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田舎の高校生がバイクをレストアしたら、世界が少しだけ広くなった  作者: ウシオ


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第38話 夕暮れのガレージと、オイルの余韻

海沿いの国道を抜け、見慣れた市内のアスファルトをトコトコと走り抜けた僕たちは、夕暮れの茜色に染まり始めた「自宅の古屋」のコンクリートの土間に、パタパタパタと乾いた排気音を響かせながら静かに滑り込んだ。


キーをひねってエンジンを完全に停止させた瞬間、それまで耳の奥でずっと一定のリズムで鳴り響いていた単気筒の鼓動がピタリと止まり、あたりには急に夏の終わりのセミの声と、遠くの夕暮れを知らせる防災無線のチャイムが大きく満ちてきた。


「はあ……無事に帰ってきちゃったね。楽しかった時間は、どうしてこんなにもあっという間に過ぎ去っちゃうんだろう……」


ヘルメットを脱いだ楓は、両手でボサボサになった頭を掻きながら、名残惜しそうに自分のヤマハ・ポッケのガソリンタンクをそっと手のひらで撫でた。車体全体をよく見ると、今日のロングツーリングで海岸線の道路から跳ね上げた細かな砂ぼこりと、玄界灘の強烈な潮風を含んだ微量の塩気が、白と赤の鮮やかなボディのあちこちにうっすらと付着している。朝の出発時にはあんなにピカピカに磨き上げていたのに、今はすっかり「長い旅をしてきた歴戦の顔」になっていた。


「お疲れ様、楓。本当によく頑張って最後まで走り抜いてくれたよ。ポッケも、そして君の右手もね」


僕がそう言って自分のスズキ・GS50のシートからリュックを下ろすと、楓はふっと嬉しそうに目を細めて微笑んだ。


「うん! 最初は海風に車体をあおられたときは正直ちょっと焦ったけどさ、途中からすっかりコツを掴んで、風をいなすように走れるようになったんだ。すごく気持ちよかった……! あ、そうだ、葵!」


急に思い出したように、楓はリュックのサイドポケットからスマートフォンを取り出し、画面をタップした。


「今日走ったルートのログ、専用のアプリでちゃんと記録してたんだ。ちょっと見てよ、この綺麗な海岸線の軌跡!」


僕が覗き込むと、スマホの画面には、家を出発して平野を北へ抜け、唐津の美しい海岸線をぐるりと大きな弧を描いて回り、再び同じ道で戻ってきた軌跡が、一本の鮮やかなオレンジ色の線として描かれていた。ただの平べったいデジタル地図だった画面が、自分たちの足跡そのものに変わっている。その小さな画面を眺めているだけで、鼻腔の奥にあの防波堤の潮風の匂いが蘇り、冷えたおにぎりの記憶が鮮やかにフラッシュバックしてきた。


「すごいな……これがあれば、今日どこを通って、どこでどんな風に曲がったのかが完璧にわかるし、気づかないうちにこんなに長い距離を走っていたんだな」

「でしょ? 自分の足じゃなくて、この原付のエンジンと一緒にここまで来たんだって実感が湧くよね。ねえ、葵、次の週末はさ、もう少し内陸の山あいのほうに抜けて、この前とは違う川上の方まで行ってみるのも面白そうじゃない?」


カレンダーを見れば、夏休みはまだ始まったばかりだ。目の前にあるスケジュールには、これからの二人の冒険のための余白がまだまだたっぷりと残されている。


「そうだね。山道ならまた違ったエンジンの唸り方が楽しめるし、新しいルートを開拓するのも楽しそうだ。ただ、その前に一つ大事な作業があるよ」

僕がそう言うと、楓は怪訝そうに首をかしげた。

「え、何? メンテナンスの続き?」

「そう。海の近くを走ってきたからさ、今日の潮風と塩気をそのままにしておくと、あっという間にサビの元になっちゃうんだ。だから、まずは明日の朝一番に、今日の汚れを綺麗に洗い流して、チェーンの油膜をチェックするところから始めないとね」


僕の言葉に、楓は「はーい、朝の洗車とチェーンの点検ですね、了解です!」と、元気よく敬礼してみせた。


夕暮れのガレージの片隅で、少しずつ冷めかけていくエンジンの金属音に耳を傾けながら、僕たちはそれぞれの相棒のボディを柔らかいウエスで優しく拭き上げた。明日も明後日も、この小さなバイクたちと一緒にどこへでも行ける――そんな確かな予感と心地よい疲労感が、夜の帳が下りる佐々木モータースの空気のなかで、僕たちの胸を温かく満たしていくのだった。

いけるところまで毎日18時に更新をしたいと思ってます!

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