第五章:二十九話 魔法?の正体
『無属性魔法でそんなことが可能なのは二種類だけとのことです。一つは魔法と言うより魔法技術の分野ですがね』
水塊に手を突っ込んだ状態で手に魔力を集中。もしくは魔力を集中させた手を水の中に突っ込み、内側から魔力を膨張させて破裂させるというものだ。
「おお! 俺ってそんな凄えことができるのか!」
『いや、できないでしょう』
あっさりと否定する宗兵衛。
『魔法の内側に、別の魔力を作っても普通はコントロールが効かないようですからね。君は魔力量が多いだけで、コントロールは稚拙ですし、まず無理でしょう。不可能です。恐らくはもう一つのほうでしょうね』
「だったら最初からそっちを教えろよ!?」
『世の中には順番とかもったいぶるとか言った言葉があるのですよ」
「試験中のこのタイミングでもったいぶる必要はねえだろ!」
『君の魔法は無中生有、とか呼ばれている魔法だろうとのことです』
「なんだそれ、カッコいいじゃねえか」
詳細を聞いたわけでもないのに、名前だけで一騎の目は輝いた。
『現金ですね。説明を続けますが、無中生有というのは無属性魔法の一種で、名前自体はあまり知られてはいません。ですが過去の使い手に有名人がいます。一応、歴史に名前が残っていますよ』
「ホントかよ! てことは俺もそれぐらいのすんげえ魔法を使えるようになるってことだよな。で? 誰なんだよ、その超有名な使い手ってのは!?」
超有名だとは言っていない。興奮する一騎をジッと見返す遠隔操作のスケルトンのがらんどうの瞳には、不気味なほどの静けさが漂い、暗い森の雰囲気と合わさって独特の異様さを醸し出している。
『これは無から有を生み出す魔法。あらゆる属性を作り出す魔法、とされています。帝国史にいるでしょう? 二百年前だかに現れて、全ての属性を操ったらしく、最後には公爵家の先祖に倒された男が』
「へ? お、おい、それってもしかしなくても」
『魔王フィクトナーですよ』
淡々とした声で宗兵衛は告げた。
授業でも魔王フィクトナーの名前は何度も出ている。大陸というと大げさかもしれないが、少なくとも帝国には破壊と混乱をもたらした、とされる魔法士だ。
一騎はこの話をあまり信じていない。魔王を倒した四人が後の四大公爵家を成す、なんてオチになっているので、貴族たちが己の地位を強化するためにでっち上げた話だとも思っていた。
教科書を見る限りでは、魔王フィクトナー討伐にかかわったのは四大公爵家の先祖と、その協力者たちだけで、真正聖教会の関与について何の記載もないことも不自然だ。
だから権力に正当性を与えるための、嘘ではないにしろ、ある種のおとぎ話みたいなものだと思っていたのである。あにはからんや、その魔法の使い手になろうとは。
「フィクトナー云々ってのは公爵家のための誇張した話だと思ってたんだけど……あとさ、魔王ってまさか」
『封印の欠片の持ち主だったとのことです』
フィクトナーは最初こそ大したことのない魔法士だったのに、いつごろからか強力な力を手に入れ、遂には魔王と呼ばれるようになったという。大魔王ミューロンの欠片を手に入れたことが理由だったとのことだ。
欠片に頼って力を手に入れて、最後には討伐されて公爵家の名声に利用される。まさしく当て馬というに相応しい末路だ。
中々、魔法を習得できなかったのに、ようやく手に入れたものが魔王の魔法。カッコいいとか喜んでいた自分に腹が立つ。
「なんで俺がそんな魔法を使えるようになってんだよ……」
『君がゴブリン種であることと、『進化』の影響であると推測されています』
ゴブリン種は基本的に魔法を使えない。ゴブリンメイジやゴブリンシャーマンなどが風や火の魔法を使える場合も、ゴブリン種自体は無属性だ。当然、無属性魔法への適性がもっとも高い。
当初は魔法の「ま」の字にも縁のなかった一騎には、複数回の『進化』を経ることで魔法的素養が生まれていたというのが、宗兵衛を除く女性陣――幼女陣では断じてない――の意見だ。
『もしかすると新しい魔王になれるかもしれませんね』
「俺が魔王になってもあっさり討伐されるイメージしか浮かばねえよ! なるわけねえだろ!」
『なら問題ないでしょう。当て馬魔王の魔法というと確かに聞こえは悪いですが』
「そこは普通に魔王の魔法でいいんじゃないかな!? 当て馬魔王っていう必要はないよね!?」
『それだけ大きな可能性を秘めているとでも思っておけばいいでしょう。それに』
「それに?」
『聞く限り、歴史上、この世に存在する魔法で犯罪行為に使われなかった魔法はないとのことです。回復魔法ですら詐欺に使われているのですから。人間には欲望もあれば虚栄心もある。要は使い手次第ということではありませんか?』
魔王の魔法というのは、確かにかなりイメージが悪い。中二性向の強い一騎からすると格好いいものであっても、この世界の人々からすると悪いものに決まっている。宗兵衛のせいで当て馬魔王なんてイメージを付けられて、迫力とか威厳も粉微塵だ。
だからといって一騎が負い目を感じる必要はない。魔王の魔法を習得したとなれば、一騎を色眼鏡で見ている連中は笠にきてかかるかもしれないが、そんな連中は結果で黙らせてしまえばいいのだと宗兵衛は諭す。
『そのうちに周りの雑音は勝手に消えて、いつかは賞賛に替わるかもしれませんよ』
「……お前の前向き発言ってかなり気色悪いんだが」
『君が柄にもなく後ろ向きになっているだけでしょう。当て馬魔王の魔法って超すげえ、とだけ思っておけばいいものを』
「だから当て馬をつけるなよ! まあ、確かに……悩み事って柄じゃねえよな」
『そこは悩み事ではなく考え事の間違いでは?』
「表現を微妙に変えるなよ! いやでもな、魔王の魔法だよ? そして俺は魔物だよ? まかり間違って道を踏み外してしまう可能性だって無きにしも非ずかもしれないと不安になるんだよ?」
『その場合はアーニャさんに討伐を依頼しましょう』
一騎は自分がぶった斬られるイメージが強く浮かんだ。
『待ってくれ! そこは是非とも止めていただきたく!? 一応仮にも辛うじて友人の枠内にいるんだから! 俺が真っ二つにされちゃうだろ!』
竜化したときに叩っ斬られたという事実がある。魔王の魔法を使いこなせたとしても、『進化』を十全に使えるようになったとしても、とてもではないが勝てる気も逃げられる気もしない。
『アーニャさんには骨刀を作る約束をしています。今の彼女はデータ収集のためにならなんだって斬ると張り切っておりまして……集落の周りから生き物の気配が急激に減っているのです』
「なんだその大量虐殺犯!? お近づきになりたくないんですけど!?」
カチン。唐突に、スケルトンの向こう側から硬質の音が聞こえた。一騎の勝手な想像では、時代劇で侍が鯉口を切ったときのような音だ。そういえば、宗兵衛の近くにはアーニャがいたな、と一騎は思い出す。
『…………常盤平』
「…………はい」
『今度、集落に帰ってくるときは、ありったけのお土産を買ってくるようにしなさい。君だって、命は惜しいでしょう?』
「全身全霊、全力全開で取り組むよ」
『是非そうして下さい。あと、君がアーニャさんに斬られないようにするには、君が道を踏み外さなければいいだけですよ』
簡単に言ってくれる。
心中で毒づく一騎だ。もちろん一騎には魔王になる気も、力や恐怖で世界を混乱に陥れる気もない。ついでに言うと、そんな大それたことができる器であるとも思っていない。でもこの世には冤罪とか、本意とは違うがせざるを得ない状況に追い込まれるということがある。
本当に無中生有の魔法だとすると、目端の利く連中に「それは魔王の魔法だ」と気付かれるかもしれない。そうなれば亜人という差別対象であることも手伝って、一騎の立場はかなり面白くない位置に追いやられそうである。
『仮に君が本当に魔王になってしまった場合は、教会と手を組んで魔王を討ち取った勢力、として集落を売り込もうかなと考えておりますので、どちらにしても君のことは最大限に活用させていただこうと思っております』
「それだと活用じゃなくて利用だよね!? 仮にも大司教扱いされてるんだから励ましの言葉くらい送れよ!」
『偉大なる大神と教皇聖下の聖名において、君に勝利の栄冠が輝かんことを祈る』
いきなり厳かな口調になる宗兵衛である。
『そしてなにより、君の名前と責任において善処せよ』
「最悪だこいつ!?」
『話を聞く限り、リズとの一件では君は風属性魔法を生み出していたのでしょう。水塊を弾き飛ばした拍子に風が吹き荒れて、周辺の山道に衝撃が加えられ、崩壊したものと考えられます』
「意図的に会話を壊すな! お前はユファかよ!」
瞬間、一騎の激昂を切り裂く突風が巻き起こる。轟音と共に木々が折れ飛び、土砂が吹き上がる。容赦のない破壊をする強風は一騎たちの体を易々と吹き飛ばす。




