第4話 火花と、小さな確信
キャブレターの洗浄を終えた次の週末、古屋の中には少しだけ前進した空気が流れていた。
綺麗になったキャブレターを再びエンジンへと組み込み、ボルトを締め直す。それだけでも、ただの鉄の塊だったバイクが、ほんの少しだけ「機械」に近づいたような気がして誇らしかった。
「よし、次は点火系のチェックね」
楓がスパナを片手に、ポッケのプラグキャップをスポッと引き抜いた。
バイクがエンジンを始動させるためには、燃料だけでなく、パチパチと力強い「火花」を飛ばさなければならない。しかし、何年も放置されていた古いバイクの電気系統が、すんなり生きている保証はどこにもなかった。
「プラグを外して、シリンダーヘッドに当てながらキックを踏む。そんで、青い火花が飛べばOK……って、佐々木モータースの親父さんが言ってたよね」
「理屈はそうだけどさ。本当に火花なんて飛ぶのかよ」
僕は自分のGS50からスパナを使って古びたプラグを取り外した。先端を見てみると、電極のあたりは真っ黒に焼け焦び、白いガイシの部分もうっすらと煤けている。ワイヤーブラシでゴシゴシと磨き、新品同様とはいえないまでも、なんとか金属の地肌を露出させた。
「準備いい? 葵、いくよ」
楓が自分のポッケのキックペダルに足をかけ、グッと踏み込む。
カチッ、と乾いた音がして、プラグの先端を覗き込むと――。
「あ、飛んだ! 見て、青い火花!」
楓の嬉しそうな声に、僕も思わず覗き込む。確かに、薄暗い古屋の陰の中で、パチパチと小さく鋭い青白い光が弾けていた。電気が生きている。その事実だけで、なんだか胸の奥が熱くなった。
「よし、僕も続くぞ」
僕はGS50のプラグをセットし、深呼吸をしてからキックペダルに足を乗せた。
カチリ、と重い感触のあと、全身の体重を乗せてペダルを力強く踏み下ろす。
カキィン、と乾いた金属音が響き渡り、視界の隅で――チリッ、と青い火花がしっかりと跳ねた。
「おっ、やったじゃん! 火花オッケー!」
「ふう……よかったぁ。電装系がダメだったらどうしようかと思ったよ」
僕は額に滲んだ汗を手の甲で拭いながら、思わずふうっと息を吐き出した。
燃料がいき、火花が散る。バイクが目覚めるための条件が、一つずつクリアされていく。
エンジンそのものに火を入れる瞬間はまだもう少し先だけど、確実に、二人の相棒は死んでいなかった。
窓の外では、春の柔らかい風が青々とした田んぼの草木を揺らしている。
オイルの匂いが染みついた古屋の中で、僕たちは顔を見合わせ、思わずニヤリと笑い合った。




