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第六章:二話 骨と教皇の朝の会話

 ルージュは集落に来て以来、教皇としての仕事をほとんど休んでいる。休暇と捉えているのか、神に祈りを捧げる真似事ことすらしない。


 大神アルクエーデンの正体を知っている数少ない人間であるので、当然といえば当然。教皇の裁可を必要とする書類にサインをすることはあるが、それも限られている。


 信者たちの寄る辺としての機能を果たしさえすれば、それで十分だとルージュは考えていて、集落にいる今このときには必要のないことだとも考えていた。魔物相手に教えを説く考えを示したこともないときている。


 だからなのか、集落に来てからのルージュは、素の部分を隠そうとする意識にも乏しいらしい。ルージュは宗兵衛を抱いて、そして欠伸をしながら食堂に移動する。


「今日の朝食は?」

「まだ少ないですけど、卵が安定的に手に入るようになりましたからね。貴女のリクエスト通りの卵料理になると思いますよ」

「卵焼きね。甘いのがいいわ」


 この世界にも養鶏という言葉がある、にはあるのだが浸透度は低い。元の世界と同じ鶏ではないが、家禽として卵や肉を利用する例や、祭祀用に飛べない鳥を利用している。


 ただしリディルによると、これらが比較的盛んに行われているのは東方と呼ばれる、世界の東側のことであり、今、宗兵衛たちがいる地域ではあまり広がっていなかった。


 東方世界から持ち込まれてはいるが、家畜として重要視されておらず、管理がずさんであったことも手伝って野生化した例も多かった。


 魔の森に生息する鶏が野生化した家禽かどうかを知る由はない。宗兵衛にとって重要なのは食用として利用できるかどうかだ。


 宗兵衛自身は食べられないため、集落の住人に試食をしてもらった結果、肉質は悪いが卵の味は良いとのことで、卵用種として採用したのである。


 今後は品種改良を進め、美味しい唐揚げも作ってみたいと考えている宗兵衛に、集落の民の多くは「食べられないのにどうしてそこまで情熱を注いでいるのだろう」と疑問を抱きつつ、「美味しいものを食べることができるなら是非とも頑張ってほしい」と考えていた。


 とりわけ、美味への欲求が強いのがルージュとアーニャだ。


 魔の森の食事事情があまり人間向きでなかったところに、現代日本の知識を交えた卵料理を提供したものだから、すっかり卵料理のファンになったのである。


 元日本人の宗兵衛からしても、卵と、鶏が産業になることは喜ばしい。食用として肉と卵、衣服用に羽が使える。個体サイズが小さいことから、狭い場所でも飼育できる上に飼料も少なくて済む。飼育数を増やすことも簡単だ。


 ルージュに確認したところ、真正聖教会では鳥肉を禁忌とはしていないので、うまくいけば世界中に流通させることも夢ではないだろう。


 一ラーメンファンでもある宗兵衛は、美味しいラーメンを作りたいとも考えていて、良質のスープのためにも鶏ガラを外すわけにはいかない。鶏油は調味料に、軟骨や砂肝も焼き鳥メニューの開発には不可欠だ。


 卵用種の鶏を確保した際、宗兵衛は喜びのあまり、メニュー構想をうっかりルージュたちの前で披露してしまい、今では集落の代表というより料理長としての立場が随分と補強されていた。


 好例が卵焼きだ。一度出して以来、すっかり定番のメニューとして親しまれている。ちなみにルージュは卵焼き、アーニャはスクランブルエッグが好みで、二人して一番の好物はだし巻き卵である。


 料理としては簡単なものなので、作り方を教えた料理番が提供することになっていた。


 尚、宗兵衛は自分がモノを食べられないことを忘れているわけではない。自分が骨であることを十分に自覚した上で、美味を求める欲求のほうが勝ったというだけのことである。


 食堂のテーブルは丸型で、ルージュは六つの席の一つに座り、宗兵衛(頭蓋骨)を近くに置く。一度など、花瓶よろしくテーブルの中央に置かれたこともあるのだから、その扱いに比べれば遥かに改善されたと評価できる。アンデッドが教皇聖下に傍に置かれるという、根本的に微妙な状況はともかく。


「だし巻き卵だったかしら、あれはもう出ないの?」

「さすがに今は無理ですね。材料を揃えるのに多少の奇跡が必要になりますし」


 宗兵衛の返事にルージュはあからさまに落胆した。日本の定番料理、だし巻き卵。海外ではジャパニーズ・オムレツの名で呼ばれ、非常に人気がある。


 作り方自体は難しくはなく、単に魔の森では昆布と鰹節を入手するのが難しいというだけだ。昆布はともかく、鰹節に至っては地球でも食習慣があるのは日本だけである。


 海産物を入手したいとの要望を行商人フリードに伝え、色々と用意してもらったのだ。輸送にかかる物理的距離については短縮する方法がないため早々に諦め、残る保存に要するコストは白取くるみが食材を凍結させることで解決した。


 転移魔法なる言葉は存在する。リディルのサポートがあれば使用も可能とされるが、消費魔力量と転送できる荷物量を考えると、コストパフォーマンスが相当に悪いので断念した経緯がある。


 凍結保存されて運ばれてきた食材の中にサバがあったことから、宗兵衛の空っぽの頭蓋骨の中の脳細胞が活発に動き始めたのがすべての始まりだ。


 カツオもサバ科の魚だし、鯖節もあるくらいだからなんとかなるかもしれない、と。


 脂肪の多い部分を切り落とし、鰹節のような舟形に切り分け、煮熟し、骨を抜き、蒸し煮を行い、燻製で魚肉中の水分を除去する、荒節と呼ばれるものを作ったのだ。他にもカビ付けといった手順があるが、宗兵衛はこの手順は省いた。よくわからない、というのが理由だ。


 できあがった鯖節を削り、昆布と一緒に出汁を作る。市販の出汁のもとに頼り切っていた自分を少しだけ呪いつつ――日本にいた頃は、日本の食品メーカーはすごい、と手放しで褒めていたことは忘却し――骨で作った長方形型のフライパンを器用に操作して、人界最高の権力者に提供したのだ。


 結果は極めて好評。鰹節の話を聞いたルージュがその日の内にカツオの安定的な確保を命じたほどである。


 命じられた側は、理由もわからず困惑したらしい。そもそも教会関係者にはカツオという魚のことすら知らないものが大半だったのだから、当然と言えば当然だ。


 よって今もってカツオも鰹節も手に入りにくい状況が続いていて、宗兵衛は日増しにルージュとアーニャの機嫌が悪くなっているような気がして仕方なかった。


 少しでも機嫌を取るために、卵料理を提供し続けた結果、宗兵衛の料理スキルが奇妙に上達している気がするのもまた、当然といえよう。


「ご要望通りの甘い卵焼きですよ」

「やった」


 ルージュの前に卵料理の乗った皿が置かれる。置いたのは宗兵衛が遠隔操作するスケルトンだ。最近の宗兵衛は首だけになることの多く、結果としてスケルトンの遠隔操作技術の向上が著しかった。


 今では操作中のスケルトンの感覚情報を共有し、スケルトンの配置によって、少なくとも勢力圏内の出来事は大半を把握できるまでになっていた。


 集落の責任者としては極めて重要な、しかしルージュたちからしてみれば、リモートでも繊細な味付けの料理ができるようになったことがより重要であった。中々に埋めがたい祖語であるかもしれない。


「うん」


 骨製の真っ白いフォークとナイフで卵焼きを切り分け、口に運ぶ。ルージュは満足の笑みを浮かべて頷いた。


「うん?」


 数回の咀嚼の後、ルージュの表情に変化が生じた。


「ギクリ」

「ねえ、ソウベエ」

「なななんですか?」


 一秒前までのウキウキ気分だったルージュの顔が曇る。声のトーンにも数オクターブの低下が見られた。


「この卵料理はすごく美味しいわ」

「教皇聖下からのお褒めの言葉とは、汗顔の至りです」

「ソウベエのことは聖騎士じゃなくても、専属の料理人として雇いたいくらい」

「僕如きの料理をそこまで評価して下さるなんて、この光栄を言葉で言い表すことはできそうにありません」

「聖騎士候補としても料理人としても、貴方のことはとても有望だと思っているし、貴方と出会えたことは素晴らしい幸運だと受け止めているわ」

「嬉しいことを言って下さるのですね。感激に骨身が震えます」

「有望なソウベエにこんなことを聞くのは不本意の極みなのだけれど」

「伺いましょう」

「誰に魂を売ったのかしら?」


 売ってません。宗兵衛は声を大にする代わりに、どんな言い訳を並べるかを考えなければならなかった。

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