第五章:三十話 雑魚魔物でも成長はできます
今年最後の投稿になります。
来年もよろしくお願いします。
これが今までの一騎なら、不意打ちに吹き飛ばされて地面に転がっていたかもしれない。だが一騎とて成長している。成長率十倍とか経験値十倍とかいったチートはなくとも、少しずつでも成長しているのだ。吹き飛ばされはしたものの、実質的なダメージは皆無に等しい。
なぜなら、
「骨バリアーぁぁっぁぁぁああああっ!」
『常盤平キサマァァッァァァッァァァアア!?』
味方を盾にするという、ほんのちょっぴり下衆なスキルを習得したからである。
スケルトンの盾のおかげか、一騎は地面に着地することに成功した。攻撃が飛んできた方向を睨み付ける、と、砕けたスケルトンが怨嗟らしき声を吐き出す。
『バカな、僕は君の右腕だったはず!?』
「俺の右腕は俺の体についてるよ! つか裏切り確定の右腕なんかいらねえからな!?」
『裏切りは右腕の義務ですよ?』
「ねえよそんな義務!」
一騎のツッコミを最後まで聞いたかどうか、スケルトンの体は塵となって消え失せていた。接触したことがばれないようにするための、実に鮮やかな証拠隠滅だ。
風の向きが変わる。周囲を吹き飛ばすだけの強風は、指向性を持って渦巻く。舞い上げられた土砂を風が掴み取り、弾丸となって一騎を襲う。
咄嗟に両腕を交叉して防御に入る一騎を、防御など無意味とばかりに土砂の量が増す。防御も回避もできない状況で、
――――後は自分でなんとかしてくださいね。
のんびりした宗兵衛の声がした。自分が矢面に立っていないものだから、どこか呑気さすら感じられたのが腹立たしい。
「ちっ、クソ亜人が!」
腹立たしささえ暗闇ごと吹き飛ばしたのは、カインだった。左手には既に二つの宝玉が握られているカインの両目には、隠すつもりもない敵意が燃え上がり、容赦なく一騎に叩きつけてくる。相性の悪さを自覚していた一騎も、ここまでの怒りを向けられるとは思っておらず、戸惑いを隠せない。
打って変わって、試験の様子をモニターしている会場からは耳をつんざくような歓声が響いていた。モニター上では一騎が魔物のスケルトンと会話している場面は映っていなかった。小鳥の側に不具合があって映像を中継できなかったと受け止められている。観客にとって重要なのは、今試験でもっとも注目されているカインが戦う場面で、映像が復旧したことだ。最高の場面に立ち会うことができたとして、観客たちのボルテージが急上昇していく。四大貴族の跡取りと、亜人として初めて試験に参加している一騎との戦い。カインの勝利を信じた上で、史上初めての戦いを楽しみにしているのだ。
一騎の僅かに吐き出した呟きを潰すように風の刃が振るわれる。一騎の頬を薄く切り裂き、奥の木々を数本まとめて切り倒す。
「亜人如きが。本来なら大精霊様の力はおれが手にするはずのものだったんだ。それを横取りしやがって」
「はぁっ!? なんだそれ! どんなビックリ理論だよ!」
「黙れ!」
カインの声は一騎への敵意のあまり、呪詛めいた暗さと重さがある。理屈も理解できない。どうしてカインがエストを手に入れるなんて馬鹿げた結論になっているのか。まして一騎が横取りしたなんて、与太話にしてもほどがある。
「目障りな雑魚が!」
カインの脳裏にあるのは父から受けた叱責と、ベルカンプから投げかけられた言葉だ。
みっともない様を晒すなと言われた。左手の宝玉をポケットに入れるカイン。合格だけを目指しているなら、トップクラスのタイムでのゴールになっていたはずだ。なのにカインはゴールではなく一騎を探していた。
目的は明白。
「ただゴールするだけじゃ足りない。おれの手で、大精霊様を助け出す」
一騎を鋭く睨みつけ、カインは腰の剣を抜き放つ。と同時に剣の周囲に竜巻を思わせる風の渦が生じ、風の渦は一秒毎に大きくなっていく。風の魔法は本来、触れれば斬れるといわれるほどに鋭いものだ。だがカインの剣がまとう風は鋭いだけではない。
「あれは斬れるどころの騒ぎじゃねえな」
触れれば巻き込まれて木っ端微塵に砕かれる。間合いに注意する必要がある。注意して、その後は? すぐに答えは出てこない。
「分際を弁えなかったお前が悪い!」
カインが間合いを詰める。風の魔法での加速だ。大上段に構えられた剣が殺意の唸りを上げて振り下ろされる。
バトル漫画の影響で、十分に予測できていた一騎は大きく飛び退き、空振りに終わったはずの一撃は地面を叩く。大地は悲鳴を伴い砕け散った。巻き上がる土砂と吹き荒れる暴風。いずれも直撃なら十分に人を殺しうる一撃だ。
「カイン、てめえ!」
「黙れと言った!」
竜巻をまとう剣が刺突となって一騎を襲う。直撃こそ避けたものの、風に巻き込まれて弾き飛ばされる一騎。
シャレにならない。思うと同時に、己にある余裕に気付く。この世界に来てからの経験が物語る。カインに負けることはない。
最弱のゴブリン種とは言え、並のゴブリンよりも遥かに高い魔力を持ち、いくつもの戦いを切り抜けてきた魔族の勇者。実戦と向き合った際の肝の座り方は、少なくともカインの比ではない。
「いいぜ、カイン。せっかくだ、練習に付き合ってもらおうじゃねえか」
一騎の出した結論は、カイン相手に魔法の練習をする、ということだった。
「このおれを相手に回してなにを練習するつもりだ。落ちこぼれがっ!」
怒りの混じった横薙ぎの一撃は斬撃などではなく、刀身にまとわれた風によって、触れる全てを巻き込み、抉り、削っていく。
風によって巻き起こり続ける土砂と砂塵は、いい目くらましにもなる。学校の教室で教師からの指名を避けるときと同じように、体を低くする一騎。
僅かの間だがカインは一騎を見失う。一瞬だけで十分だった。
一騎は足に力を入れて勢いよく踏み込む。リズの水塊を弾き飛ばしたときのように拳に魔力を込め、砂塵の隙間から殴りかかった。
「な!?」
カインが一騎の拳を視界の端に捉えたときには、もう回避も防御も間に合いそうにない距離だ。
雑魚魔物になってしまった一騎は、戦闘に挑むにおいて工夫を欠かすつもりはない。工夫をしなければ勝つことなど考えもつかないからだ。
どれだけ工夫をしたところで、勝率が劇的に改善するわけでもないことが酷い現実ではある。ちなみに人間だったときは、荒事からは逃げ回るかじっと耐えるかの二択だった。
座学は苦手でも、戦闘に関しては自己の能力と、能力の生かし方を常に考えていた。授業で実技を受けた回数は同じでも、実技に費やした密度が他とは違う。
「くらいやがれ! これが!」
なにしろ自分は雑魚魔物で、魔の森という環境は最悪のものだ。己より強い奴はいっぱいいて、命を奪うのに躊躇がないときている。せっかく強くなる機会が目の前に転がっているのに、無駄にするなんて選択肢はあり得ない。
「俺の魔法だっ!」
カインの顔に一撃を叩き込むことができる。一騎の希望的観測は風と共に吹き散らかされた。放った拳はカインの周囲を覆う風の鎧によって防がれ、流れに巻き込まれるようにして吹き飛ばされたのだ。
「ぅぎ!」
頭から地面に落ちた一騎は転がりながら体勢を立て直す。立ち上がる前に懐中の通信玉に向けて怒鳴る。
「おいこら、無中生有はどこいったんだよ? ただのパンチじゃねえか」
試験中に外部との連絡を取るのは明確な反則行為だ。このことを知っているのか、通信玉からの返事はない。そもそも魔力反応すら消失していて、ただの白い玉だ。
「はしゃぐな、落ちこぼれが!」
指向性を持った突風が一騎を襲う。一騎は両腕で頭を庇いながら舌打ちをして岩の後ろに隠れる。
「魔法だと? 図に乗るなよ亜人如きが! 昨日まで魔法を使えなかった貴様が、狂になっていきなり使えるなんてことがあってたまるか! 魔法士の、我らの誇りをどれだけ穢すつもりだ!」
言動といい態度といい、カインはかなり怒っている。振り返っても、ここまで敵意を向けられることをしたかと、一騎は疑問に思う。
疑問の比重としては小さく、より大きな疑問はなぜ無中生有が使えないのかということだ。宗兵衛には連絡がつかない。
手元に資料があるわけでもない。『進化』は使えないし、使うことができても、その後に待ち構えているのは逮捕拘留に事情聴取だろうからお断りだ。拷問付きかもしれないし、処刑もついてくるかもしれない。いや、実験生物としての未来が待ち構えているかもしれない。
力づくで拒絶するとなると、最初にリズ相手に発動させたときの状況をなぞってみることだ。
「まず崩れそうな山道に移動して、てそこまで戻らんでいいか」
自分でぼけて自分でツッコむ。余裕があるのか、切羽詰まって精神の均衡が乱れているのか。
「黙れと言っている!」
カインが怒号を放ったのは、巨大な風の塊を打ち出したのと同じタイミングだ。土砂を撒き散らし、大地を抉り、風の砲弾が一騎に迫る。
一騎はボクシングのようなファイティングポーズをとった。迎撃を選んだのではなく、単に反射的な行動だ。
結論としては合っている。回避は間に合わず、防御魔法なんて上等なものは持っていない。聞いた限り、『進化』状態でも防御魔法を使ったことはないはずだ。だから真正面から迎撃する以外に手札がない。
「本当にリズのときと似たような感じになったじゃねえかよ! くそったれ!」
風の砲弾が射線上の全てを砕きながら迫る。一騎たちと風の砲弾を隔てる岩も抉り削られていく。岩の最後の一片が塵となり、遅れること一拍、一騎の魔力が膨れ上がった。
襲い来る風の砲弾、放たれるゴブリンの拳。
両者が炸裂した。




