The Command of Clara episode 0-4
一九一二年の華やかなダンスパーティーの夜、その暗がりのなかで、二十二歳の私は一人の若き知性と電撃的な遭遇を果たしていた。
アーチボルド・クリスティ。
彼は当時、イギリス陸軍航空隊の少尉であり、まだ誰もが手を出せなかった最先端のテクノロジー――大空を駆ける飛行機を完璧に操る、命知らずで容姿端麗な花形のパイロットであった。
私は、空を切り裂く彼の明晰なスピード感に魅了され、出会いからわずか数ヶ月というタイミングで彼との婚約を交わした。
機械や乗り物を手玉に取るパイロットの妻となったからこそ、私は自らも車の運転を完璧にマスターしていった。
車輪を軋ませて大地を滑るその技術が、まさか将来、彼への最も皮肉で冷徹な宣戦布告の道具になるとは、あの輝かしい夜の段階では夢にも思わなかった。
それから十四年のタイムラインが超加速を経て流れた、運命の一九二六年。
私に万年筆のコマンドと天賦の文才を授けてくれた、世界で最も愛する母親であるクララが、突如として亡くなった。
底の知れない絶望、精神的パニックのなか、私はスタイルズ荘の静寂のなかで、一人寂しく母の遺品整理の手続きに追われていた。
だが、私の夫となったアーチボルドは、その痛みのデータからただ逃げ回り、若い愛人ナンシーとの間に秘密の帳簿(二重底の資産隠蔽)を作り、私の資産と信用のすべてを隠蔽(横領)しようとしていたのだ。
最愛の母の死。
そして、かつて大空のスピードを教えてくれた夫の、冷酷極まる裏切り。
二つの強烈な、違和感が私の胸のなかで重なり合ったその瞬間、
私の脳内で、母から授かった「天賦の文才」と、
祖先から引き継いだ「手ぶらで小切手を切り、不要な人間をパージする大商人の損切り算法」のすべてが、ガチッと同期を完了した。
「アーチボルド。あなたが私に教えた機械の記号を使って、お前の人生のタイムラインを、国の最高法秩序によって完膚なきまでにパージする」
私は万年筆を握り直し、脳内でその心理の算法を組み立て、声を立てて笑った。
ただの哀れな被害者として家出をするのではない。
自分が偽名を使ってチェックインしたその小切手の筆跡がいずれロンドンの銀行で逆探知される決済のタイムラインも、新聞報道が「クリスティ夫人、殺害か」と大騒ぎを煽ってホテルの人々が勝手に欲の配線図でハッキングされていくことも、自発的な失踪が国法の手続きの上で最初からいかなる罪にもならない合法の死角であることも、そして生還した瞬間に門前へ押し寄せる凄まじい「取材合戦の嵐」が、不倫相手のナンシー・ネールの人生を社会的に完膚なきまでにパージし、二年後の合法的な離婚へとチェックメイトを執行する冷徹な後日談のスコアまで――。
私は、考えている段階からそのすべての因果関係(配線図)を完璧に脳内で「織り込んで」、そして「実行」するための、完璧なる完全犯罪の記述を、今この瞬間に完了したのだ。
私は、頭の中を駆けめぐる思考の渦を、一旦、休めた。
そして、自分自身が、これから現実の世界を舞台にしてはじめることになる、完璧な完全犯罪のゲームのシュミレーションをはじめた。
「 Dear Diary ――新しい物語りをはじめようとしている私の邪魔をすることなど、誰にもできはしない」




