第58話 合格発表と、古屋の夜風
すべての検定受検生がコースでの走行を終え、緊張の糸がプツリと切れたような静けさが待合ロビーに戻ってきた。
僕と楓は、ロビーの隅の長椅子に並んで腰掛け、冷たいペットボトルの緑茶を回し飲みしながら、自分たちの心臓の鼓動が静まるのを待っていた。
「……どうだった? スラロームとか、一本橋のタイム……」
楓は不安そうに自分の膝の上でぎゅっと拳を握り締めながら、小声で尋ねた。
「自分では、一本橋も粘れたし、急制動もちゃんと止まれたつもりだけど……やっぱり、検定員の持ってるクリップボードの減点方式を思い出すと、どうしても細かいミスをしてたんじゃないかって怖くなるよ」
僕がそう答えると、楓も小さくうなずいて俯いた。
原付免許を取ったときとは違う、大人への階段を一つ上るような重みのある試験。ここでもし不合格になれば、また追加の教習代とスケジュール調整が必要になる。バイト代をやり繰りしてきた僕たちにとって、それは決して軽いダメージではない。
やがて、ロビーの前端にあるスピーカーから、事務員の乾いたアナウンスが響いた。
「――それでは、これより普通二輪受検生の合格発表を行います。番号を呼ばれた方は、受付窓口までお越しください」
ロビーの空気が一瞬で凍りついたように静まり返る。
「……っ!」
楓が僕の袖をキュッと掴んだ。手のひらが冷や汗で少し湿っている。僕は彼女の手をそっと握り返し、前方の掲示板と窓口に視線を集中させた。
「――受検番号、10番の方」
「はいっ!」
前の方の席に座っていた見知らぬ受検生が、緊張した面持ちで立ち上がり、窓口へと小走りで向かう。数秒の沈黙のあと、窓口の係員から白い封筒を手渡されるのを確認した。合格だ。その受検生はほっと息を吐き出し、まるで宝物のように封筒を両手で抱えてロビーを去っていった。
「次……受検番号、12番、葵さん」
自分の番号が呼ばれた瞬間、頭の中が真っ白になった。
「あ、はいっ……!」
声を絞り出し、足早に窓口へと進み出る。係員の女性は、優しく微笑みながら一枚の分厚い書類――「卒業証明書」を僕に差し出した。
「葵さん、合格です。おめでとうございます。安全運転で免許センターへ行ってきてくださいね」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥底から熱いものがこみ上げてきた。
「……ありがとうございます!」
大きく頭を下げ、震える手で卒業証明書を受け取る。振り返ると、少し離れた席からこちらを見つめていた楓が、両手で大きく丸を作って満面の笑みを浮かべていた。
「続いて、受検番号、13番、楓さん」
すぐ後に呼ばれた楓の番号。彼女もまた、窓口から「合格です」の言葉とともに白い封筒を受け取り、感激のあまりその場で小さく飛び跳ねそうになるのを必死にこらえて、僕のところへと駆け寄ってきた。
「葵……! 受かったよ、私たち、合格したよ……っ!」
「ああ、やったな……! 本当に、本当によかった……!」
ロビーの隅で、僕たちは思わずハイタッチを交わした。
教習所の重いCB400SFのクラッチ、夏の暑さの中で流した汗、スラロームのタイムに焦った日々――そのすべてが報われた瞬間だった。
夕方。すべての手続きを終えて自動車学校の門を出た私たちは、そのままの足でいつもの「古屋」のガレージへと向かった。
シャッターを開けると、夕闇に包まれたコンクリートの床の上で、スズキ・GS50とヤマハ・ポッケの二台の原付が、まるで僕たちの帰りを待っていたかのように静かに佇んでいた。
「ふう……やっとここまで来ただね」
楓はポッケのタンクにそっと手を置き、今日一日で一番穏やかな、晴れやかな笑顔を見せた。
冷蔵庫から冷えたサイダーを二本取り出し、僕たちはプシュッと威勢よく王冠を弾き飛ばした。
「卒業検定合格と、中型免許の取得に――乾杯!」
「乾杯!」
ガラス瓶の乾いた音が、静かなガレージに心地よく響く。
炭酸のシュワシュワとした冷たさが喉を駆け抜け、これまでの緊張感を綺麗に洗い流していく。
運転免許センターでの書類手続きを終えれば、いよいよ僕たちの手には「普通自動二輪免許」が本当に手に入る。バイクはまだこれから選ぶ段階だし、貯金と相談しながらの現実的な課題は山積みだけど、今日のこの夕暮れほど、未来が眩しく輝いて見えたことはなかった。
祝、免許取得!ということで少し休憩に入らせていただきたいと思います!
また書き溜めて更新していきたいと思いますので少しだけお待ちください!




