第47話 秋風のなか、シフト表とキャブレター
暦の上ですでに秋へと移り変わり、朝晩の風にはほんのりと乾いた冷たさと、稲刈りを終えた田んぼの土の香りが混じり始めるようになった頃。僕たちの日常は、相変わらずアルバイトと学校、そしてわずかな自由時間を古屋で過ごすサイクルの繰り返しで回っていた。
夏休みの観光客の喧騒がすっかり落ち着いた市内のスーパー。
自動ドアを抜けて外から吹き込んでくる秋の涼しい風を受けながら、僕はバックヤードでダンボール箱のガムテープをカッターで次々と切り裂いていた。9月に入り、新学期が始まって学校の授業とアルバイトの両立は確かに忙しくなったけれど、「中型免許」という揺るぎないゴールが心のなかに存在しているおかげで、週に何度も入る夜の品出しシフトは不思議と苦にならなかった。むしろ、体が作業の要領をすっかり覚えて動きがスムーズになった分、頭の中では教習所のシミュレーションをしたり、次に二台の原付でどこを走ろうかと考えたりする余裕すら生まれていた。
一方の楓も、同じようにレジ周りの片付けや売場の清掃を終えて、制服のベスト姿のままバックヤードへとやってきた。
「お疲れ、葵! 今日の夕方のレジ、特売のタイムセールと重なってめちゃくちゃハードだったけどさ……私、ふと気づいちゃったんだよね」
冷えたペットボトルの緑茶を片手に、楓がパッと明るい、けれどどこかいたずらっ気のある顔で僕に近づいてくる。
「ん? なにに気づいたのさ」
「ほら、夏のあの猛暑が嘘みたいにすっかり涼しくなったじゃん? このくらいの肌寒いくらいの気候って、バイクで走るのに一年で一番気持ちいい季節なんだってこと!」
確かに、汗だくになりながらヘルメットを被って熱ダレ気味のエンジンを労わっていた真夏の頃に比べると、今の夕方のパリッとした空気感は、ツーリングの虫をうずかせるのに十分すぎた。
「そうだな。エンジンの調子も、夏の暑さにバテていたのが嘘みたいに、今は吸気も排気もキレッキレに回ってくれるしな」
「でしょ? だからさ、今日のバイト終わり、久しぶりにちょっと夜の街を軽く流さない? もちろん、遠くの山まで行くわけじゃなくて、いつもの国道からバイパス沿いを少し走るだけでいいからさ」
楓の提案に、僕の胸のなかでも小さな単気筒エンジンがブルリと活気づいた。
夏の間、アルバイトでガッツリ稼ぐためにシフトを詰め込んでいたけれど、ただひたすら働くだけじゃなく、こうして秋の夜風の中で相棒たちと走る時間をちゃんと挟むことで、日々のモチベーションも綺麗に保たれていた。
仕事終わりの夜八時すぎ。
スーパーの従業員用駐輪場から、スズキ・GS50の乾いたエキゾーストノートと、ヤマハ・ポッケの軽やかな単気筒サウンドが、ひんやりとした夜空へ向かってトコトコと響き渡った。
秋の涼しい夜風がヘルメットのシールドの隙間からすーっと入り込み、一日中立ち仕事で火照った額や首筋を心地よく冷やしてくれる。車通りの減った平坦な幹線道路を並んで走りながら、前を走る赤いポッケの小さなテールランプが、街灯の光に照らされて小刻みに揺れていた。
「やっぱり、これこれ! これだよ!」
途中の長い信号待ちで止まったとき、楓がシールドをカチッと押し上げて振り返り、満面の笑みを向けた。
「バイトで足がパンパンに疲れた体に、この夜風と原付のエンジン音が最高の栄養だよね」
「ほんとだな。あと数回このシフトをこなせば、目標の20万円の壁も完全に突破できるしな」
免許取得のための9月決戦はまだ途中だけど、目の前には最高の秋晴れの気候と、相変わらず絶好調な二台の50ccがある。
季節が変わっても、僕たちの青春のスピードは少しも緩むことなく、心地よい排気音を響かせながら次のコーナーへと力強く走り続けていた。
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