第27話 林道の木漏れ日と、小さな寄り道・その先
「ねえ、葵、ちょっとこの川の石を見てよ。すごくきれいな形をしてるの」
楓はしゃがみ込んだ姿勢のまま、足元にある平らで白っぽい川石をひょいと拾い上げ、僕に見せるように手のひらに載せてみせた。長い年月をかけて清流に磨かれたその石は、角がすっかり取れて丸みを帯び、水に濡れてツヤツヤと黒光りしている。
「本当だ、まるで川底の置物みたいだな。綺麗に丸くなってる」
「でしょ? なんか、これ持って帰ったらお守りになりそうじゃない?」
楓はふふっと楽しそうに笑いながら、その石をそっとポケットにしまい込んだ。
僕はそんな彼女の様子を眺めながら、ふと視線を林道の奥へと向けた。
木々の隙間から差し込む光の筋は、時間の経過とともに少しずつ傾き始め、初秋の気配さえ感じさせるような深い緑のグラデーションを作り出している。二台の原付が佇む場所から少し離れると、聞こえてくるのは渓流の水音と、風に揺れる葉擦れの音だけだ。都会の喧騒や、毎日のように追われるアルバイトのシフトのことも、この静寂の中ではすっかり別の世界の出来事のように思えてくる。
「そろそろ、もう少し先まで行ってみる?」
僕が声をかけると、楓は名残惜しそうに水面から目を離し、パッと明るい表情で振り返った。
「うん、行こう! この道の先に何があるか、ちょっと気になるし!」
僕たちは再びヘルメットを被り、あご紐をしっかりと締めた。
キックペダルを踏み下ろすと、乾いた単気筒のエンジン音が再び林道に響き渡り、静寂を優しく破っていく。先ほどまでのんびりと過ごしていた時間が、再び心地よいエンジンの鼓動とともに動き出すのを感じた。
バイクにまたがり、再び砂利道をゆっくりと進み始める。
道は緩やかな上り坂へと変わり、木々の密度が少しずつ薄れていく。両側に生い茂っていたシダ植物や野の花がだんだんと減り、代わりに視界が開けた斜面が現れた。どうやら、この林道の最高地点か、あるいは別の大きな道路へと抜ける合流地点に近づいているらしい。
スロットルを慎重に開けながらコーナーを曲がると、目の前の視界がパッと明るくなり、木立の向こうに青い空が大きく広がった。
「あそこ、見晴らしが良さそうだよ!」
先を走っていた楓が車体を左側の路肩に寄せ、エンジンを切る。僕もそれに倣ってGS50を停め、サイドスタンドを下ろした。
バイクから降りて駆け寄ると、そこは山肌が切り拓かれたちょっとしたビューポイントだった。
眼下には、先ほどまでいたダム湖が遠く小さく見え、その向こうには幾重にも重なる山々が青みがかったグラデーションを描いて連なっている。風が強く吹き抜けるこの場所は、先ほどの渓流のひんやりした空気とはまた違い、どこか開放的で乾いた夏の匂いがした。
「すごい……! さっきのダムよりも、もっと遠くまで見渡せるね」
楓はヘルメットを完全に脱ぎ、風に揺れる髪を鬱陶しそうに手で押さえながら、両手を腰に当てて深呼吸をした。
「本当だね。あそこから、あんなに曲がりくねった道を僕たちは登ってきたんだな」
二人が並んで立つ足元には、ここまで共に走ってきたポッケとGS50が、お揃いのように並んで静かにエンジンを冷ましている。車体には細かな砂埃や泥が少しだけ跳ね付いているけれど、それがむしろ、この旅の軌跡のようで誇らしく見えた。
「ねえ、葵」
少し強い風の中、楓がふと隣を向いて僕の袖を軽く引っ張った。
「ん?」
「今日、ここに来て本当によかった。……ありがとう、誘ってくれて」
その言葉と、太陽の光を受けて少し照れくさそうに笑う横顔を見た瞬間、胸の奥がフワッと温かくな規矩で満たされるのを感じた。言葉にしようとすると少し気恥ずかしくて、僕はただ小さくうなずき、遠くの山並みへと再び目を向ける。
風が吹き抜け、二人の影をアスファルトに長く伸ばす。
原付の小さな旅は、最高の一ページを刻みながら、まだまだゆっくりと続いていくのだった。
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