大満足だよ」
アカイ、アオイ、キーロの卓上には、それぞれが作った奇妙な形の小さな扉が置かれ、その扉を開けると内側には結構広い異空間が広がっているのが見える。
「お父さん、やったよ!褒めて!褒めて!お小遣いちょうだい!」
「空間魔術は、空間だけじゃなくて、夢が広がるんだよ…!」
「えへへ…私にも出来ました。ああ、パパの晩御飯食べたいなあ…!」
3人がそれそれ作り出した異空間…。特に何も機能は無いし、ドアが狭いので事実上見るだけの空間だが、完成した立派な異空間だ。入り口をうまく加工すれば時折見かける魔法の倉庫袋になるだろうし、色々と夢が広がる。
「あ、あ、あ、ご主人様、見てください!お嬢様達が、あああっ!こんなに立派になられて…!メーブは、メーブは感動してしまって、あああっ!」
「正直驚いているよ。魔術師としてはもう完全に俺よりも上の能力を持っているね…」
俺もこの300年怠けていたわけではなく、自己鍛錬は欠かさずに行っていた。以前に比べたら大幅に強くなったとは思うのだが、娘たちの空間魔術は突出して凄いものだと感じた。
「こりゃあ、今日はこれから浜辺でステーキパーティかな?」
俺の言葉に全員の熱視線がものすごい勢いで突き刺さってくる。この空間の我が家では、ステーキを焼くのはお祝い事の時だけなのだ。
素人調理なので味は保証できないが、能力で最高級の牛肉を作り出して料理の本の手順に従って焼いているし、俺が食べた感じでは最高の味わいなので、多分問題はない筈だ。
それに、この場の全員が俺のステーキを待ち望んでいる…。
「ユウナ殿の焼くステーキは罪な食べ物だな…牛肉はもちろん今までも好きだったが、あのステーキを思い出すと…よだれがとまらなくなる…」
「お父さんのステーキは素敵なの!」
「ちちのステーキ嬉しいなあ!」
「パパ、もろこし!もろこしも焼いてね!」
砂浜に降り立って鉄板を準備し、焼くための素材を産み出しながら、ふと、ステーキパーティの準備を手伝っているジジに声をかけた。
「ねえジジ、そういえばもうずっと聞いてなかった事なんだけど…」
「…脱出の抜け道探索だろ?まだ、何にも見つかってないんだよね…」
はぁ、とため息をついた後、そんな事よりも早くステーキ!と働き始めるジジ。まぁ、そうだろうなあとは思っていたので、特に落胆などせずに肉の下準備などを始めた。
筋を切って、焼く十五分前くらいに胡椒を振って、直前に塩をなじませて…
ジュウウウウッ!!!ジュワアアア!!!
実に美味そうに焼きあがっていくステーキを、全員が皿を持って見守っている…。




