第8話 労働の代償、プライスレス
「親父さん、この埃かぶったタイヤとチェーン、まだ使えそうなんですけど……おいくらで譲ってもらえますか?」
佐々木モータースのカウンターに寄りかかりながら、楓が率直に尋ねた。
油まみれのツナギを着た親父さんは、手元のスパナを置くと、やれやれといった風に肩をすくめる。
「おいおい、いくら倉庫の奥で眠ってたからって、ホイホイ売れるようなもんじゃねえよ。型式を調べて、状態を確認して……ま、新品の半額とは言わねぇが、お前らの財布じゃちょっと痛い出費になるかもな」
やっぱりそう簡単にはいかないか、と僕が思わず苦笑いしたところで、親父さんはニヤリと片方の口角を上げた。
「だが――どうしても安く抑えたいってんなら、方法が一つだけある」
「……方法、ですか?」
「うちの裏にある倉庫、あそこは長年放置されたガラクタの山だ。埃まみれのタイヤの山を仕分けして、使えるやつと捨てるやつに分別しろ。それと、床の油汚れをきれいに掃き掃除すること。お前らの働きぶり次第じゃ、そのタイヤとチェーン、大幅に安く譲ってやらぁ」
僕と楓は顔を見合わせた。
スーパーの品出しバイトで稼いだ金とはいえ、中型免許の資金も考えるとパーツ代は少しでも抑えたい。
「やります! ぜひお願いします!」
「よし、即決だな。ほら、ぼやぼやしてないで、軍手とほうき持ってさっそく取りかかるぞ」
それから数時間、僕たちの放課後は「労働」に捧げられた。
長年の埃が積もったタイヤを引っ張り出すたびに黒いススが舞い上がり、制服のシャツや腕はあっという間に真っ黒になっていく。
「うわっ、重っ……これめちゃくちゃ汚い!」
「葵、文句言ってないでそっち持ってよ。あともうちょっとで一山終わるから!」
手を真っ黒にしながら、二人で声を掛け合い、汗だくになって倉庫の片付けをやり遂げた。
「――ふぅ、よく働いたな、お前ら」
夕方になり、見違えるほどきれいになった倉庫を見て、親父さんは満足そうに鼻を鳴らした。そして、奥の作業台から作業を終えた僕たちの方を振り返ると、ふっと小さく笑った。
「これだけきれいに片づけてくれたもんだ。おまけに、お前らのその根性も悪くねぇ」
親父さんはそう言って、選り抜いた状態の良い中古タイヤとチェーンを無造作に僕たちの足元へ放り投げた。
「……親父さん、いくらになります?」
「いらねぇよ。今日の労働の賃金ってことで、そいつはタダで持ってけ」
「え……いいんですか?」と目を見張る僕たちに、親父さんは「その代わり、次トラブっても俺を頼らず自分で何とかしろよ」と照れくさそうに背中を向けた。
受け取ったタイヤはずっしりと重く、自分たちの汗と泥まみれになって手に入れたそれは、どんな新品よりも価値のある「宝物」に見えた。
夕日に照らされた帰り道、自転車の荷台にタイヤをくくりつけ、僕たちは泥だらけの顔で笑い合いながらペダルを踏み鳴らした。




