第39話 朝の洗車と、二人のガレージ
昨日は日付を間違えて投稿しておりました!
今日は昨日の分も含め4話分、投稿しますので見ていただければありがたいです!
昨日の夕暮れ、海岸線から戻ってきて、それぞれの自宅へと帰宅していた。夏休み二日目の朝、まだ空気の中に昨日の熱気が微かに残る午前八時前、僕たちはいつものように僕の家の敷地にある古い物置――通称「古屋」の前に集まっていた。
元々は農機具や古いガラクタが眠っていたこの古屋を、僕たちが原付に乗り始めてから勝手に掃除して、今ではちょっとした秘密基地のようなメンテナンススペースとして使っている。
「おはよ、葵! 朝からちょっと汗ばむくらいの天気だね」
手にはバケツとスポンジ、そして真新しいウエスを抱えた楓が、チャリをキコキコと言わせながらやってきた。その後ろには、昨日の潮風をたっぷり浴びたヤマハ・ポッケがトコトコと従えられている。昨日まであんなに楽しかったツーリングの余韻に浸りたいところだけれど、バイク乗りにとって「走った後のケア」は旅の終わりの大切な儀式だ。海風をたっぷり浴びた車体は、目に見えない塩気をまとったまま放置すると、すぐに金属の表面を蝕み始めてしまう。
「おはよう、楓。早速だけど、昨日の塩気と砂ぼこりを綺麗に落とそうか。放っておくとボルトの頭やスポークに白い粉が吹いちゃうからね」
僕たちは古屋の脇にある水道からホースを引っ張ってきて、バケツにたっぷりの水を汲んだ。
まずはエンジンが完全に冷えきっていることを確認してから、たっぷりの水を含ませたスポンジでポッケの車体を優しく撫でていく。フロントフォークのボトムケースや、リアのスイングアームの裏側、そして一番汚れやすいホイールのリムの内側。昨日の道中で跳ね上げられた砂が、水に濡れると黒々とした泥のようになって足元へと流れ落ちていく。
「うわ、こんなところにも砂が入り込んでる……! 海岸線の道って、走ってる時は爽やかだけど、やっぱりバイクにとっては結構過酷な環境なんだね」
楓はポッケの小さなエンジンガードの隙間を指で拭いながら、少し驚いたような声を上げた。
「そうなんだよ。だからこそ、こうしてこまめに洗ってやると、バイクも機嫌が良くなる気がするんだ」
シャンプーの泡をきれいに水で洗い流したあとは、乾いた吸水クロスで水分を余すところなく拭い上げていく。拭けば拭くほど、ポッケの鮮やかなレッドとホワイトの塗装が朝の光を浴びてツヤツヤと輝きを取り戻していく。自分のGS50も同じように、タンクからシートカウル、エキゾーストパイプの曲がりくねったラインまで、丁寧にウエスを滑らせて磨き上げた。
車体がピカピカになったところで、次に行うのは駆動系、すなわちチェーンの点検と注油だ。
昨日、片道四十キロメートル以上のロングランをこなし、海岸線の乾いた風や砂埃に晒されたチェーンは、表面のオイルが少し乾きかけて、シャリシャリとした乾いた音を立て始めている。
「よし、チェーンルブを持ってこよう」
僕は古屋の棚から専用のケミカルスプレーを取り出し、楓のポッケのリアホイールの脇にしゃがみ込んだ。サイドスタンドで傾いた車体を軽く支えながら、リアタイヤを手でゆっくりと回す。リンクプレートの一個一個をじっくり観察すると、摩耗や錆びはないものの、明らかに昨日の汚れや油分不足が見て取れた。
「チェーンのメンテって、最初はただの油差しだと思ってたけど、こうして触るとチェーン一本一本がちゃんと生き物みたいに頑張ってくれてるのがわかるよね」
楓も自分のポッケのチェーンケースを覗き込みながら、感心したように呟いた。
「ほんとにね。アクセルを開けた力が、この小さなコマを通じてダイレクトにリアタイヤに伝わってるわけだし、ここをサボるとバイク全体の調子がガタッと落ちちゃうからね」
ノズルを向け、チェーンのローラー部分に一コマずつ丁寧にルブを吹いていく。シューという微かな噴射音とともに、透明なオイルの膜が金属の表面をすっきりと覆っていく。余分な油分はすぐに綺麗なウエスで拭き取り、ベタつきを残さないようにするのが僕たちのこだわりだ。作業を終えると、チェーンは新品のような鈍い光を放ち、手でタイヤを回すと「スルスル」と心地よい抵抗のない回転が戻ってきた。
洗車とメンテナンスが完璧に終わる頃には、額に心地よい汗がじんわりと滲んでいた。
ピカピカに磨き上げられた二台の原付は、昨日の冒険の疲れを完全に洗い流し、まるで「次の道を早く走らせてくれ」と言っているかのように誇らしく佇んでいる。
「ふう……終わったー! これでまたいつでもどこへでも走り出せるね」
楓はタオルで汗を拭いながら、満足そうに両手を腰に当てて胸を張った。
「だな。さて、バイクの準備が完璧になったところで、次は……この夏休みの次の目的地をどこにするか、改めて地図を広げて作戦会議といこうか」
古屋の作業台の上から取り出した古びた折りたたみ式のロードマップを広げると、僕たちは顔を見合わせ、まだ見ぬ次のルートへと自然に笑顔を咲かせたのだった。




