第55話 卒業検定へのカウントダウンと、古屋の夕暮れ
スラロームのタイム制限に苦しみ、時速40キロからの急制動でタイヤを鳴らし続けた第二段階も、いよいよ最後のプログラムを残すのみとなっていた。
夕暮れ時の自動車学校。オレンジ色の西日が広い教習コースの隅々まで長く伸び、アスファルトのグラウンドに僕たちの影を黒々と映し出している。最後のシミュレーションと見極めを無事に通過した僕たちは、ヘルメットを抱えながら待合ロビーの窓際に並んで腰を下ろしていた。
「……ふう。これで、第二段階の教習は全部おしまい、だね」
楓は手に持った教習手帳の最後のページをペラリとめくり、どこかホッとしたような、それでいて急に現実味が増して緊張してきたような複雑な表情を浮かべた。
「あとは、明後日に控えた『卒業検定』を残すのみ……か」
その言葉に、胸の奥がキュッと引き締まるのを感じた。
第一段階の検定のときとは比べ物にならない緊張感が波のように押し寄せる。卒業検定に合格さえすれば実技試験はパスできるし、僕たちには原付免許があるから、免許センターでの学科試験は免除されて書類手続きだけで中型免許が手に入る。
「だな。コースの経路を全部頭に叩き込んで、一本橋、スラローム、クランク、急制動、そしてS字……一つでも致命的なミスをしたら一発で不合格になっちゃう本番だ」
僕がそう言うと、楓は小さく息を吸い込み、気合を入れるように両手で自分の頬をパチンと軽く叩いた。
「大丈夫! この夏、私たちはバイトの過酷なシフトも、あの重いCB400SFのクラッチも、ここまで全部乗り越えてきたんだもん。教習所の先生たちだって、私たちの走りを見て『これならいける』って言ってくれたんだから!」
その前向きな言葉に、僕も大きくうなずいた。
原付の50ccで地元の道を走り回り、エンジンが焼き付きそうになりながら背振の山を登っていたあの頃。あの小さな経験の積み重ねが、確実に今の僕たちの背中を支えてくれている。教習所の400ccがどれほど重くても、今はもう恐怖ではなく「頼もしい相棒」のように感じられるようになっていた。
翌日は検定前日の自主練習日。コースを隅々までイメージトレーニングし、万全の体調でその夜を迎えた。
いつもの「古屋」のシャッターを開けると、夕闇に包まれたガレージの中で、スズキ・GS50とヤマハ・ポッケの二台が静かに僕たちを待っていた。
冷蔵庫から冷えたサイダーを取り出し、いつものようにコンクリートの床に並んで腰を下ろす。
「それじゃあ……明後日の卒業検定に向けて、乾杯!」
「乾杯!」
ガラス瓶がカチンと軽やかにぶつかり合う。
炭酸のシュワシュワとした冷たさが喉を潤し、これまでの緊張感を心地よくほぐしていく。
「ねえ、葵」
サイダーの瓶を両手で包み込みながら、楓が少しだけ現実的な顔をして呟いた。
「免許が取れたらすぐにでも走り出したいところだけどさ……よく考えたら、肝心の新しいバイクはまだ決まってないし、貯金の残高と相談しながら買わなきゃいけないんだよね。それにヘルメットやグローブの装備品も揃えるとなると、次の週末にすぐツーリングってわけにはいかないか……」
「そうだな。教習代にバイト代をつぎ込んできたから、次の相棒をどう迎えるかはこれからしっかり電卓を叩かないといけないな」
僕が苦笑いを浮かべると、楓も「でも、選んでる時間も一番楽しいんだけどさ!」とパッと表情を明るくさせた。
古屋の天井で揺れる裸電球の光の下、まずは卒業検定という最後の関門を必ずクリアするという決意を胸に、私たちの心は最高潮の回転数で唸りを上げていた。




