第9話 硬いゴムと、黒い手
古屋の中に、キィィ、と嫌な金属音が響き渡る。
僕のGS50から取り外した古いタイヤは、長年の熱と雨風で完全に硬化し、まるでプラスチックのようにカチカチになっていた。
「くそっ、ビクともしないぞ……!」
タイヤレバーをリムの隙間に差し込み、全体重をかけてこじ開けようとするものの、ゴムは硬く突っ張ったまま。ちょっとでも油断すると、レバーが跳ね返って指を強打しそうになる。
隣では、楓も自分のポッケのタイヤと格闘しながら、顔を真っ赤にして息を荒げていた。
「はぁ、はぁ……なにこれ、タイヤ交換ってこんなに筋トレだったの……?」
「聞いてないよ……親父さん、サラッと『交換しとけ』って言ったけどさぁ!」
スーパーの品出しとはまた違う、全身の筋肉を総動員するような重労働だった。
新品ならまだしも、古い硬いタイヤを外してチューブを挟まないように新しい(と言っても中古の)タイヤをはめ込む作業は、素人の僕たちにとって想像を絶する難敵だった。
あちこちに黒いゴムカスが飛び散り、軍手はすぐに穴が開き、手のひらはオイルと泥ですっかり真っ黒になっている。
それでも、途中で投げ出す気にはならなかった。
少しずつ、少しずつ、タイヤレバーをテコにしてビードをリムの内側へと押し込んでいく。
「――せーのっ!」
二人がかりで最後の硬い部分を押し込んだ瞬間、ポスン、と乾いた音がしてタイヤがきれいに収まった。
「……入った……!」
「やったあぁ……!」
思わず古屋の中でハイタッチを交わす。手のひらは真っ黒だったけれど、その感触すら心地よかった。
次はチェーンの交換だ。
ダルンダルンに伸びきって赤茶けていた古いチェーンをサンダーやピン抜きで外し、親父さんからもらった綺麗めのチェーンへと掛け替える。
クリップを慎重にプライヤーで挟み込み、規定の位置にしっかりと固定する。
すべての作業を終えて、車体を下ろした。
ヒビ割れていたタイヤにはしっかりとした弾力があり、たるんでいたチェーンは指で押してもピンと心地よい張りを保っている。
「……どう? これでやっと、まともに走れる形になったよね」
夕暮れが近づき、ひんやりとし始めた古屋の中で、僕たちは自分たちの手で生まれ変わった二台のバイクを見上げた。
見た目はまだまだヤレているけれど、その足元は確実に「生き返って」いた。
オイルまみれの頬を拭いながら、僕たちは顔を見合わせ、次の休日に向けた密かな決意を胸に抱くのだった。
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