第17話 放課後の寄り道と、小さな喫茶店のプリン
放課後のチャイムが鳴り響き、校舎を包んでいた気だるい空気が一気に動き出す。
駐輪場へと急ぐ僕たちの足取りは、いつだって朝よりも軽かった。
ヘルメットを被り、あご紐を留めてキックペダルを踏み下ろす。
――タタタタタタッ!
乾いた排気音が静かな夕方の空気に溶け込み、僕たちは学校の門を飛び出した。昨日までの川沿いの土手とは違い、今日の目的地は少しだけ街の中心に近づいた場所にある。
バイパスから一本外れた旧道沿い。色あせた看板に『喫茶 木漏れ日』と書かれた、昔ながらの小さな店だ。
「ここ、前から気になってたんだよね」
店の手前でエンジンを止め、サイドスタンドを払った楓が、ウインドウ越しに店内を覗き込みながら言った。
木造の古びた外観は僕たちの小さなバイクの雰囲気に妙に馴染んでいて、いかにも年配のマスターが一人で切り盛りしていそうな隠れ家風の佇まいだった。
引き戸を開けると、カランコロンと古びたベルが乾いた音を鳴らす。
店内にはコーヒー豆の香ばしい焙煎の匂いと、心地よいジャズのレコードが流れていた。お客の姿はまばらで、奥の窓際の席には午後の柔らかな西日がいい具合に差し込んでいる。
僕たちは並んでカウンター席に腰を下ろし、黒板にチョークで書かれたメニューに目をやった。
「いらっしゃい。……おや、制服だね。高校生かい?」
厨房から顔を出したマスターは、白髪混じりの髪をきれいに整え、穏やかな笑みをたたえていた。
「はい。あの、バイクでここまで来たくて……」
「そうかい。外にとまってる、あの小さな原付二台だね。いい音させて走ってきたじゃないか」
親父さんとはまた違う、静かで温かいマスターの言葉に、少しだけ肩の力が抜ける。
メニューに目を落とし、僕はブレンドコーヒーを、楓は「私は、アイスティーにしようかな」と少し悩んでからグラスの飲み物を選んだ。そして、この店名物の手作りプリンを一つずつ注文した。
ほどなくして運ばれてきた皿の上には、昔ながらの少し硬めのプリンが鎮座し、その脇にはたっぷりのホイップクリームと、真っ赤なチェリーがちょこんと乗せられている。スプーンを入れると、しっかりとした手応えとともに、卵とバニラの甘い香りがふわりと広がった。
「ん……っ、おいし……!」
口に入れた瞬間、素朴な甘さとカラメルのほろ苦さが絶妙に絡み合う。
ストローでアイスティーを一口含んだ楓が、ふうっと小さく息をつきながら微笑んだ。
「うん、こっちにして正解だった。プリンの甘さとすごく合う……」
硬めのプリンにスプーンを入れ、カラメルをたっぷり絡めて口に運ぶ彼女の横顔を、僕は湯気の向こうからそっと盗み見る。
自転車を必死に漕いでただ家と学校を往復するだけだったこれまでの日常なら、こんなふうに並んでおやつをつつく余裕すら持てなかったはずだ。原付という足を手に入れたことで、学校から家までの「点と点」の間に、こんなにも豊かな寄り道の空間が生まれていた。
「ねえ、葵」
プリンの皿を見つめながら、楓がふと呟いた。
「私たち、こうやってバイクで色んなところに行けるようになって、なんだか世界が広がったよね。最初は本当に動くのかって不安しかなかったのにさ」
「うん……そうだね。あのとき、佐々木モータースに持っていって本当によかったよ」
窓の外を見ると、夕暮れの光を浴びたGS50とポッケが、静かに並んで僕たちの帰りを待っている。
錆を落とし、部品を磨き上げ、自分たちの手で命を吹き込んだ小さな相棒たちは、僕たちをまだ見知らぬ景色へと連れ出してくれる確かな翼になっていた。
コーヒーの苦味とアイスティーのすっきりした冷たさが、口の中に心地よく残る。
夕暮れが近づく古い喫茶店の中で、紅茶のグラスが立てる氷の涼しい音を聞きながら、僕たちは次の週末はどこを走ろうか、少しだけ距離の縮まった距離感のまま、小さな声で相談しはじめた。
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