第54話 第二段階の壁、スラロームと波状路
第一段階の技能検定を無事にクリアし、いよいよ普通二輪教習は「第二段階」へと突入した。
待合ロビーで受け取った新しい配車票を眺めると、そこには第一段階では見慣れなかった項目がずらりと並んでいた。「急制動(時速40kmへの引き上げ)」「スラローム(タイム制限あり)」「方向転換」、そして「安全確認を伴う総合コース走行」。
「ねえ、葵……。第二段階のシラバス、なんか急に難易度が跳ね上がってない?」
新しいゼッケンを手に持ちながら、楓が青ざめた顔でスケジュール表を指さした。
「とくにこのスラロームなんて、パイロンの間隔が狭いのに制限時間内に抜けなきゃいけないんでしょ? 原付どころか自転車でもこんなクネクネした道走ったことないよ……!」
その不安は、僕もまったく同じだった。
実際に第二段階の最初の実車教習が始まると、その難しさは想像を絶していた。
最初の関門となったのは、等間隔に置かれたパイロンの間を軽快にすり抜ける「進路転換」だ。指定されたタイム(中型の場合は8秒以内)を保ちながら通過しようとすると、どうしても焦りが生じる。
「はい、もっとバイクを積極的に傾けて! ハンドルだけで曲がろうとしない!」
指導員の鋭い声がコースサイドから飛んでくる。
CB400SFの重い車体を左右にリズミカルに切り返すには、ニーグリップをしっかり効かせて、自分の体重をステップへと正確に伝える必要がある。原付のノリで上半身だけで曲がろうとすると、車体がフラついてパイロンを弾き飛ばしてしまうのだ。
そして、もう一つの大きな壁が「急制動」の速度引き上げだった。
第一段階では時速30kmだった指定速度が、第二段階では時速40kmへと引き上げられる。乾燥したアスファルトの上とはいえ、あの大きなCB400SFを40kmから一気に、指定された停止位置のピタリ手前で止めるのは、想像以上に度胸が必要だった。
「うわっ、40kmって体感だとめちゃくちゃ速い……!」
隣のコースで急制動に挑んでいた楓は、最初のうちは手前でブレーキをビビってロックさせかけたり、逆に奥まで行き過ぎてパイロンを通り過ぎたりと悪戦苦闘していた。
アクセルをグッと開けて一気に加速し、パッとスロットルを戻して前後ブレーキを同時に、かつ的確に強く握り込む。原付の細いブレーキとは違う、車体の沈み込みやタイヤのグリップ感を体全体で受け止める感覚が求められた。
放課後の教習が終わり、ヘルメットを脱いだ僕たちの髪は汗でびっしょりと濡れていた。
待合ロビーの自販機で買った冷たい缶コーヒーを片手に、僕たちはぐったりと椅子に沈み込む。
「……第二段階、甘く見てた。第一段階とは比べ物にならないくらい、神経も体もバキバキに疲れるよ」
楓は自分の両手を眺めながら、苦笑いを浮かべた。クラッチワークとハンドルの抑え込みで、指先がうっすらと赤くなっている。
「本当にな。でも、これをクリアできれば、いよいよ本当の意味で『中型バイクを自在に操る技術』が身につくってことだろ」
僕がそう言うと、楓は疲労の色が濃かった顔に、ふっと力強い笑みを浮かべた。
「そうだよね! スラロームだって、バイクをリーンアウト気味にパタパタ倒すコツがなんとなく掴めてきたし……絶対、次の教習ではタイムをクリアしてやるんだから!」
夜、いつもの「古屋」に戻り、GS50とポッケのエンジン音を静かに聞きながら、僕たちは今日の教習の反省をノートに書き留めた。
50ccの原付から始まった私たちのバイク生活は、今や教習所のCB400SFという大きな壁を相手に、確かな技術と経験へと変わり始めている。第二段階という後半戦の波を越えた先にある「卒業検定」と、その先にある新しいバイクとの出会いに向けて、私たちの青春のエンジンは今日も力強く回り続けていた。
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