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第六章:一話 目覚め

新年あけましておめでとうございます。


昨年中は拙作を開いていただき、ありがとうございました。

本年もよろしくお願いいたします。

 この世に神聖なものがあるとすれば、人々はどんな光景を想像するだろうか。


 教会で祈りを捧げる信者たちの姿だろうか。あるいは赤子を慈しむ母親の姿だろうか。はたまた長い年月の末に作られた雄大な自然風景も、神聖と言い表していいだろう。


 少なくとも魔の森には似つかわしくない言葉であり、似つかわしくないからと言って、縁遠いわけではない。


 チュンチュン、と小鳥が囀ったかどうかはともかく、三割ほどが開けられた大きな窓からは朝日の輝きが差し込んでいた。


 力強さには欠ける日差しは、代わりに慈愛に満ち溢れていて、キングサイズのベッドを優しく穏やかに撫でる。


 高価な調度品はなくとも掃除の行き届いた広い部屋。


 柔らかな白いシーツは寝がえりを受けて乱れている。


 寝室の窓は大きな窓ともう一つ、小さな窓があり、こちらも半分ほどが開けられていて、夜から朝にかけての空気がゆっくりと流れていく。


 夜の、温かくて穏やかな空気が、朝の、少し冷えていて、同時に優しく撫でるような空気に入れ替わる。


 法都の指定店で購入したという掛布団には小さな膨らみがあり、膨らみはモゾモゾと形を変えた。


 寝返りが布団の位置を大きくずらし、隙間から一本の細く白い腕が生える。這い出てきたのは十代前半の、白皙の美貌を持つ少女だ。


 世界最大の宗教、真正聖教会を束ねる教皇、ルージュは「んっ」と小さな体躯を伸ばす。ウェーブがかった長い金色の髪が揺れ、眠そうに目を擦りつつ、可愛らしい欠伸をした。


 上質な寝間着は乱れていて、華奢な左肩の白い肌が露わになっている。うっすらと開かれた波紋紋様が浮かぶ金色の瞳の先では、双子の妹のアーニャが寝息を立てていた。双子が共有する枕の上から、寝ている妖精ラビニアがずり落ちる。


 差し込む朝日。流れる爽やかな風。寝ぼけ眼の少女。寝息を立てる少女と妖精。穏やかな静謐に、侵しがたい神秘的な雰囲気。


 これらを台無しにする要素は一つ。


 アーニャの腕の中にいる、明らかに場違いな代物――頭蓋骨だ。頭蓋骨の空虚な眼窩で揺らめく青い灯が、ルージュに向けられた。


「おはようございます、ルージュさん」

「おはよ、ソウベエ」


 頭蓋骨だけの宗兵衛はもちろん伸びもできない。睡眠の必要性もない。だが宗兵衛が人間だったときの習慣から、横になってダラダラするのは好きだ。


 日本ではベッドではなく畳に布団を敷いていたので、いつか井草か、井草に代わる素材を見つけようと思っている。このことは、少なくともリディル、ラビニア、アーニャ、ルージュは知っていて、長く行動を共にする常盤平一騎は知らなかった。


 諸般の事情により最近は首から上だけになることの多い宗兵衛は、頭部だけで布団の上をゴロゴロと転がるのがマイブームになりつつある。


 一騎が集落を出た直後の頃は、アンデッドなので睡眠の必要性がないことを活用し、不眠で仕事を片付けることも珍しくなかった。寧ろ「寝不足で仕事の効率が落ちるなんてことがないので都合がいい。眼精疲労もないなんて凄いじゃないか」などとワーカホリックぶりを発揮していたのである。


 問題は、この認識は宗兵衛だけのものであって、集落の他の誰とも認識を共有できていなかったことだ。


 毎日毎晩、灯りが消えることのない部屋があることを心配した魔物たちから、しっかり休養を取るようにとの陳情がひっきりなしに来るようになったのである。


 宗兵衛は「取り越し苦労ですよ」と真剣に取り合わなかったのであるが、周囲はこの限りではなかった。


 リディル、ラビニア、アーニャ、ルージュが結託、宗兵衛に強制的にアフターファイブを取らせることにしたのだ。


 本当の意味で、強制的、である。夕方頃になっても仕事をしていると、アーニャに首を斬り飛ばされるか、リディルに骨体の魔力循環を遮断されるかして、強引に仕事を終わらされるという、宗兵衛以外にはちょっと無理な方法で。


 断っておくと、宗兵衛は寝ることが好きな人間だ。少なくとも日本にいたときは、平均的日本人よりも多くの睡眠時間を確保していた。平日なら夜二十一時か、遅くとも二十二時過ぎには布団に入ることが多く、それだけでなく日中も昼寝に勤しんでいた。


 特に昼休憩後の五時間目などが狙い目だ。自分でカリキュラムを組めるようなら、体育と昼食と五時間目を組み合わせて最高の昼寝を創出しようとしたに違いない。


「この世界には昼寝の文化はありますか、ルージュさん?」

「朝の挨拶の次にするものなの?」


 何なのそれ、と小さく呟きながら、ルージュは妹の腕の中から宗兵衛(頭蓋骨のみ)を抱き上げた。


「文化かどうか知らないけど、あたしもアーニャも昼寝は好きよ」

「ふむ。向こうの世界の快眠グッズを再現すれば売れるかもしれませんね」

「モニターにならなってあげるわよ」


 あわよくば世界宗教のトップを宣伝に使えるかも、という邪な考えが宗兵衛の頭蓋骨だけの脳裏によぎり、何となく不幸な結末を引き寄せそうな気がして、すぐに打ち消した。


 井草か井草の代替素材は、現在までのところ、魔の森内部では見つかっていない。通いの行商人に探してもらおうかとも考え、しかし集落に必要なものは他にも山ほどあるので、泣く泣く断念した。


 次の発想は、居住性に優れた住宅を作るかどうかだ。建築用資材は森の木を遣うからいいとして、住宅を集落のどこに建てるか、資材の運搬や置き場はどこにするかなど、色々と考えていたのである。


 一人で、だが。


 ラビニアはまちづくりや町をさほど見た経験がなく、ルージュとアーニャのいう法都は規模が大きすぎて参考にならなかった。


 宗兵衛は街造りゲームはどうだったかな、テレビで見たあの町はどんな作りだったかななど思い出しつつ紙に書きなぐるくらいのことしかできない。ベッド周囲には何枚もの紙が散乱しては、女性陣から片付けや掃除を指導されるのだ。


「でも、眠れないアンデッドがそこまで睡眠に執着してどうするの?」

「いずれ眠る方法を見つけたときのために、今から備えようとしているだけですよ。意識を失うことはあるわけですから、眠ることも不可能ではないと思うのです」

「ソウベエが気絶するのって、アーニャに斬られたときとかじゃない」


 他には、嫉妬仮面たちのバカな企てに加担したことへの制裁でも、気を失ったことがある。


「力の差を痛感する次第です」


 実際には、宗兵衛とアーニャの間にあるのは、痛感することさえできないほどの隔絶だ。なにしろ宗兵衛はかつて、アーニャに斬られたにもかかわらず、斬られた事実に気付けなかったことがあるほどなのだから。


 現役の聖職者からか、ルージュの一日の過ごし方は集落でもっとも規則正しい。毎朝の決まった時間に、ルージュが宗兵衛を抱いたまま、洗面所に移動するのも最早、習慣である。


 元は廃教会であったこの建物も、増改築を繰り返した結果、動線の悪い広さを持つようになっていた。勢力拡大に伴い、今後も増築する予定だと知ったルージュとアーニャは露骨に呆れの表情を浮かべたものだ。


 ルージュは法都の城のものとは比べるべくもない、質素な洗面台の前に立つ。洗面台横に置かれている木製のラックの上に宗兵衛を置き、顔を洗う。井戸水は十分に冷えていて、ルージュの内側で僅かに残っていた眠気を残らず洗い流した。


 顔を拭くタオルは法国から持ってきたもので、肌触りも良く、吸水性にも優れたアウグスト家御用達の名店の品だ。集落の布製品の品質が低く、このことを嫌がったアウグスト姉妹が持ち込んだのである。


「ふぅ、さっぱり」


 朝日が水滴と、水に濡れた白い肌と金髪に反射する。素晴らしく魅力的――今一度断っておくと、宗兵衛は断じてロリで始まってコンで終わる人種ではない。その証拠に


「僕はロリコンじゃない僕はロリコンじゃない僕はロリコンじゃない」


 かなり深刻に言い聞かせている。


「どうしたの?」

「いえ、僕を連れてきた理由がさっぱりわからないのですが?」

「あら、教皇の朝の身だしなみに付き合えるなんて、信者なら涙を流して感激するところよ? 気絶してもおかしくないわ」


 僕は信者ではない、との至極真っ当な反論を、良識に溢れる宗兵衛はもちろんしなかった。

去年の十月頃からずっと忙しい状態が続いています。

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