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田舎の高校生がバイクをレストアしたら、世界が少しだけ広くなった  作者: ウシオ


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第15話 朝のキック音と、初めての通学路

親父さんに言われるがまま、僕たちはGS50とポッケを佐々木モータースの作業場へと押し入れた。コンクリートの床にタイヤが触れると、ツナギの裾をまくった親父さんが、手際よくウエスで油まみの手を拭きながら近づいてくる。まずは僕のGS50に跨がり、車体を軽く左右に揺すり、フロントフォークを何度かストロークさせてから、満足そうに鼻を鳴らした。

「ふん、足回りの組み付けは上出来だな。ガタつきもねぇ。……ちょっとエンジン始動してみるか」

キックペダルを一踏みすると、GS50は低く歯切れの良いパルス音を刻んで目覚めた。親父さんはスロットルを軽くあおり、その穏やかで確実なレスポンスを耳と体で確かめる。

「キャブのセッティングも今の季節なら悪くねぇ。ただな、お前……少しチェーンの張り調整が甘いな。これじゃあ加速のときにちょっとロスが出るし、伸びるのも早い。あとで調整用のレンチ貸してやるから、自分で締めてみろ」

「はい!」

隣では、ポッケを見てもらっていた親父さんが、同じように要所を指摘しながらアドバイスを送っている。乾いた鋭い排気音の傍らで、親父さんは言った。

「こっちはクラッチの遊びが少し多いな。女の子の握力なら、もうちょい手前でスパッと切れるようにワイヤーを調整した方がラクだぞ」

「あ、やっぱりですか? 乗ってて少し手が疲れる気がしてました」

ただ直して終わり、ではなく、実際に公道を走ってきたからこそ気づく微調整のポイント。親父さんは僕たちに工具を渡し、作業台の端っこを占拠させてくれた。油まみれの軍手をはめ、自分たちの手で再びボルトを締め直していく。古屋の庭でやった最初の分解作業とは違い、いま僕たちの手にあるのは「実際に走るためのバイク」だ。その確かな手触りが、作業をする手つきに自然と力を込けさせる。

すべての微調整を終え、チェーンの張りもクラッチの遊びも完璧になった二台を前に、親父さんは腕を組んで満足そうにうなずいた。

「よし。これで、ただの『動く鉄くず』じゃなくて、ちゃんとした『相棒』になったな」

その言葉に、僕と楓は思わず顔を見合わせて笑った。初めてエンジンをかけた日の頼りない爆音も、免許センターの硬い椅子での緊張も、すべてがこの瞬間のためにあったような気がする。

――そして、少しずつ空気が重たさを帯び、本格的な夏が近づいてきたある日の月曜日。

これまでは自転車のペダルを必死こいて漕いでいた通学路が、季節の移り変わりとともに全く別の顔を見せる。

朝の日差しはすでにアスファルトをじりじりと照りつけ、蝉の鳴き声が遠くの木立から聞こえてくる。自宅の庭でヘルメットをかぶると、こもった熱気がフワッと肌を撫でた。

キックペダルを力強く踏み下ろす。

――タタタタタタッ!

新しく買ったハイカットの靴でシフトペダルをローに踏み込む。カツン、という心地よい手応えとともにクラッチを繋ぐと、小気味よい鼓動を伝えるエンジンが車体を力強く前に押し出した。

自転車だと毎朝の登り坂で汗だくになりながらゼイゼイと息を切らせていたが、GS50はトコトコと粘り強いトルクを響かせながら、坂道を軽々と登っていく。ヘルメットのバイザー越しに通り過ぎる青々とした田んぼの匂いや、肌をなでる初夏の風が心地いい。バックミラーに映る、軽やかな排気音を纏った並走する楓のポッケも、夏の陽射しの中で眩しく光っていた。


学校の駐輪場の片隅。

これまでは自転車置き場の端っこ、一番奥の錆びたフェンス際に停めていた場所には、もう自分の姿はない。少し手前でエンジンを切り、押し歩きながら駐輪場へと向かう。

原付での通学が許可されてから数日、全校生徒がその変化に完全に慣れきっているわけではなかった。特に、僕のGS50と楓のポッケという異色の組み合わせは、いまや校内で密かな話題になっていた。

「おい、見たかよあれ……。昨日もあいつら一緒に帰ってたぜ」

「え、ていうか自力で直したんだろ? あのボロいバイク」

「マジで? なんかちょっとカッコよくね……」

下足箱へと続く通路の脇で、クラスメイトの男子たちがコソコソとひそひそ声を交わしているのが聞こえてくる。普段ならクラスの隅で目立たないように息をひそめている僕たちにとって、周囲からの視線は妙に居心地が悪かった。

とくに、女の子たちのグループからはもっとストレートな反応が飛んでくる。

「ねえ楓ちゃん! 本当に毎朝バイクで来てんの? 免許とか難しくなかった?」

昇降口の前で靴を履き替えていると、クラスの女子数人に囲まれて、楓が捕まった。

「う、うん。結構勉強したけど……なんとか一発で取れたよ」

「すごーい! なんか映画みたい。今度後ろ乗せてよ!」

「えっ、あはは……。二人乗りは原付だと違反だからダメなんだけどね」

困ったように笑いながらも、楓の顔にはどこか誇らしげな色が混じっている。そのやり取りを少し離れた場所で靴箱を開けながら聞きつつ、僕はなんだか気恥ずかしくて、そっと自分の上履きに目を落とした。

これまで、僕たちの世界は教室と図書室、そして家を往復するだけの狭いループで出来ていた。

クラスの輪の中心にいるわけでもなく、かといって不満があるわけでもない、ただ何となく流されていた日常。

だけど、古屋の裏庭でスパナを握りしめ、泥まみれになりながら蘇らせた二台の相棒は、そんな僕たちの「立ち位置」を少しだけ外側へと押し広げていた。

「おっ、葵。お前、最近ちょっとカッコいいバイク乗ってんじゃん」

振り返ると、普段はあまり喋らないサッカー部の男子が、缶ジュースを片手に声をかけてきた。

「あ、ああ……。親父さんに手伝ってもらって、なんとかね」

「すげぇな、俺も免許とか持ってねぇし、バイクとか全然わかんねぇけどさ……今度、ちょっとエンジン音聴かせてよ」

「うん、いつでもいいよ」

交わした言葉はたったそれだけだったけれど、胸の奥に小さな波紋が広がるような感覚があった。

いつもの退屈だったはずの通学路が変わり、学校での視線や会話が変わり、自分たちをとりまく空気が少しずつ色を帯びていく。

教室に入ると、一番窓際の席に座る楓と目が合った。

彼女は「やれやれ」と言いたげに小さく苦笑いをしてから、教科書を開いた。

周囲のざわめきは相変わらず少しこそばゆいけれど、僕たちはもう、あの頃の自転車を漕いでいただけの僕たちには戻れない。

放課後になれば、またあのエンジンの鼓動が待っている――そう思うだけで、退屈なはずの朝のホームルームのチャイムが、いつもより少しだけ心地よく響いた。

いけるところまで毎日18時に更新をしたいと思ってます!

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