第五章:二十八話 一応、集落のトップです
試験参加者たちは馬車に揺られて試験会場に移動する。単純に見世物だ。移動中、沿道には多くの観光客が詰め掛けていて、カインのような人気の高い生徒たちが手を振ろうものなら、歓声が聞こえてくるほどだ。
声援を受けることのない一騎は、席に座って腕を組んでそっぽを向いて唇を尖らせている。
遠く離れた集落では、宗兵衛がゴーレムを使って重機や移動手段にする構想を形にしつつあるらしい。詳しく説明すると魔法と錬金術の融合、錬金学とも錬金術学とも呼ばれる技術・学問体系だという。
帝国や王国ではまだ実用化には程遠いながらも魔法士学院でも教わることになっており、魔法士になって以降も学ぶことが可能だ。
いずれにしろ一騎の成績が芳しくないだろうことだけは確実として、入手可能な分の資料はすべて、通信玉を通じて集落へ送り済んでいる。一騎は、自分が戻るまでに自動運転技術でも確立しているといいな、とぼんやりと思う。
魔法士試験二日目。
その試験会場は木々が鬱蒼と生い茂る山林だった。試験用にと学院が所有する山林で、普段は地元のとある農業団体が管理している。四年前までは別の団体が管理しており、来年には管理を務める団体が切り替わることになっている。結構な恵みがあるとかで、特定の団体だけが管理していると、不公平感が出てくるためだという。
馬車から降りた生徒たちは、指定されているスタート地点へと移動する。一騎も単独で見知らぬ森に放り出され、酷く不安な気持ちになった。
スタート地点に到着した一騎は深呼吸をしながら森を見る。魔法がかけられているのだろう、ほんの数メートル先も闇に包まれていてロクに見えない。
両掌を広げる。この手にはなにも握られていない。宝玉を手にすることができて初めて、この手は未来を掴むことができる。
一騎は今一度決心を振り返るかのように、両手を握ったのであった。
試験開始を告げる花火が上がり、はるか上空で音を立てて散る。皆が一斉に動いたかどうかは分からない。とにかく、一騎はフライング気味に走り出した。
宝玉を持っていない一騎は最低でも宝玉を一つは確保しないといけない。かといって手立てがあるかというと、首は横に振られる。感知魔法や追跡魔法を習得できなかったので、手当たり次第に山林内を走り回るしかないのだ。
一騎にアドバンテージがあるとするなら、魔の森で生活してきた経験があるということだ。少なくともこの点においてだけは貴族生徒よりも有利に立っている。
山に不慣れな人間が通りやすい道と、そこを狙いやすいポイントの確保。この二つを考えながら走り続ける。まず目指したのは拠点とする場所だ。獲物を発見しやすく、獲物を狙いやすく、獲物に気付かれにくい。一騎の状況からは理想的な場所といえる。
後ろから木の枝を踏み折る音が聞こえた。
「!」
走る足を止め振り返る。音の大きさから考えると、距離は三メートルといったところなのに、森全体にかけられている魔法のせいで、少しの影が深い闇に変わっている。迷宮や幻術ではないにしろ、こうも視界が悪いと、魔の森で慣れている一騎ですら動きにくい。
「誰だ!」
拳を作り、誰何の声を上げる。一騎からは相手が見えない。しかし、相手からも同じだとは限らない。感知系の魔法だと、目で確認する必要すらないのだから。
――――くっくっく。
くぐもった、どこか芝居がかった笑い声。また俺に敵意を持ってる貴族生徒か。一騎は推測し、この場合、心当たりがありすぎて相手が誰だかを絞ることは困難だ。
薄暗い闇中からの不意打ちを最大限に警戒する。剣戟だろうか、あるいは魔法だろうか。膝を軽く屈曲させ、いずれにも対応できるように構え、
――――ようやく見つけましたよ。あまり走り回らないでほしかったですね。
「宗兵衛!? なんでお前がこ……こに……宗兵衛、だよな?」
闇の中から浮かび上がってきたのは宗兵衛、らしきスケルトンだった。ただしあちこちの骨が砕けて、まるで何十年も風雪に晒されてきたようだ。漂う雰囲気だけなら、今すぐにでもゴーストになれそうなほどである。
『僕に決まっているでしょう。まあ、遠隔召喚したスケルトンを操っているだけですけど。それにしてもこの森、色々と厄介ですね。魔法的な干渉を防ぐための妨害措置が講じられています。君に渡した通信玉の魔力反応を追いかけるのも、スケルトンを遠隔召喚するのも一苦労ですよ』
「骨が折れるとは言わないんだな」
『同じネタを繰り返すのは本意ではありませんので』
鳳雛のネタを何度使ったよ!? 喉まで出かかったツッコミを辛うじて飲み込む一騎だ。
「てか出てきて平気なのか? この試験は中継されてるんだろ?」
一騎の周囲にも、魔法なのか錬金術なのかで作られて小鳥が飛んでいる。小鳥の目に埋め込まれている魔石を通じて、映像が会場にある巨大スクリーンに投影されるという仕組みらしい。
『ちゃんと対策は取っていますよ』
試験会場の森には、魔法的干渉を防ぐための妨害魔法がかけられているのに、映像中継をする小鳥が活動できている。つまり妨害魔法にも隙なり穴なりがあって、それを見つけることができたなら、さして難しいことではないとのことだ。
『さて、試験中ではありますが構いませんね?』
「えー? 俺はさっさと宝玉を取りに行きたいんだが……ぶっちゃけ、話をしてる余裕なんかねえし」
『なら仕方ないですね。別の機会にしましょう。君の魔法? についてなのですが』
「だからクエスチョンマークを付ける話を聞こうじゃないか宗兵衛君」
見事なまでの変わり身の早さである。宗兵衛に促されるまま、一騎は岩と木の幹に隠れた場所に座る。宗兵衛と接続しているスケルトンは一騎の前に腰を下ろした。
「無属性魔法?」
『ラビニアさん、リディルさん、アーニャさん、ルージュさんからの情報によると、ですけどね。汎用性、実用性、威力や性能において、基本的に他の属性魔法に劣り、ついでに成長性にも乏しいという幻の魔法、だそうです』
「欠片も嬉しくない幻だな!?」
端的に受けた説明によると、無属性魔法はそれほど役に立たないということだ。帝国に来てから努力し続け、ようやく手に入れたと思った魔法に有用性が欠けるとあっては、一騎は落ち込むしかない。
「そうか……無属性か…………は、はは……俺って、ほんと」
口から漏れるのは乾いた笑み。顔を覆う手はかすかに震えてもいた。
『最後まで話を聞きなさい。基本的には、と言ったでしょう。彼女たちの話からすると、君の魔法は、もしかしてかなり珍しいタイプのものかもしれません』
「彼女たち? 幼女たちの間違いだろ?」
『ふむ、接続状況が悪くなってきたようです。得られた情報を伝えられないとは、残念極まりないことです』
「ごめんなさい!?」
『いいですか、常盤平? 表現にしろ言論にしろ、自由というものにはすべからく責任が付きまとうものと自覚しなさい。そしてこの世界の言論に対する責任は、ときに物理的、ときに流血を厭わない形で果たされるのです』
「ああ……いるんだな、近くに?」
『ええ。僕の後ろと右隣りと頭の上に』
頭の上にいるのはラビニアで、後ろと隣りにいるのがルージュとアーニャの双子だろう。ついでに内側にはリディルがいる。なんだかサスペンスドラマで、犯人に監視されながら電話を強いられる被害者のようだ。
「宗兵衛、お前、一応、集落のナンバーツーだよな?」
『そして君はナンバーワンです」
地位や立場など、圧倒的な力の前には無意味だということか。悟りたくない真実を悟ってしまう一騎である。
「さて、話を戻しますが、君はリズの魔法を弾き飛ばしたのでしょう?』
「お、おう」
『とても素敵な彼女たちの知識によると』
宗兵衛は根に持っているものと思われた。もしかすると、こうして話している今も、宗兵衛の後ろではアーニャが骨刀を弄んでいるのかもしれない。
一騎にはアーニャにぶった斬られたときの記憶はないが、斬られたという事実だけは認識している。二度と斬られたくない。二度とアーニャとは戦いたくない。そしてこうも思ったのだ。
俺だけ斬られるのは不公平だから、できることなら宗兵衛も斬られて欲しい。いや、是非とも叩っ斬られるべきだ、と。
『なにか不穏なことを考えてはいませんか?』
「それは偏見に基づく誤解だよ、宗兵衛君。ささ、話を進めてくれたまへ」
『まあ、いいでしょう』
骸骨が咳払いをした。珍しいタイプの無属性魔法とは何なのか、一騎としても興味と、一縷の望みあたりを抱きたくもなる。




