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田舎の高校生がバイクをレストアしたら、世界が少しだけ広くなった  作者: ウシオ


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第57話 検定コースの疾走と、胸のなかのエンジン音

「――〇番、葵さん。準備ができたら、発進してください」


検定員のインカムから響いたその声に、僕は小さくうなずいてから、ゆっくりとクラッチをつないだ。


教習車であるホンダ・CB400SFの重い車体が、アスファルトの路面を滑らかに捉えてスーッと動き出す。エンジンの低く力強い鼓動が、ブーツの底や両手のひらを通じてダイレクトに伝わってくる。


最初の難所は、すぐ目の前に迫る「外周からの進路変更」だ。


ミラーの確認、そしてしっかりと首を振っての目視。原付に乗っていた頃は「後ろを見る」という動作がどこかおざなりになりがちだったけれど、教習所で叩き込まれた安全確認のルーティンは、今の僕の体に染み付いている。ガチガチに緊張していたはずの心臓の音は、走り出した瞬間に不思議と落ち着きを取り戻し、代わりにヘルメットの中には自分の規則正しい呼吸音だけが響いていた。


(いける。いつも通りにやればいいんだ……!)


スムーズに外周を回り、いよいよ最初の大きな関門である「クランク」へと差し掛かる。


パイロンの間隔は、中型バイクの車体に対して決して広くはない。原付の軽快さのつもりで飛び込むと、あっという間にバランスを崩してしまう魔のコーナーだ。


入口の手前でしっかりと減速し、ローギアに落とす。半クラッチとリアブレーキを絶妙にコントロールしながら、目線は常に遠く――コーナーの出口のさらに先へと向ける。


(ハンドルで曲がろうとするな、ニーグリップで車体を挟み込め……!)


頭の中で自分自身に言い聞かせながら、車体をリズミカルに傾ける。タイヤがパイロンのすぐ脇をかすめ、車体がピタリと安定した軌道を描いてクランクをクリアした。思わず胸のなかで小さくガッツポーズをしながら、そのまま次の「S字」へとバイクを滑らかに進める。


そして、その先には――普通二輪教習最大の試練の一つ、「一本橋」が静かに待ち構えていた。


真っ直ぐに伸びる幅わずか30センチ、長さ15メートルの鉄の板。


制限時間は7秒以上。原付とは比べ物にならない車重があるため、スピードが落ちすぎれば重力に負けてバランスを崩し、タイムを気にして焦ればあっという間に脱輪してしまう。


橋の入口の前にバイクをまっすぐ向け、一度完全に停止する。


大きく深呼吸をひとつ。視線を一番遠くの景色に据え、アクセルをわずかに開けながら、クラッチを半クラッチのスイートスポットにピタリと固定する。


前輪が、カタン、と鉄板の端に乗った。


(――始まった)


緊張で左手の指先がわずかに震えるのがわかる。でも、これまでのバイトの帰りに暗い夜道をポッケやGS50で走り抜け、古屋のガレージでオイルまみれになりながら磨いてきた「バイクのバランス感覚」が、今の僕の身体を支えていた。


リアブレーキをほんの少し引きずり、車体にテンションをかけ続ける。橋の上で車体が左右に揺れようとするのを、内またのニーグリップで力強く抑え込む。


(長い……! まだだ、まだ落ちるな……!)


心の中で秒数を数えながら、じっと前を凝視する。タイムを計測しているであろうコースサイドの検定員の視線が、チクリと背中に突き刺さるのを感じた。


そして、前輪がシュッと橋の出口の向こう側のアスファルトを捉えた瞬間、僕はそっと息を吐き出した。無事に指定タイムをクリアして通過できた確信があった。


残る課題は、指定された速度から一気に停車する「急制動」のみ。


アスファルトの直線路にバイクを向け、アクセルを大きく開けて一気に加速する。メーターの針が「40km/h」の目盛りを力強く指し示した瞬間、パッとスロットルを戻し、フロントとリヤのブレーキを同時に、かつ的確に強く握り込んだ。


グッ、と車体が前のめりに沈み込み、タイヤがアスファルトの上でしっかりとグリップしながら、指定された停止線の数メートル手前でピタリと静止する。


エンジン音だけが静かに響くコースの中で、僕は両足を地面につき、大きく息を吐き出した。


すべての走行課題が、いま終わった。


待合ロビーの窓際から、不安そうにこちらを見つめていた楓の姿が目に入る。僕はヘルメットのシールドを少しだけ押し上げ、遠く離れた彼女に向けて、できる限りの大きな笑顔を作って小さくうなずいてみせた。

いけるところまで毎日18時に更新をしたいと思ってます!

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