第16話 土手の風と、二つのテールランプ
放課後のチャイムが鳴り響き、校舎の慌ただしい空気が少しずつ落ち着きを取り戻す中、僕たちは昇降口へと急いだ。アスファルトの照り返しで少しぬるくなったヘルメットを頭に被り、あご紐をカチッと留める。グローブのベルクロを締め直すその手つきにも、すっかり慣れてきた。
駐輪場の片隅に停めたGS50のキックペダルを踏み下ろす。
――タタタタタタッ!
乾いた小気味よい鼓動が静かな夕方の空気に溶け込み、少し離れた場所からは、ポッケの軽やかな排気音がそれに続く。
学校の門を抜け、自転車の生徒たちの列を横目にバイパスへ出ると、みるみるうちに風が変わった。コンクリートの熱気と微かな排気ガスの匂いから、田んぼを渡ってくる湿り気を帯びた草の匂いや、どこか遠くの水面の爽やかな気配へと切り替わる。
目指す場所は、町を大きく縁取るように蛇行する一級河川の土手だ。
「こっちだよ、葵!」
前を走る楓が、バックミラー越しに大きく手を挙げる。
彼女のポッケは小さな車体を上下させながら、土手へと続く緩やかなスロープを軽やかに駆け上がっていき、僕もそれに続いてアクセルをわずかに開けた。
ガタガタとタイヤから砂利の感触が伝わり、その斜面を登りきった瞬間。視界を遮っていたものが一気に消え去り、文字通り「世界が開けた」。
「うわ……っ!」
思わず声を漏らし、僕はアクセルを戻して路肩にバイクを停めた。
目の前に広がっていたのは、夕暮れに染まり始めた薄茜色の空と、どこまでも遮るもののない広大な田園風景だった。
風の強い土手の上の道には、遮るものが何もない。吹き抜ける初夏の風が、汗ばんだシャツの背中を心地よく冷やしていく。視線の先には、傾きかけた太陽の光を反射して、緩やかに流れる川が銀色のリボンのように光っていた。
サイドスタンドを払ってエンジンを止めると、辺りには静寂と、チリチリと熱を冷ますエンジンの金属音だけが残る。
「すごい……学校からはこんな景色、全然見えなかったね」
ヘルメットを脱いだ楓が、風に長い髪を揺らしながら土手の縁へと歩いていく。
彼女の後を追うようにバイクを下り、僕もヘルメットを抱えたまま並んで立った。遠くに見える山並みの向こうへ、太陽がゆっくりと沈みかけている。田植えを終えたばかりの水鏡のような田んぼのあちこちに、夕空の色が鮮やかに映し出されていた。
自転車を必死に漕いで帰るだけの退屈だった頃なら、ここまで来る気力なんて湧かなかったはずだ。
だけど、原付という小さな翼を手に入れた僕たちは、自分の意思でこの風の中へとたどり着いた。
「ねえ、葵。私たち、本当にここまで自分たちのバイクで走ってきたんだね」
「ああ……。なんか、まだちょっと実感が湧かないけどさ」
ポケットの中で、免許証の硬いプラスチックの感触が指先に触れる。
佐々木モータースの親父さんに指摘されて直したチェーンの張り、毎朝の通学路の坂道、そして今、この風の吹き抜ける土手に並んで立っていること。そのすべてが、確かに僕たちのものだった。
バイクのタンクに腰掛け、他愛のない冗談を言い合いながら、僕たちは夕暮れが完全に夜の帳に変わるまでの間、ただ流れる川と吹き抜ける風を感じていた。
町の明かりがぽつりぽつりと灯り始める頃、僕たちは再びエンジンに火を入れ、家路へと向かう。二つの小さなテールランプが照らすアスファルトの先には、まだ見たことのない風景が、これからもいくらでも広がっているような気がした。




